思えばわたしも、大人になったものだ。
米国時代、特にニューヨーク時代のわたしは、自分が駐在員夫人の方々と、和気あいあいとランチを楽しむなど、考えもしないことだった。
ニューヨークだけでなく、全世界に散在する日本人駐在員夫人の、狭く濃厚な世界、瞬時に飛び交う噂話、なさそでありそな上下関係、その他諸々の掟は、まるで異世界のことであった。
『muse new york』 の取材などを通して、一部の方々とお付き合いすることはあったが、それ以外では、ほとんど交流する機会がなかった。
しかし、最近は、ちょっと違うのだ。インドのバンガロアという呑気な土地に身を置き、自分自身があくせく仕事をすることもなく、有閑&勇敢マダムと化して暮らす日々において、駐在員夫人の立場及び心境が、少しわかるようになってきたのだ。
なにもこのブログを、駐在員夫人の方々が読んでいるから、気を遣って書いているわけではないのよ。とも言い切れんな。ふふふ。なにがふふふだ。
さて、米国はまだしも、ここはインド。先進国と比べれば、生活全般において不自由が多い。無論、海外に住むということは、母国での生活に比して、そこがたとえ先進国でさえ、不自由であるには違いない。が、インドはまた格別であろう。
最初は、「インドの食料は怖くて食べられない」だとか、「食材は、野菜ですら日本やシンガポールやバンコクで調達する」だとか聞くにつけ、「やれやれ、そこまでせんでも」と思っていた。はっきり言って。
とはいえ、「郷に入れば郷に従え」というありふれた言葉を、気安く掲げることは、実はそう正しいことではないかもしれない、と一昨日、シャワーを浴びている最中に思った。
わたしはシャワーを浴びている最中に、いろいろとひらめくのである。なのでコンディショナーを洗い流し忘れたりするのである。そんなことはどうでもいいのである。
さて、何をひらめいたかといえば、わたし自身は「インドという郷に入りたくて、自ら突入したわけだから、従って当たり前」ではあるが、駐在員夫人らは、「こんな郷には入りたくもないのに、やむなく、泣く泣く押しこめられたわけで、従いたくなくて当たり前」なのではあるまいかということだ。書いてみると、ひらめいたというほどのことでもないな。
ともあれ、「海外渡航経験が多く」「日本を離れて十年」の「インド人家族を持つ」「比較的パワフル」で「ちょっぴりワイルド」な「免疫力強化中」のわたしは、だから「予防接種をしなくてもOK」なのだが、駐在員とそのご家族はやはり、医者に勧められたんなら「予防接種はするべき」なのである。
そのあたり、誤解のないように行動に移していただきたいのである。
なんだか今日は前置きが長い。
さて、今日はどうしたかと言えば、先日我が家にお招きしたKさん宅に、ランチを招待されたのである。
そもそも今日は、他の用事が入っていたのでお断りしていたのだが、ヨガ道場から戻って来て朝食を食べて、てへ〜んと休憩していたところに、その用事がキャンセルになる電話が入ったので、急遽、参加させてもらうことにしたのだ。
Kさんはご自宅で、駐在員夫人の方々を対象にパッチワークの教室をされていて、今日のお昼はみなさんで「日本のカレーライス」を食べるとのこと。インド料理には飽きている昨今だが、日本のカレーはもう、久しく口にしておらず、OKなのである。
手ぶらで出かけるのも何なので、急遽、マンゴーヨーグルトムースを作ることにした(またかい)。まだ朝食を食べてもいないモハンに、「悪い、ちょっとヨーグルト、買って来てくれない?」と近所におつかいに行ってもらい、その間にゼラチンふやかして、マンゴー剥いて切って、砂糖を計量して、生クリームを泡立てて準備完了。
あとは材料を全部混ぜて、冷蔵庫で冷やすだけ。簡単なのよ。
そんなわけで、ご近所のKさん宅へ、お昼過ぎに参上したのだった。すでに皆さんは、「午前の部」のお稽古を終了し、ランチにかかろうとなさっているところであった。簡単に自己紹介をする。「ブログ、読んでますよ」とおっしゃる方もちらほらと……。
そんなわけで、早速、日本のカレーをいただく。
思えば数年前、ワシントンDCに遊びに来ていたスジャータに、インド料理を教えてもらってからというもの、家ではいつも、カレーと言えば「インド式」だった。
パーティーの折など、インドカレーを作っては「もう、日本のカレー、最近、おいしいと思えないのよ〜。やっぱり本場の味に慣れるとね〜」
などと言っていたのが、この有様だ。うまいじゃないか、日本のカレー!
参加前には毎度のごとく、「しゃべりすぎないように注意しよう」と思っていたのだが、「ご主人とは、どうやって出会われたんですか?」と聞かれたが最後、「カフェでテーブルをシェアしたのがきっかけなんです」の一言ですませようと思えばすませられるにも関わらず、
「マンハッタンの、ブロードウェイ沿いのリンカーンセンター前にバーンズ&ノーブルって大型書店があって、その書店の4階にスターバックスカフェがあるんですよ。たいていバーンズ&ノーブルにはスターバックスが入ってるんですけどね。で、その日は96年の7月7日、七夕ね。
そのころ、わたし、語学学校で英語の勉強してたんですけど、ルームメイトと部屋をシェアしてて、家にいるのが落ち着かなかったから、毎日のようにそこで勉強してて、その日も夕食後、勉強しに出かけたの。その日はたまたま、独立記念日の週末の、最終の日曜日で、店が込んでてね。ある男性の前にだけしか、席があいてなくって。そこに、つつ〜っと行って、相席をさせてもらってね……」
と、一気に結婚に至るまでも話しこむ勢いの我。ふと気づけばまたしても、一人でしゃべりつつあり、口をつぐむ。
みなさんはと言えば、ランチを終えたら、さっそくお裁縫箱を開いて、パッチワーク、というかキルティングの作業に入られた。お茶を飲みながらおしゃべりをしつつ、という図を想像していたのだが、一同、かなりの集中力。しん、とした中で、黙々と針を動かしている。
実はわたしも、「手芸関係」は好きな方なのだ。中高時代は、バッグだの人形だの手編みのセーターなど、よく作ったものだ。ついでにいえば、セーラー服のウエスト部分をぱっつんぱっつんに締めたり、スカート丈を最大限に伸ばしたり、いろいろやったものだ。
お菓子作りに熱血したのもそのころだった。社会人になってからは、すっかりやらなくなってしまったのだが、みなさんの様子を見ていて、楽しそうだなと思った。
ところで、インドの布は質上、縫いにくくてパッチワークにはしづらいため、日本の布を使っていらっしゃるとのとのこと。わたしはインドの木綿柄が好きなので、何かインドらしい素材で、バッグなどを作ることができたらな、とも思った。
思いがけず長居をし、数名のご夫人とお話もできて、とても楽しい午後だった。Kさん、ごちそうさまでした。