髪を切りに、リッツカールトンへ。相変わらず、なぜか不機嫌なピカソに出迎えられるエントランス。
訪れたのは、約1年前にオープンしたヘアサロン、Rossano Ferretti。知る人は知っている、ハリウッドの女優らも御用達の有名サロンのチェーン店だ。
2008年、ムンバイのフォーシーズンズホテルに同店がオープンした時には、その値段の高さに驚いたものだ。当時はまだ、たとえばタージやオベロイなどの高級ホテルのビューティサロンでも、今よりずっと廉価でヘアカットができた。
2007〜8年ごろから、高級ホテルが従来の「ビューティー・パーラー」から、ラグジュリアスなスパを備え始め、インドの美容業界の様子が変化し始めていた。その変容は今でも、試行錯誤するように、続いている。
ちなみにRossano Ferrettiは、デリーのオベロイホテルにもある。バンガロールのサロンは、ムンバイに比べると少し安い気がするが(定かではない)、それはここ数年のうちにも、インドの物価が上がったがゆえ、わたしの感覚がずれてしまったのかもしれない。
約束の時間より早く着いたので、ヘアサロンへ赴く前に、同じフロアにあるスパの様子を見に行ったら、レセプショニストが丁寧に対応してくれた。
ESPAのプロダクツを使う、その名もESPAというスパ。ワシントンD.C.に住んでいたころ、マンダリン・オリエンタルのスパに通っていたが、そこで使われていたのがESPAのプロダクツだった。とても心地のよい香りの、ナチュラルなプロダクツだったこともあって、気に入っていた。
思えば10年も前の話である。
今ではアーユルヴェーダが日常となってしまったが、急にトリートメントを受けたくなった。レセプショニストは、トリートメントルームなども丁寧に案内してくれた。
「ここ、住める」というくらい広々としたスパ・スイートルームもある。広々としたジャクージーを備えた一室のほか、トリートメント・ルームにリラクセーション・ルームなど……ワンダフルだ。
マッサージはやはり、プラクティカルなアーユルヴェーダから離れられないが、今度はフェイシャルなどを受けてみようかとも思う。
さて、ヘアサロンであるが、スペイン人のスタイリスト、カルロスが担当してくれた。かつてはロンドンでも久しく勤務していたという彼。ホテル内の店舗で働くのはバンガロールが初めてとあって、いろいろと戸惑うことも多そうな気配が察せられたが、ともあれ、的確にこちらの要望を理解してくれる。
くせ毛を生かして、自分で簡単にマネージできるようなヘアスタイルに。要望はそれだけだ。あ、それから絶壁を隠して欲しいことは、いつものとおり伝えておいた。
スペインはわたしの好きな国の一つ。社会人2年生のころに取材に訪れた国で、初めての欧州でもある。その後、幾度となく旅をした。ともかく、思い出深い国の一つである。
そんなこともあり、ついつい、スペインの話で花が咲く。
一つの国でありながら、インドのように、多様性に満ちた異なる文化が共存する国。
カタルーニャ。クレマ・カタラーニャ。バスク、バスク語。ゲルニカ。ピカソ。ベラスケス。フランコ政権。トレド、エル・グレコ。ビクトル・エリセ、エル・スールにみつばちのささやき。サンセバスチャン、サンタンデール。コミーヤス。巡礼。サルバトール・ダリ。カダケス、フィゲラス。シュルレアリズム。アントニオ・ガウディ。サグラダ・ファミリア。タパス・バー。シーフード。ゴシック地区。チュロスにチョコレートドリンク。アンダルシア。ジブラルタル海峡。レコンキスタ。コルドバ、セビーリャ、グラナダ。ロンダにヘレス・デラ・フロンティア。シェリー酒。フラメンコ。ジプシー。ロマ族。闘牛。年明けを祝って食べるブドウ……。
髪を切ってもらっている間にもう、とめどなくスペインの話題で盛り上がり、彼はハサミを振り回しながら饒舌。ちゃんと切ってね。と思ってしまうくらいの熱意で語る彼、熱きラテンのスパニッシュ。
そしてわたしも気づくのだ。
わたしはそもそも、トラベル・ライターである。
この9年間というもの、インド漬けになっていて、いかにもインドに好奇心が占められていたが……。少しインドの割合を減らすべきなのかもしれないと。
インドは飽きない。それどころか、まだまだ未踏の地が多すぎて、まったくもって、追いつかない。それでも、このインド世界にばかりフォーカスしていたのでは、センチメンタルが欠乏する。ノスタルジアが、沈殿してしまう。
この国の、憂いを飲み込むリアルな日常を前にしては。
来年はなんとしても、欧州をじっくりと旅しよう。必ず訪れたい場所は、常に心の中に刻まれている。せめてそのうちの数カ所を、訪れてみようと思う。
肝心のヘアスタイルであるが、今のところ、いい感じだ。
本当にいいのかどうかは、明日、髪を洗って自分でブローをした時に明らかになる。
楽しみだ。