久しぶりにゆっくりと、朝寝する。それでもホテルの朝食が10時半には終わるので、9時半にはベッドを出て身繕い。夕べとはすっかり趣の異なる、朝日が差し込む明るいダイニングルームで、ゆっくりとお茶を飲み、新鮮なジュースとフルーツを味わう。
夫にとっても、今日はボスたちから開放され、とてもくつろいだ様子。彼は午後、スジャータ行きつけの歯科医に予約を入れている。やはり、バンガロアの「クリケットの試合を見ながら治療」してくれるドクターには、これ以上かかりたくない模様だ。
なにしろあの日、神経治療をするのに麻酔をしてくれず、あまりの痛みに全身に震えが来たそうである。ドクター曰く、痛みのポイントを突き止める必要があるとかなんとかで、麻酔を敢えてかけなかったという。患者の痛みを極力軽減するため、麻酔三昧な国、米国から訪れた身には、拷問以外のなにものでもない。
麻酔をかけすぎるのは、身体によくないのは理解しているが、しかし、限度というものがあるだろう。そんなわけで、夫は歯科医に行くため、わたしはティージヴィールの車を独占し、ちょっとお出かけ。
まずはコンノートプレイスというデリーの中心地にある国営の土産物デパート、コテージ・エンポリウムへ。ここは主に外国人向けの店で、良心的な質と値段の民芸品、工芸品などが幅広くそろっている。
特に何も買う予定はなかったが、あれこれと「相場チェック」をしておきたかったのだ。特に、シルクのカーペット。
あの日、勢い余って2枚、買ってしまったが、本当にきちんとした品だったのかどうか、本物を見て再確認したかったのである。同じようなサイズ、厚み、手触りのものを探し、値段を確認する。ちなみにこの店は基本的に「値切らない」「値切れない」のが筋らしく、以前、ストールを買ったときも確かほぼ定価で購入した記憶がある。だからここに記されている値段が、基本的には「絶対的な値段」である。
他の土産物店や、ホテル内のブティックなどに比べると、割安であるはずの店ながら、それでもわたしの買ったカーペットと同様の品が500ドルとか800ドルとかする。込み入ったデザインのものは1000ドルを超える。やっぱり、わたしってば、相当にお買い得品を見つけたらしい。
それにしたって、カーペットって、高いのね。金銀財宝並みだわ。と思う。小さいカーペットでこれだから、部屋に敷き詰める大きなものだと、うかつに踏み歩くことさえできない気分。
美しい銀食器や銀のトレー、オイルランプの台など欲しい物もあれこれあったけれど、なにも重い物をここで買うことはない、バンガロアの支店に行けばいいのだと思い直して店を出る。
それから今度は、以前も訪れたことのあるディリ・ハートと呼ばれる「工芸品店屋台村」へ。全印各地から集まった工芸品の業者、あるいは職人自らが店を出している、エンターテインメント性のある場所だ。土曜日とあって人の出入りも多く、あちこちで踊りや楽器の演奏なども見られ、賑やかだ。
ここでは、おつまみなどをいれる葉の形をした木皿を数枚買う。インドのパーティーでは、カクテルの際、ナッツ類やスパイシーなスナックなどを小皿にいれて出すのが常で、これらはそのおつまみ類をいれるのに好適かと思われる。
それから、絵を2枚ほど買い、遅いランチを食べ、実家に帰宅。最近体調を壊していたダディマ(ロメイシュ方の祖母)に歓待される。彼女は今年のクリスマスで90歳を迎えるのだ。
一度、自分の部屋に上がって荷をほどき、くつろいだあと、階下へ下る。ロメイシュやウマも下りて来て、ダディマと4人でお茶を飲みながらおしゃべり。わたしは専ら、家具やカーペットなど、いい品の商品をいかに安く買い求めたか、という自慢話に熱をいれてしまった。
ウマはわたしと衣服やインテリアなどの好みが近く、そのとき着ていた、昨日「寝間着」とともに買ったえんじ色のシャツを見て、
「まあ、すてき! わたしも欲しい! 明日カーンマーケットに行かなきゃ!」と張り切っている。
ダディマは、わたしがピアスの穴をあけたことを知っていて、自分が昔、つけていたピアスを1セットくれた。ゴールドのシンプルで美しいピアスだ。でも、悲しいかな、インドのピアスは針の部分が異様に太くて、とてもじゃないが、わたしの耳には通りそうにない。これはジュエリーショップで補修してもらう必要がありそうだ。
そうこうしているうちに、夫も歯医者から帰宅。
「バンガロアのドクターはやっぱり最悪だったよ。今日のドクターが、治療のあとを見て、呆れてた。無駄に歯を削られていて、なんの効果的な治療もなされてないって。やっぱりインド人はこれだから、だめなんだ! まったく!」
まあ、ドクターは両者とも、ついでにあなたもあなたの家族も、わたし以外はみなインド人なんですけどね。
さて、夕食時。バンガロアの我々の家にやってくるというサーヴァント(使用人)とご対面することとなった。彼はマルハン家に長年働いているティージヴィールのいとこで、ティージヴィール同様、インド北部の出身らしい。
わたしとしては、住み込みの使用人は必要ないと思っていたけれど、アパートメントには使用人部屋もあるし(玄関は別になっている)、信頼できる人をそばに置いておくのは安心だとのロメイシュの気遣いにより、彼は我が家へ派遣されることになったのである。
基本的に、彼は「料理人」らしいが、掃除洗濯、アイロン掛けもしてくれるという。わたしは家事全般、嫌いではないが、強いて言えばアイロン掛けが嫌いだ。というか、ほとんどせずに暮らしている。だって、肩が凝るんですもの。
夫のシャツはクリーニングに出すか、最近ではBROOKS BROTHERSの「ノンアイロン」のシャツばかり購入している。これらは乾燥機にかけると、ぴしっとしわが伸びるのだ。それにアメリカ時代は「ハンカチにアイロンをかける」なんてありえなかったしね。だいたい、ハンカチ、持ち歩かないから。あの国では。そもそもハンカチ、売ってないし。
でも、インドじゃ、みななにもかも、アイロンをかけるのね。しわくちゃのままだらしなく干して、アイロンで伸ばす。というのが流儀のような。そんなわけで、サーヴァント氏のために、すでにアイロン&アイロン台も購入済みなのだ。ちなみに彼のベッド(ソファーベッド)も買っている。
そんな話はさておき、サーヴァントの名前はモハンである。月末、列車に揺られて我が家にやってくるらしいが、それまでの数週間、デリーのマルハン家にて、「試用期間」を体験しているらしい。
キッチンから登場した彼は、30代後半とおぼしき、小柄で笑顔の爽やかな男性である。青いジャージーの上着を着用しているのだが、胸元の刺繍に目がとまった。そこには、「高木」という名前が! どっかの日本の会社の日本人の衣類が流出しているのを、手に入れたのだろうか。最早彼は、わたしにとって「高木くん」である。
で、高木くんに本日の夕食を作ってもらったのだが! おいしい〜!! 今日は主にヴェジタリアンメニューだったが、いずれもわたしの好みである「薄味なインド家庭料理」で、野菜の味わいが楽しめる。
おまけにデザート(ニンジンとミルクを煮詰めた感じの不思議デザート)もまた、今まで味わった中で一番おいしい。最初は、(料理は自分でするから、料理専門の使用人はいらないよな……)なんて思っていたのだが、もう発言撤回! 家事全般をしてもらえるなんて、極楽過ぎる。
無論、いいことばかりではない。だいたい、彼は英語が話せないし、わたしはヒンディー語が話せない。つまり、二人の間には言語の大きな壁がある。さらにいえば、高木くんはバンガロアの地元の言葉も話せない。なんにせよ、わたしは本気でヒンディー語を勉強せねばならないわけだ。
去年、一時期勉強したけれど、見事に忘れてしまったからね。やっぱり、日々、使用しないと。そんなわけで、日常生活が軌道に乗ったら、ヒンディー語の特訓である。家事をしなくてすむんだから、それくらいの努力はしなくちゃね。
ところで、高木くんの月給であるが、ロメイシュ曰く、1カ月5000ルピーで十分らしい。もちろん、衣食住の「食住」は100%無料提供するわけだが、それにしたって、5000ルピーである。わたしが値切って買ったカーペット1枚と同じくらいの値段である。100ドルちょっと、1万円ちょっとである。
いろいろ考えると、いろいろ考えてしまうので、いろいろ考えず、ただ、誠意を持って付き合って行こうと思う。