夫が初めて日本を訪れたのはニューヨーク在住時、結婚前の1998年のこと。実家に連れて行った日の夕暮れどき、父と夫は二人で、相撲を見ていた。言葉は通じないのだが、なにかしら、盛り上がっていた。
夫は日本は来るたびに、「バショに行きたい」と言っていた。一方のわたしは相撲に関心がないうえ、チケットの購入も手間がかかりそうで、今まで一度も行こうとはしていなかった。
今回の訪日が九州場所と重なることを知った夫は、英語の相撲チケット販売のサイトを見つけ出し、早い時期に購入手続きをすませていた。
スポーツ競技場というのは、その会場に近づくだけで気持ちが昂り、ワクワクするものだ。ベースボール、フットボール、バスケットボール、テニス、クリケット……。そして今回、初めて訪れる大相撲九州場所もまた。
わたしたちのマス席は、ちょうど正面を向いていて、土俵からは離れているものの、とても観戦しやすい場所だった。隣のマス席のその隣には複数のカメラが設置されている。テレビで見るのとほぼ同じアングルの場所だというわけだ。
ふと前方を見て、思わず笑いが込み上げてきた。なんと友人夫婦が、そこにいたのだ!
かつてバンガロールに暮らしていて、ミューズ・クリエイションのメンバーでもあったHiromiさん。彼女は、わたしが福岡到着直後に実施した『旅する朝活セミナー/日本とインドを結ぶ布』に来てくれていた。
そのときに、たまたま相撲を見に行くという話になり、偶然にも同じ日だということは聞いていた。それだけでもすでに、かなり奇遇の域なのに、こんなにも近い席だとは! 二人して「怖い! 怖い!」と笑い合う。ご縁がある方とは、とことんご縁があるものなのだと思う。
相撲のことは、よくわからないけれど。「カン、カン」と鳴る拍子木の音や、行司の「東〜」「西〜」の呼び出しの声を、もう本当に、久しぶりに聞いて、子どものころを思い出した。幼いころは、祖父や父らと、折に触れて、相撲を見ていたものだ。
我が父との思い出は、ほとんどない夫ゆえ、一緒に相撲を見たことは、心に深く刻まれているのだろう。そんなことを思いながら、最後の取り組み。懸賞旗(広告)を見て苦笑した。「典礼会館」とある。20年前に我が父を見送った葬儀場だ。
死してなお、母が心配なのか、なにかと存在をアピールしてくる父。これもまた、間接的なアピールか。父よ。今しばらくは、母のことをしっかりと、見守ってくださいよ!
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