一昨日、約1週間のデリー出張を終えて、バンガロールへ戻って来た。
8カ月ぶりのデリー。11月といえば、そろそろ気温が下がり始めるころだが、朝晩が少し冷え込む程度で、過ごしやすかった。とはいえ、空気の悪さはバンガロールを凌ぎ、埃っぽさに辟易する。
夫の故郷でもあるデリー。ムンバイに対するそれとはまた異なる思い入れ、愛着があり。
2001年7月、ニューヨークに住んでいたころ、結婚式を挙げるために初めて訪れたインド。あれから14年。当時の面影がまったくない空港。その一方で、当時のままの、路地裏の喧噪、雑踏、混沌。
新旧混在の極みは、年々その著しさを増し、視線も心も、前後左右に大きく振られ揺られ……。
南デリーの夫の実家。いつの間にか、前の道路にフライオーヴァーができ、今は地下鉄の工事が進み、まるで絵本の『ちいさいおうち』のようでもある。
夫の実家はしかし、大きなおうち。ニューデリー市街に点在する高級住宅街は、バンガロールやムンバイとは異なり、3階建て、4階建ての大きな邸宅が非常に多い。しかし家が大きければいいというものではない。
建物の老朽化が進むのは早く、日常の手入れはもちろん、定期的なメンテナンスをしなければ、あっという間に家が傷んでしまう。
わたしたちが訪れるときには、3階のフロアを使用する。2ベッドルームにキッチン付きのこのフロアは、わたしたちが訪れるとき以外、ほとんど使われておらず、だからいつも、「近いうちに改築をして、住み易くして、もっと頻繁にデリーに来よう」と思っていた。
しかし、今回は心境が変わった。入り口のドアを開け、この見慣れた、地味な部屋を見たときに、なんだかとても、ほっとしたのだ。
初めて訪れたときから、時間がとまったようなこの空間。まさに「実家」である。
わたしが到着するなり、赤白2本のワインボトルを携えて、「ミホ、今夜はどっちを飲む? 白がいい? 赤がいい? それとも両方?!」と、うれしそうに飲み仲間を出迎えてくれるロメイシュ・パパ。
そしてクールながらも笑顔の義継母ウマ。先日旅したというマディヤ・プラデーシュ州土産のシルクのストールをプレゼントしてくれた。わたしは、彼女からリクエストされていたミューズ・クリエイションの「チーム布」の作品(ミニトート)などを手渡す。
勤続30年、カトちゃんに似たドライヴァーのティージビール、勤続20年の超神経質なねずみ男風(ごめん!)料理人ケサール……みな、歳を重ねてはいるけれど、変わらぬ人々。
使用人が、毎朝、部屋に届けてくれる紅茶のセットもまた。ティーコージーが新しくなり、ソーサー付きのティーカップがマグカップに変わった以外は、やはり初めて訪れたときと同じまま。
マリービスケットにもう一種類、別のクッキー。英国統治時代の習慣の、名残が残っているこの家庭。
わたしが知る限りにおいてのインド。初めて訪れた2001年からこのかた、絶え間なく、目まぐるしく動き続けている国。高度経済成長の流れに乗って、この国の森羅万象、善し悪し是非は別として、たいへんな速度で変貌している。
だからこそ、常に自分の芯を、軸を、意識しながら、振り回されて振り落とされないようにしなければ、と意識している。自分の在り方、自分の価値観、自分の自己実現のかたちなど。
さて1週間、取材や視察をした際に拾い集めた、光景の断片をここに記録しておこうと思う。今回、最もインパクトがあったのは、視察を兼ねて訪れた市内の高級ホテルでのファッション・フェア。
そこで出会った富裕層のご夫人らのファッションがすさまじかったので、その様子を中心に残しておきたい。
市内この高級ホテルで開催されていたファッション・イヴェント。
これまで、この手のイヴェントには、ムンバイ、デリー、バンガロール各都市で何度も訪れていたから、おおよその見当はついていた。しかし今回は、来訪する富裕層の女性たちのファッションが、かつて見たこともないほどに「激しく」なっていたことに、驚いた。
広大な国土と膨大な人口を擁する多様性の極みインドにおいて、その国民の特徴をひとことで語るのは不可能だし、間違いである。
ゆえに敢えて「傾向」を謙虚に伝えるならば、インドの女性の多くは、色彩感覚が豊かであり、色柄の派手なものを好む傾向にある。階級を問わず、お洒落が好き、宝飾品が好き。
「生活が苦しいんです」と訴えるメイドはしかし、毎日異なるサルワール・カミーズやサリーを身につけ、そのヴァラエティに関して言えば、わたしよりも遥かに豊かである。
インドには、統計などの数字には決して出て来ることのない(ブラックマネー横行につき)、見当のつかないほどの資産を持つ富裕層が確実にいて、その層は年々厚みを増しながら貧富の差を拡大している。
同じ富裕層でも、デリーやムンバイ、バンガロール、チェンナイ、コルカタと都市ごとに富裕層の有り様に特徴がある。
同じ都市内でも、昔ながらの資産家、実業家、アカデミック層の資産家、土地成金、昨今の高度経済成長で急激にのびて来た富裕層など、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちがいて、お金の使い方もそれぞれだ。
「地方ごとの傾向」を語るならば、北インド、特にパンジャブ地方出身のパンジャピの人たちは、たとえば他の都市部の人たちに比べても、アグレッシヴでShowy、すなわち「見せたがり」「目立ちたがり」が多いとも言われる。
この傾向は今に始まったことではなく、「遠い昔から」の傾向だ。例えばわたしの友人の一人にパンジャブ出身の女性がいるが、彼女の祖母は、当時から「最新のファッション」に身を包んでいたとか。たとえば60年代、70年代のハリウッド女優が着ていたような服を誂え、派手なサングラスをかけ……といった具合に。
とはいえ、当時は最先端の服が手に入らなかったから、どうしたってインドのテイラーメイドが増える。当時はボディコンシャスなサルワールカミーズ(パンジャビ・ドレス)が流行っていたようで、脇にジッパーのついたピッタリとしたタイプを着用していたのだとか。
女性たちが集まれば、ファッションの会話で盛り上がる。「誰々が、何を着ていた」「あれはよかった」「あれは似合わなかった」といった内容の話題を、子供のころの彼女はうんざりするほど聞いてきたとか。
今では、欧米の最先端のブランドが、インドでも手に入りやすくなったこともあり、パンジャビの女性たちの「新しいファッションを試したい」という血が、煮えたぎっているのかもしれない。
ともあれ、このファッション・イヴェントは、そこに並ぶ商品に目が及ばないほど、訪れた人たちの方に視線が釘付けとなった。というわけで、展示会内の写真を並べてみる。
彼女のような、スタイルよくすっきりと着こなしている女性は「すてき!」だと思うのだが……。
昼間のショッピングに、まるで夜のパーティに参加するがごとくの人たちが次々と視界に飛び込んで来る。
あふれかえる色彩と熱気。色柄の渦。すれ違う人、すれ違う人、目を見張るようなファッション。高級ブランドの小物を全身に身にまとい、更にはインドにつき、宝飾品をジャラジャラと。もちろん、ゴールド、それにダイヤモンドやルビーやエメラルド、サファイヤといった貴石がふんだんにちりばめられたものである。
インドの女性は、結婚するとたちまち、すさまじい勢いで横に広がっていく。その広がりをうまく隠してくれるのが、伝統的な衣装のサリーであるのだが、サリーを脱いで洋装になると、ふくよかさがあからさまである。
自分に似合う、似合わないははたいした問題ではない。自分が気に入ったものを着る。人をギョッとさせてなんぼ、である。わたしの体型に付いて来れない服の方が悪い。とでも言わんがばかりの、ダイナミズムだ。
……勘弁して欲しい。
外に出たら、メディアのカメラマンたちが待機していて、マダムらに媚びながら写真を撮っている。やたらと馴れ馴れしい饒舌なカメラマンに声をかけられたので、尋ねた。なぜこの人たちは、こんな格好で買い物をしているのかと。
話を聞いていてわかった。このような買い物の場は、彼女たちにとっては社交の場であり、ファッションを披露する好機でもある。更には、Times of Indiaを始めとする新聞のローカル欄の「Page 3」に載ることを意識してのことらしい。
「Page 3」とは、以前は芸能人や有名人など、「本当のセレブリティ」のパーティーシーンなどのスナップが載る三面記事であった。ところが年々、一般人の進出度も増し、セレブリティというよりは、夜遊び好きの人々たちのアルバムのような状態でもある。
デリーやムンバイはまだセレブ度が高いが、バンガロールの「Page 3」は、大半がパーティ好きの一般人だ。
左側の女性、白雪姫的なドレスを着ているのが、このショッピング・イヴェントの主催者だと言う。
カメラを向けられると、まるでモデルのごとくポーズを撮る女性。彼女のようなシンプルなドレスはむしろ、目を引く。
しかし、振り向けば……。
今回のパーティで、わたしが一番いいなと思ったファッションの女性。ヘアスタイルも素敵。カラーリング具合もとてもいい。
「彼女は買い物の女王です。デリーで一番のお金持ちですよ」などとカメラマンに言われて喜んでいる姿が、むしろ痛かったが。
とてつもないロングドレスか、ミニスカートか。スカート丈は大きく二極化。
前から見ても、とてもかわいい。が、どう見ても、「素人」には見えない。この堂々たるポーズ。
SEX AND THE CITYを、より濃厚にしたような感じの人々。
彼女らを前にしては、キャリーやサマンサが、最早、地味だとさえ思える。
のっぺり!
(すみませんすみません、ちょっとやってみたかったのよ)
この女子はファッションも雰囲気もキュート。なにより、パンプスが目を引く。写真を撮らせてもらいながら「どこの靴なの?」と尋ねるや、「USのブランドの****よ! ハリウッドのセレブに人気なのよ!」と言いながら去って行った。
****が聞き取れなかったので、先ほど調べてみたところ、米国のJOJOというブランドの靴らしい。確かに女優が履いている写真も見つかったが、やたらとカジュアルなブランドらしく、こちらは1足が数十ドルとかなり安価。スタイルがよく似合っていると、お手頃の靴でも高級に見えるからすばらしい。
フォトグラファーを前に「たくさん買いました!」をアピールすべく、紙袋もしっかり被写体に。
つくづく、思った。この中にいる人たちとは、親しくはなれそうにないな、と。
指輪も派手なら、ネイルも派手。当たり前だが、家事などいたしませんよ、彼女たちは。
本気なパンジャビの女性たちは「本物嗜好」だから、ジュエリーももちろん、貴石やプラチナ、ゴールドである。大振りのエメラルドにダイヤモンドのフレーム。薬指も小さなダイヤモンドが鏤められた指輪をしている。
ちなみに、今はシンガポールに住み二児の母でもある義継母ウマの娘は、若い頃、パーティでカジュアルなバングルをしていたところ、偶然出会った女性に、「まあ、素敵なバングル」と言われて手を取られたらしいが、「なにこれ、偽物じゃない」と手を突き返された経験があるらしく、そのことをして、以前、激怒したエピソードを話してくれたが、まあ、そんな感じなのであろう。
彼女の指に光るのは、大振りのルビー。前述の通り、ゴールド(22金や18金)、貴石であるところのダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイアは、インドの女性を飾り守る、大切な宝石なのである。
……と、ここまで書いて時間切れだ。というよりも、息切れだ。
残るデリーの片隅の風景は、また後ほど、整理してアップロードしたい。