●緑の中の、プリンセスたちのパレスへ
かつて、マイソールのプリンセスたちのパレスだったこのホテル。パレスと呼ぶにはあまりに小さな、ひっそりとした建物だが、独特の趣を秘めた、味わいのある場所だ。
前回訪れた冬は、最も花の美しいシーズンだったらしく、庭はマリーゴールドやダリヤ、コスモスなど、色とりどりの花々に彩られていた。今回はあいにく、次の花のシーズンとの境目だとのことで、庭の花はわずかだった。
このホテルについての印象も、過去の記録に詳細を記しているので、ここではわたしのコメントを控えるとして、「母の作文」を紹介したいと思う。
●母の作文(3): 3月11日 あゆみさんおめでとう (今日は妹の誕生日)
マイソール、グリーンホテルのカフェにて、ミルクがたっぷり入った南インドのコーヒーを飲みながらペンをとる。
このホテルに車での道すがらも、度胆を抜かれるような行列に会う。それは亡くなった老人(身体は布で巻いている)を、担架というのか何と言うのかわからないが、数名の男性が担ぎ、数十人の女性らがこざっぱりとしたサリー姿で行列をなして歩いてくる。(※注1)
インドに来てまさか、このようなシーンに出会うなんて。つい一昨日、遠藤周作さんと本木君の「深い河をさぐる」を読んでいて、なぜかよかったと思う。もしもインドに来ようと思われる方は、一読されることを勧める。(※注2)
そんな一瞬のあとには、またも違うシーンが次々に現れ、どれもこれもすごい! 心の中に奥深く感じたことを文章にするのはむずかしい。とにかく何度も言うが、奥が深い。ここはインドなんだ。
日本ではありえないだろう光景に幾度も合う。
小鳥の島にも行く。美しく整備された庭(ガーデン)で、若い少女らが数十人集団でくつろいでいる様子。私たちが通りかかると、可愛い笑顔で手を振って、一緒に写真を撮ってと近寄って来る。
それぞれに目鼻立ちのととのったお嬢さん方だ。聞くと学校の先生の卵らしい。
そんな風景の中、山のように大きな樹にとまっている鳥ら。ワニもいるらしいが、あとにする。
ティプースルタンのパレスや教会を見学する。ティプースルタンは、建物全体が極彩色で描かれ、アッセンデルフトで出合う花達にも似た絵をそこここに発見する。
マイソールの町を通り抜け、グリーンホテルへ。百年以上たった建物で、イギリスの雰囲気がする。わたしたちの泊まる部屋にはバラの花びらがまかれ(ベッドの上にも)、プリンセスルームと言う。
名前にふさわしく、とてもいい感じ。荷物を置き、今こうして、何もかも忘れ、ガーデンテラスにてくつろぐ。
(※注1)マイソールに至る途中の集落で、葬列に出くわした。やぐらのような木組みの台に、身体を布を巻き付けられた老人の遺体が、横たえられているのではなく座っている状態で載せられ、それが男たちによって担ぎ運ばれていた。男女の別はわからなかったものの、老人の死に顔が車窓からくっきりと見え、かなり衝撃的な情景であった。
(※注2)我が家に滞在中、母には読書を勧めている。米国より届いた書籍の段ボール箱は大半がまだ未開封だが、その一部の数箱を開けたところ、日本の文庫本が出て来たので、母に数冊を渡した。その中に、遠藤周作著の『深い河』、及び『「深い河」をさぐる』があったのだった。