ついに自家用車を購入したので、もう、世間の交通機関を使う必要がないと思うと、本当に気分がよい。これまで、ドライヴァーとの間で、どれほどのトラブルがあったか。
しかしながら、思い返せば笑える話ばかりである。
これはMERUと呼ばれる無線タクシー。
流しのタクシーではなく、電話予約をして来てもらう。
しかし時間制の拘束はできないため、目的地までの片道限りの使用となる。
たいていのドライヴァーはそこそこにまともだが、数カ月前、タージマハル・ホテルも、インド門も知らないドライヴァーに遭遇して、呆れたことがあった。そのことは、ここにも記したように思う。
その後、更に上手が現れた。自宅から「空港へ行ってくれ」と頼んだら、なんと、空港への道がわからないというのだ。
北ムンバイばかりを走っていた新人運転手だとのことで、南ムンバイに来るのは初めてだから、空港と南ムンバイの中間あたりまでナビゲーションしてくれというのである。
「右!」
「左!」
「その道まっすぐ!」
と、指示をしながら、最早、呆れを通り越して、脱力笑いがこみ上げて来たものである。
その一方、汚いとはいえ、おんぼろフィアットの黒&黄色タクシーの運転手たちは道をよく知っている。
ムンバイの道路を席巻している車、左の写真がそれだ。
便利で安く、だがしかし、車によっては本当に汚い。
きれいな服を着て乗るにはリスクが高すぎる。
雨期のころは最悪だ。
以前、大雨の日、車に乗り込んだ途端、ジーンズのお尻にじんわりと水がしみ込んで来て、飛び降りたことがある。
雨だというのに窓を開けっ放しにしていたせいで、シートがびしょぬれだったのだ。ひどい目にあった。
このフィアットよりも若干料金が高いが、しかし冷房も効いて、心持ちきれいなタクシーがある。「クールキャブ」だ。上の大きな写真の右側に写っているのがそれだが、これは実は4年前の写真で古い。
昨今のクールキャブはHYUNDAIのSANTROなど、小型車だがきれいな車を使用していることが多い。しかしなぜかクールキャブのドライヴァーたちは「お高くとまっている」人が多く、料金の交渉がうるさい。
近距離は走ってくれないし、時間制で契約しようとすると、ハイヤー並みの料金を提示してくる。稀に気のいいおじさんもいて気前よく乗せてくれるが、なかなか遭遇しない。
わたしの経験上、一番使えないのが即ちクールキャブである。
ハイヤーはしばしば利用して来た。さまざまな車種があるが、一番安い車種で、4時間800ルピーくらいから。白いボディ、ドアのところに小さな赤い文字で「T」と書かれている車がそれだ。
しかし距離がかさめば追加料金がかかるし、北ムンバイの彼らのオフィスから我が家までの往路復路の時間と料金も加算されるので、結果かなりの料金となり、たいそう無駄が多かった。
HYUNDAIのSANTRO版がお目見えしたのだ。
以前、アルヴィンドと二人で映画館へ行く途中、これを使ったことがあった。
ドライヴァーとアルヴィンドは、ヒンディ語で話をしている。
ドライヴァーは、なにやらしょんぼりとした口調で、不幸そうである。
いったい何を話しているのか気になった。
車を降りた後、アルヴィンドが笑いながら言う。
「あのドライヴァー、へんだった〜。悲しい声で、うれしいことを話しているんだよ」
聞けば、おんぼろフィアットは、「25年で廃車」となるらしく、つまりは25年間は乗れるらしい。彼が以前乗っていたのは25年が過ぎたので、新しいものを購入したのだとか。
中古で1.5ラック、つまり30万円くらいかかったとのこと。
燃費は悪くないし、ハンドルの切れはいいし、以前よりもお客さんは喜んでくれるし、長いこと走っても腰が痛まず疲れないし、とてもいいのだということを、しょんぼりと話してくれたらしい。おもしろい。
ところでわが家のドライヴァー。ここ数日、合計3名を面接、試乗して、決定するに至った。これもまた、一筋縄ではいかないストーリーがあった。
ドライヴァーを見つけるにあたって、夫は会社の人やアパートメントのご近所さんなどに声をかけていたのだが、車を購入した途端、わが家に「飛び込み営業」に来たドライヴァーが数名いた。
アパートメントで働く使用人やドライヴァーたちの口コミで、たちまち情報が巷に広がるのである。
そのうちのひとりは、アパートメントのマネージャーから「あの男は酒飲みで、以前4階のオーナーから解雇された奴だから、やめておいたほうがよい」との密告を受けたため、除外した。
その他、うさん臭い人が多かったので、面接さえしなかった。
その後、ドライヴァー暦3年というメイドのジャヤの弟サチンが来た。少年隊が本当に少年だったころの植草かっちゃんに酷似した、しかしがっちり一本眉の青年である。
どうみても17歳程度にしか見えないが、23歳らしい。明るい笑顔がかわいらしく、ジーンズにTシャツと、服装も今時の青年風。スラムに住んでおり、雨期は路上に寝ているとは思えない「あか抜けた感じ」である。
早速、試乗すべく、わたしは教官よろしく助手席に座り、彼の運転ぶりを確認した。しかしながら、残念なことに「難あり」であった。
「なめた運転の仕方」なのだ。ミラーでの後方確認は皆無、片手で運転することしばしば、ホーンを鳴らしすぎる一方、方向指示器を出し忘れるなどと、問題点が多く、しかも英語が話せない。
わたしとコミュニケーションがうまくとれないことには、問題である。
翌日は、アルヴィンドの会社のドライヴァーのつてで、31歳男性プラシャントが登場した。常にうつむき加減で、ものすごくしょんぼりとしたムードを漂わせている。しかし英語は話せる。道にも詳しいようだ。
それにしても、なにゆえに? というくらいに、どんよりだ。ちょっとお肌のトラブルが目立つので、それが気になってうつむくのだろうか。それとも、人見知りなのだろうか。
ともあれ、きちんと運転ができて、コミュニケーションがとれればよいのである。サチンに比べれば、プラシャントの運転の方が遥かによい。
その後、またしても飛び込み営業の男性50歳がやってきた。ゴア出身のクリスチャンだという彼の名はジョン。英語は流暢だし、履歴書も携えて来ており、身なりもきちんとしている。
かつて乗って来た車も、メルセデス・ベンツ、トヨタ・カローラ、ホンダ・アコードとさまざまで、経験も豊かそうである。
一見、メキシカンな雰囲気を漂わせたジョン。コミュニケーションも速やかだ。この日はアルヴィンドも一緒に乗って確認する。と、アルヴィンド、
「ところで、ドミンゴ。君はどこに住んでいるの?」
ド、ドミンゴ……?!
誰がドミンゴなのだ。確かに見た目、猛烈にドミンゴっぽいが、彼の名はジョンである。でも、あまりにもドミンゴが似合っていて、うける。
3人の中で選ぶとするならば、ドミンゴであろう。彼が一番だ、との結論に達した。念のため、彼の前のボスの電話番号を聞いて、彼の仕事ぶりについてを確認することにした。ちなみにこのような作業は、非常に重要なことである。
翌日、夫が会社から電話をしてきた。なんと、ドミンゴは「酒飲み」で、それをやめなかったが故に解雇されていたというのだ。なんということ! せっかくいいドライヴァーが見つかったと思ったのに。
また一から探し直すべきか、とも思ったが、わたしは「しょんぼり」なプラシャントでも十分だとの気になってきた。もう一度彼を呼び、運転ぶりを確認しつつ、彼にインタヴューする。
31歳独身でインドにしては珍しく仏教徒。二人の妹と両親の5人で暮らしているとのこと。話しかければきちんと答えるし、最初に会った時よりも、朗らかだ。初日は緊張していたのかもしれない。
「あなた、お酒は飲むの?」
と単刀直入に尋ねたら、
「僕は、飲みません。父も飲みません。お酒を飲んで運転するのは危険ですから!」
と断言してくれた。これはもう、信じるしかないであろう。
そんなわけで、わが家のドライヴァーは、プラシャントに決定した。
ちなみにドライヴァーの月給であるが、これが「海外駐在員家庭」と「インド富裕層家庭」とで相場がかなり異なる。
駐在員家族のネットワークを使って探すと、ムンバイの場合1カ月10,000前後ルピーが基本給。これに残業や休日出勤手当がつく。
一方、インド富裕層家庭の相場は6,000ルピー前後が基本給。運転手たちが希望する額も、値切られることを踏まえた上での7,000ルピーから9,000ルピーであった。
尤も、あまり高額を要求すると仕事をもらえないこともわかっているようで、そのあたりは交渉次第だ。
バンガロールでもムンバイでも、駐在員家族が使用人やドライヴァーの相場を吊り上げていると問題になっているが、いかにして給与を決めるか、というのはまた、なかなか頭の痛い問題でもある。
よく働いてくれているから、たくさん払いたい気持ちもある。しかし、相場をどんどんあげることで、ドライヴァーが気軽にあちこちへ「転職」し、落ち着いて仕事をしてくれないなどの弊害も生まれている。
ともあれ、わが家はメイドにも運転手にも、インド人家庭と駐在員家庭の間をとったくらいの賃金を支払っている。子供もいおらず、不在も多く、つまりは最低限の労働であるのに加え、彼らにとって働きやすい環境を作っているつもりでもあるから、悪くないとは思っている。
使用人の善し悪しによって、自分の暮らしが大きく左右されるインド。今後、ドライヴァーともうまくいくことを願うばかりだ。