ニューヨークを深夜に出発。約7時間のフライトを経てロンドンのヒースロー空港。約3時間のトランジットを経て夕刻のダブリン、アイルランドの首都に到着。
自分が食べている食事が、朝食なのか、昼食なのか、またしてもわからなくなる空の旅にて。ニューヨーク発の機内では、魅惑的なメニューを開くことなく、アルコールも飲まず、とにかく眠ることを決意。空の旅にまつわる場所は、どうしてこうも、アルコールだタバコだと、デカダンの勢いがすさまじいのだろうかと、今更ながら、イノセントに思う。
ヒースローでは、夫のマイレージカードのステイタスのお陰で、妻も一緒にファーストクラスのラウンジへ。シャワーを浴び、夫はマッサージを受け、食事をとる。一昔前のラウンジといえば、ぱっとしない料理が多かったが、このごろは胃に優しいヘルシーな料理の選択肢が多くてうれしい。とはいえ、いちいちシャンパンなどを飲んでいたら、ヘルシーもなにも、あったものではないのだが。
そしてダブリン。初めて訪れる土地。なぜアイルランドを旅先に選んだのか、特に明確な理由はなかった。経由地ロンドンから近いところで、未踏の地。というのが今回の何となくの条件。スコットランドかアイルランドか候補が挙がり、わたしがアイルランドを選んだ。
緑。セントパトリック。ケルト。妖精。ギネスビール。ウイスキー。リヴァーダンス。エンヤ。U2。シークレットガーデン。アラン模様のセーター……。アイルランドに関する知識は浅く、しかし、なじみのあるものや好きな音楽など、無関心ではいられない魅力がある。
思えば1990年代は、世界的にアイルランドの音楽やダンスが流行ったような気がする。20代前半の駆け出し時代は、エンヤをひたすら聞いた。過酷な労働に疲弊しきった心に染み入る旋律。ニューヨークに渡る機内で聞こうと、成田空港で購入したCDのひとつがシークレットガーデンだった。久保田利伸(!)のCDと交代で、CDウォークマンで聞きながら、米国を目指した。
ニューヨークに渡った直後、ブロードウェイでリヴァーダンスの公演があった。最初はひとりで、次いでボーイフレンドだったアルヴィンドと、そして日本から旅行に来ていた家族と、わたしは3回見た。それでもまだまだ見たいと思えるほど、すばらしいパフォーマンスだった。
ダブリンにはまず今夜1泊し、明日からゴールウェイという西端の海辺の街に3泊する。その後、ダブリンに戻って2泊するので、今日のところは長旅のあとでもあるし、ホテル界隈でのんびりするつもりが……。思わず繁華街に繰り出した。
首都とはいえ、こぢんまりとコンパクトな街。米国のボストンと極めて雰囲気が似ているが、ボストンよりも小さな街との印象を受ける。
しばらく繁華街を散策したあと、喉を潤すべく入ったバーへ入った。カウンターで、フレンドリーな我が夫が隣席の人に「ギネスビールを飲むのを楽しみにして来たんですよ!」と話したら「ここよりも、ギネスビールがおいしい店があるから、そっちに行った方がいいですよ」と教えてもらい、速やかに移動。5分ほど歩いたところにあったその店の前は、黒山の人だかりで見るからに人気店。みな、立ち飲みである。我々は店内で乾杯。
ひたすらビールだけを出すこの店。つまみのひとつも出さない徹底ぶりだ。
タップから注がれるギネスビールは、驚くほどにクリーミーな泡! 喉越しがすばらしく爽やかで、なんとおいしいことだろう。スタウトビールは昔から好きなのだが、本場のそれは、格別だ。
またしても隣席の青年らに声をかける夫。夕食にお勧めの店を教えてもらう。ひとりの青年はゴールウェイの出身だとかで、そこのお勧めの店も、書き留めてくれる。とても親切でやさしい人たち。夕食は勧められたシーフードレストランへ。
ムール貝にフライドポテト、カラマリのフライと少々ジャンクなメニューではあるが、たまにはおいしい。白ワインもおいしい。更には帰り道、ロックンロールな大音響が響き渡るカフェに吸い寄せられ、しばらく音楽を楽しむ。いやはや、初日の夜から、ずいぶん楽しい。
アイルランドの歴史や文化。付け焼き刃の知識ながらも、書きたいことは募るが、実はもう、酔っぱらって疲労困憊の夜。1859年に創設された学校だった、その名も「スクールハウス」というこのホテルにて、今日は一晩ゆっくり過ごし、明日からの旅に備える。おやすみなさい。