"A small, good thing"
インドのネットショッピングは、ここ数年で急成長中。
Amazon がインド市場で展開するJunglee.comで、今回、初のショッピング。
買い求めたのは、英国ケンウッドのホームベーカリー。
米国在住時には使っていたけれど、インド移住時に処分していた。
ムンバイ在住時は、気温の高さゆえ発酵が速やかだったこともあり、
ときどきパンを焼いていた。
これは、コーンマヨのパンを初めて焼いたときの写真。
というか、これが最初で最後のコーンマヨであった。
なにしろ、マヨネーズの使用量の多さにおののいて、
二度と作っちゃならぬと思ったのだ。でも、おいしそうだ。
ともあれ、パン作り。
時間も体力も要する手間のかかる作業である。
だから、そこそこにクオリティの高いマシンがインドでも買えるようになり、
本当にうれしい。
というわけで、早速、使ってみた。
粉パラダイスのインドである。
これから、いろいろな粉やドライフルーツを駆使して、
パン作りに励んでみよう。
いや、パン作りに励んでもらおう。マシンに。
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パンを焼く、という言葉で思い出す、レイモンド・カーヴァーの短編。
2005年、ワシントンDCに暮らしていたころ、インド移住前にホームページの「片隅の風景」に記した文章を転載したい。食べることは、大切です。丁寧に、大切に、食べて、生きるべし。
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日本から米国に移ったとき、送った荷物の大半は、本だった。ニューヨークからDCに移ったとき、その多くを処分した。そして来月になるであろう引っ越しを前にして、更なる書物の整理を始めようと思う。
持っていく本と、人に譲る本と、捨てる本。もう、このたびばかりは、ひたすらの身軽を目指していて、だから小説の類はほとんどを、人に譲るつもりでいて、半ば目をつぶるような思いで、それらを書棚から引っぱり出しては、スーパーマーケットの大きな紙袋に詰めてゆく。
かつて読んだはずの、しかしストーリーはもう忘れ去ってしまった本ですら、最早、いいのだ。
夕食を終えてなお、まだ日が高く。部屋の隅に並べられた、いくつかの袋のうちの、入りきれなくて一番上に重ねられた、その一冊を、手に取る。窓辺のソファーに腰掛けて、灯りもつけず、薄暮の光を頼りにページをめくる。
レイモンド・カーヴァーの短編集。
『ささやかだけれど、役にたつこと (A small, good thing) 』。
パラパラとめくって、何気なく、目に止まった最初の一行から、読み始める。
"土曜の午後に彼女は車で、ショッピング・センターの中にあるパン屋にでかけた。"
交通事故で息子を喪った、余りにも悲しい夫婦と、やはり哀しきパン屋の主人の話。奇しくもそれは、表題作『ささやかだけれど、役にたつこと (A small, good thing) 』だった。
母親は、息子の誕生日ケーキを、パン屋に注文していた。しかし、その日、息子は死んだ。ケーキを取りにこない客に対して、しつこく、そして意地悪な電話をかけてくるパン屋……。
痛みと怒りが、怒濤のように押し寄せて、パン屋に押し掛ける夫婦。事情を知って、愕然とするパン屋。
"こんなときには、物を食べることです。それはささやかなことですが、助けになります"
深い悲しみの中で、焼き立てのパンをひたすらに食べる夫婦。最愛の人を喪失し、どんなに悲しいときにも、どんなに苦しいときにも、生き残る者は食べなければ。いつまでも癒えることのない傷みに崩れ落ちてしまわないように、生き残る者は食べなければ。
"オーヴンから出したばかりの、まだ砂糖が固まっていない温かいシナモン・ロール"を。
"糖蜜とあら挽き麦の味がします" というダーク・ローフを。
パンの匂いを嗅ぎ、飲み込むようにしてでも。食べられる限りパンを。