先日、友人のディッキから連絡があった。ディッキの友人カヴヤが、最近、紙づくりビジネスを始めたので、ミューズ・チャリティバザールで出店を依頼するのはどうかとの提案だった。
早速、カヴヤの立ち上げたブランド、Bluecat Paperのサイトを見てみる。製紙の主流である木材を使わず、綿や麻などを活用。「リサイクル」ではなく「アップサイクル」をコンセプトとした、地球環境に負担をかけない手漉きの紙づくりを行っているという。
まずは彼女に会おうと連絡をし、昨日、バンガロール郊外にある工場へと赴いた。笑顔が魅力的で、ショートヘアがよく似合うカヴヤ。まずはオフィスに通され、彼女の話を聞く。これが、実に、衝撃的だった。
コーヒー豆の産地でも知られるカルナータカ州、西ガーツ山脈の只中に位置するクールグが故郷だという彼女。かつては金融関係の仕事をしていたが、10年前、クールグのカヴェリ川沿いに、AMANVANAというリゾートホテルを創業した。
ホテル経営を始めるにあたり、さまざまな印刷物が必要となる。カヴヤは印刷会社へ打ち合わせにいくうち、近年主流となっている木材を用いての「製紙」がいかに環境破壊に結びついているかを知る。その事実は、幼いころから森に親しみ、木々を愛してきた彼女にとって、途轍もなく重かった。
カヴヤはホテル経営の傍ら、製紙の歴史や技術について研究を始める。国内外を旅し、製紙の技術についても実地で学んだ。国内ではジャイプールやポンディチェリなどへ足を運んだという。そしてついには、家族や友人らの反対を押し切り、昨年、Bluecat Paperを創業した。
彼女の取り組みを理解するには、「製紙」についての予備知識が必要だ。以下、付け焼き刃ながら収集した情報をまとめる。
紙が誕生する前、即ち前史で最も古いものは、ペーパーの語源とも言われるパピルス。古代エジプト時代に使われていたパピルスは、ナイル川流域に生息する水草、パピルスの茎を原材料とし、書写材料として発展したという。数千年前のアーユルヴェーダの処方箋を刻む南インドのヤシの葉も、同じような位置付けだろう。その他、欧州では羊皮紙が、中国では木簡や竹簡が使われていたようだ。
世界最古の「紙」は、中国で発見された「麻」で作られたものだという。切り刻んだ麻や樹皮などの材料を洗い、灰汁で煮て繊維を取り出し臼で挽き、再度、水の中で繊維分散させ、木枠に張った網で漉く。網の上に薄く均一に残った繊維を、枠ごと乾燥させ、はがし、紙とするその製法は、現在の製紙方法と根幹では変わらないらしい。
1798年、フランス人のルイ・ロベールが「紙抄き機械」を発明したのに続き、1840年、ドイツ人のケラーが、木材パルプを発明したことにより、現在、製紙の主流になっている木材パルプを主原料とした紙の大量生産が始まった。
プラスチックだけじゃない。紙製品もまた、環境に多大なる負担をかけているのだとカヴヤは力説する。生育するまでに10年以上の歳月を要する木々を利用しているからだけではない。製紙の過程において使用される大量の水。紙を白く滑らかにするための薬剤を含んだ汚染水。排出される煙による大気汚染……。国や地方行政によって、その安全基準は異なるようだが、いずれにせよ「プラスチック(ビニル袋)の代替として紙を使うのはエコロジカル」というのは、ナンセンスであることを知り、衝撃を受けた。
カヴヤ曰く、68%のセルロース(繊維素)を含む素材であれば、何からでも紙を作ることができるという。
彼女の工場は、周囲にテキスタイル工場が点在するエリアにある。テキスタイル工場から廉価で購入した「綿の屑」をはじめ、大麻(ヘンプ)や、亜麻(フラックス)、バナナの茎などが素材だ。またインドは養蚕が盛んで、この界隈にも養蚕農家が多い。蚕が、その葉を餌として食べるマルベリー(桑)。一般には廃棄される上部の茎もまた、材料にしているという。
30名近い従業員が働く、彼女が一から手掛けた工場を見学する。素材を砕き、加熱し、挽き、水で晒し(最低限の水を、浄化しつつリサイクル使用)、手で漉いて乾かす。仕上がった紙にハンドブロックプリントなどで素朴なデザインを施し、文具やバッグ、小物などを作る。素朴で粗く、しかし優しさが伝わる手触りの紙製品。背景を知った途端に、深い愛着が湧き上がる。我が日常を取り巻く紙の山を、見つめる目さえ変わる。
カヴヤは、地球環境に負担をかけない、サステナブルな紙づくりを始めたばかりだ。孤軍奮闘する彼女に、わたしは強く感銘を受けた。微力ながらも彼女の活動を支援すべく、バザールに出店してもらうことにした。また、こうして情報をシェアする次第だ。商品はオンライン購入も可能。工場見学や手漉き紙づくり体験なども歓迎するとのことなので、関心のある方は、ぜひご連絡を。