碁盤の目のようなマンハッタンを歩くときは、
同じ目的地へ赴くにも、同じ道を選ばず。
そのときどきで、
なんとなく、ひらめくままに、
その角を、
西へ東へ、北へ南へ。
出合う光景やすれ違う人々のすべてが、
この角、次の角、その次の角……。
どちらへ進むか、連続する分岐点の選択によって変化する。
あのとき、その道を選んでいたならば。
あのとき、あの道を選んでいたならば。
なんとなく、勢いで選んできた道、
強いられて、選ぶしかなかった道、
敢えて、望んで、選んできた道……。
さまざまな事情に拠って、
人の道は、選ばれてゆく。
あのとき英国の港町のティーハウスで、ニューヨークが閃いて、
ニューヨークを決めた。
結婚して、911を目の当たりにして弱気になって、
ワシントンDCを決めた。
もう、その地に住まうのがどうにも辛くて、
インド行きを決めた。
その契機が、
ポジティヴであれ、ネガティヴであれ、
選ばれた一本の道は、ただ、進むしかなく。
思えばほとんど、後先考えず、来たものだ。
計画性がありそうで、なかった。
自分のポテンシャルを熟考することもなく。
果たして熟考していたら、二の足を踏むようなことばかり。
「なんとなく、勢いで」が多かった。
未だ、どこにも、到達しておらず。
この先の未来像も、
実はまだまだ、描けておらず。
気がつけば、みるみる歳を重ね、
ショーウインドーに映る自分の姿は、
最早、渡米した30歳のあのころから遠く。
もしもずっとあのまま、この街を離れずにいたら、
わたしはいったい、どういう様子をしていただろう。