ヴィクトリアピークに九龍に、夜の港やストリートショップ、訪れるべきところはたっぷりある香港だが、また近々来ることになりそうだと思うと、余裕の心持ち。今回はのんびりと、過ごそうと思う。
とはいえ、ホテルの界隈を歩くだけでも、渋谷や銀座やマンハッタンや新宿や中洲や台北を歩いている気分になるわけで、ランチを食べに出かけるだけでも、たいへんな賑わいの中に身を置くことになり、すでに「のんびり」からはほど遠い。
さて、夕方にはまた、アルヴィンドのオフィスに足を運ぶ。彼の会社のCEOたちとのカクテルに参加し、そのあとは新しい同僚たち夫妻と夕食に出かけることになっているのだ。
夕暮れ時のオフィスの一室。オレンジ色の太陽が沈み行くのを眺めながら、皆が揃うのを待つ。やがて夫とともに、知的で気さくな風貌の男性、CEOのヴァロンが現れた。40代後半の、インド人男性だ。
彼は米国の大学、MBAを出て、アルヴィンドと同様、マッケンンジーカンパニーのニューヨークオフィスに勤めていた時期があったという。その後、東京オフィスにもしばらく赴任していたとか。
香港を拠点に、米国、オーストラリア、中国、インド、韓国、日本などに、ビジネスの輪を広げている。ほどなくして、もう一人の同僚、エド(米国人)も現れ、さらには米国から出張で訪れているという取引先の男性二人(インド人と米国人)も参加して、みなでオフィスを出る。
ヴァロンを先頭に、目的のバーを目指す。オフィスビルディングを出て、モールを通過し、舗道をすり抜け、横断歩道を渡り、また別のビルディングを通過し……それぞれ、互いに言葉を交わしながら、人ごみを縫いながら、皆が揃ってすいすいと歩いて行く。
スーツの似合う男たちの、その歩調の速さと軽やかさが、無性に心地よい。またしても、わたしまでもが、同じ業界で働いているかのような錯覚に陥る。
さて、到着したそのマンダリンオリエンタルホテルのバーは、金曜の夜とあってか、込み合っている上にBGMがうるさすぎる。ヴァロンは早速、目的地を変更。再びビルディングの谷間を抜けてゆく。
到着したそこは上海レトロなムード漂う、アートギャラリーのようなインテリア。ファッションブランド「シャンハイ・タン」のオーナーが経営している店なのだとか。
ここでエドの妻、ヴァロンの妻らとも合流。みなそれぞれに、シャンパンやワインのグラスを片手に乾杯。
しばらく妻3人で話をする。それぞれが、欧米、アジアを含む何カ国もの居住経験を持ち、旅多く、見識豊かな女性たちだ。二人とも北海道が好きらしく、北海道に行ったことのないわたしは、彼女らから彼の地の魅力を教わったりもして、なんだかよくわからない。
さて、1時間ほどバーで過ごしたあと、わたしとアルヴィンドはお先に失礼して、今度は同僚たちとの夕食へ。何でも「日本語のメニューしかない」店があるとのことで、そこに行こうということになっているようだ。
わたしたちの滞在しているコーズウェイベイにある「いろり」という名の居酒屋がそこだった。
先日ランチをともにした北京出身のハンとその妻(インド人)のソニャ、その叔母、もう一人の同僚ダン(上海出身)とその妻(中国人)、更にはダンの友人のモルジブ出身中国人青年も合流して、総勢8人ながら、非常に多彩なバックグラウンドである。
しかし、わたしを除く妻らを含めた全員が、米国で教育を受けたエリートであるという点では共通している。ちなみに上海に住んでいるというソニャの叔母(インド人)は、夫が貿易関係の仕事をしているとかで、彼女もまた日本を含む世界各地に居住した経験を持っている。そしてなぜか、彼女もまた北海道が好きらしい。どうしたことか。
それはそうと、会話の傍ら、わたしは責任重大である。何しろ、料理の注文を一任されたのだから。刺身、寿司類だけは、個々人で頼んでもらうとして、あとはすべて、わたしの選択である。
「日本の居酒屋なんて、久しぶり〜!!」
と、感慨に浸る間もなく、海藻サラダ、小エビの唐揚げ、きんぴらごぼう、サツマイモの天ぷら、天ぷらの盛り合わせ、カボチャのサラダ、おでん、手羽先グリル、銀ダラの照り焼き、ハマチかま、レバニラ炒め、野菜炒めなどを次々に注文。
なぜか、誰もアルコールを摂取せず、ひたすら食べてしゃべるのがまたいい感じ。みなそれぞれに饒舌で、仕事の話というよりは、プライヴェートの話題。わたしたちのデリーでの真夏の結婚式の話題はやはりポイントが高く、ダンたちの4度の結婚式(ニューヨーク、上海、香港2回)や、ハンたちの3度の結婚式(米国、北京、香港)の話も興味深い。
同じような経験を持つ人たちだから、気兼ねなく話せて本当に楽しいものだ。夫が転職してくれたおかげで、わたしもまた、新しい人たちとの出会いがあってありがたい。
ちなみにダンたちはまだ20代。お肌がつやつやしている。どこを見ている。アルヴィンドがわたしよりも若いお陰で、わたし自身もまだ30代前半の気分で場に溶け込んでいられるのもいい感じ。
最後は鍋焼きうどんや焼きおにぎりでしめくくり、みな、「おいしかった!」ときれいに平らげてくれ、選びがいがあったというものである。
「また、アルヴィンドが出張の時には、ミホも一緒においでね!」
と、皆に声をかけられ、さて、次はいつだろう。
ヴァロンをはじめ、エド、ハン、ドン。とても温かみのある上司や同僚たちで、本当によかった。夫が久しく恵まれていなかった、会社での「平和な人間関係」が、ようやく実現しそうな気配である。
これからはアジアの時代だ。
がんばれよ、アジアの若きビジネスマンたち!