深夜。空港にて。日本へ飛ぶべくフライトを待っている。パンデミック明けから、年に一度の一時帰国を2度に増やした。年を重ねた母に会うのが目的だ。気分的には、3、4カ月に一度、帰っているような気がする高頻度。前回の旅で購入した昆布やら海苔やら和風だしやらを使い切れていないのに、もう帰国。今回は、ちゃんと考えて買わねばな。
バンガロールを離れる前に、どうしても記しておきたかったことを、フライトまでに書き上げたい。
毎回毎回、慈善団体を訪問するたびに、経験を書き記してきた。それはもちろん、多くの人に知ってもらいたいこともあるが、自分自身の気持ちを整理するうえでも、大切なプロセスだ。失敗は繰り返さない程度に覚えておくべきだが、いやなことは忘れてもいい。ゆえに、いやなことを書き残すことは滅多にない。
しかし、心動く善きことは、極力、書き残したい。関心を持ってくれる誰かと、分かち合いたい。
8月下旬、ミューズ・クリエイションが慈善団体のニューアーク・ミッションを訪問し、同団体が未曾有の危機に瀕していることは既に記した。8月31日、自分の誕生日には、寄付金を募るべくフライヤーを作り、ソーシャルメディアに投稿するほか、友人知人にも直接、WhatsAppでメッセージを送った。何人かの友人たちが、賛同し、寄付をしてくれた。
その約1カ月後、夫のサットサンのグループと共に、ニューアーク・ミッションを訪問した。グルが強い衝撃を受け、グループ全体が支援に関わることを約束された。同団体支援に賛同する人たちのためのWhatsAppグループが作られ、バックグラウンドも多様な国内外の約70名のメンバーが集まった。
各々が、得意分野を活かして、数々の支援の「仕組み」をたちまち構築。現在、サポートの輪が広がり、危機的状況から少なくとも当面は、落ち着きを取り戻せるに至っている。夫にも日々、各方面から問い合わせがあり、海外送金の方法、合法的な寄付、CSRの支援などを実施している。
1カ月余りでで、80万ルピーを超える寄付が集められた。より寄付をしやすくするよう、「Ketto」にて募金支援のサイトも作られた。こちらでも、現在120万ルピーが集まっている。ニューアーク・ミッションでは、1カ月に最低150万ルピーの運営費が必要なことから、金銭に限らず、物品、食品を含め、継続性のある支援方法も、同時に模索されている。
サットサン(生き方を探求する同志らの集い)のサンガ(仲間たち)は、不定期で、ニューアーク・ミッションの訪問を開始している。土曜の午後も、我が夫を含め、彼らは訪問した。わたしは新居で帰国の準備をし、旧居へ戻る途中に、遅れて立ち寄った。ニューアーク・ミッションは、ちょうど新居と旧居の中間地点にあるのだ。これもなにかの、ご縁だと思う。
この日、普段の本部と女性の棟がある場所ではなく、そこから2キロほど離れた男性の棟を訪れた。わたしがここを訪れるのは、2011年に訪れて以来2度目、13年ぶりのことだ。
薄暗い道を抜けた先にある。13年前よりは少しよくなったが、やはり、匂いが気になる。広場に、無表情の、数百名の男性たちが、夕食が配膳されるのを待っている。決して、心安い情景ではない。無理に笑顔を作りながら、合掌しながら、挨拶をしながら、広場を横切り、台所へと向かう。ラジャとサットサンのメンバーも、そこにいる。
これから、夕食の配膳を手伝うのだという。今日は、たっぷりのごはんがある。おやつの差し入れもある。高血圧で体調不良だったというラジャが、サットサンの仲間らと2時間ほど過ごして、元気を取り戻していた。笑顔のラジャを見て、安心する。
この薄暗い場所で。死に瀕した人たちを救い続けて。この心細すぎる夜に……。配膳を手伝いながら、刹那、ナーグプルの佐々井秀嶺上人のことを思い出す。深夜、月明かりを頼りに村へと車を走らせていたときの、あの心細さ……! 堪えきれず、助手席に座る上人に、後部座席から声をかけた。
「心細くはないですか」
「そりゃ心細いですよ。しかしね、菩薩道は地獄道。わたしは地獄の道を行くんです」
佐々井上人の言葉と、かつて聞いたラジャの言葉が重なって脳裏を巡り、呆然とした思いに駆られる。叫びたくなる。
仏教も、ヒンドゥー教も、キリスト教も、イスラム教も、スィク教も、ゾロアスター教も、ジャイナ教も……。あらゆる宗教、飢え苦しむ人々を救済し、支え合って生きる人たちがいる。
書きたいことは募り、尽きない。
どんなに小さな種でも、一生懸命に撒き続けていれば、自分の気づかないところで発芽し、花を咲かせ、実をつけ、また種を生むのだということを、この短期間で目の当たりにしている。
もしも、あのときニューアーク・ミッションを訪問したいというリクエストを受けていなければ、わたしたちは8月下旬に訪れなかった。
もしもあのとき、「キッチンの食料が少ないですよね……」との声をきかなければ、わたしはスタッフに、その欠乏の理由を聞かなかった。彼らは、わたしが質問して初めて、窮状を伝えてくれたのだ。
ひとりひとりの、ちょっとした行動や、気づきや、突っ込んだ声かけが、大きなうねりを生むのだということを、今回、目撃している。このことを通しても、どんなささやかなことであれ、無駄なことはないということを、改めて思う。だから、自分は無力だなどと、思ってはならない。誰もが、何かに、誰かに、気づかないところで、影響を与えているのだ。
お金を寄付することだけが、有意義だとは思わない。社会の中で、人とサポートし合いながら暮らすことについて考える過程で、誰もが、何かをできるのだということに思いを馳せる。関心を寄せてくださった方々に感謝したい。