ぼくは、マルハンさんちの、庭にすんでいるカエルです。なまえは、まだありません。
ここにきて、2週間くらいたちます。この庭は、毎日さわがしいです。マダムは毎朝のように、小さなハサミを持って、伸びた枝や葉をちょきんちょきんと切っています。
「好きじゃない木に限って、伸びるのがはやいわ! まったく!」
といいながら、ぱっちんぱっちんと、ごうかいに切っています。ちょっと怖いです。
このごろは、庭師を呼んで、草花の植え替えをしてもらっています。これから毎週1回、庭師がくるそうです。
今日は「芝刈り」をしていました。いくつかの植物を植えかえるのと、芝生を刈るためだけに、4人もの庭師がきていました。
と、マダムはマニュアルを注文していましたが、それは、新品なのに、とても新品とはおもえないぎこちない動きかたです。
しかも、ガラガラとたいへんうるさい音をたてます。
1人が押して、1人が芝刈り機にくくりつけたヒモを引っ張って、2人がかりでの芝刈りです。
1人は「あっち!」「そっちも!」と指示を出すかかりで、もう1人は、ぼ〜っと見つめるかかりです。
「インドはむやみに人ばかりが多い!」
と、ご主人もマダムも、あきれています。ぼくもそうおもいます。
でも、この庭師たちは、「まだましなほう」だそうです。マダムがそういっていました。なぜなら、英語を話せる人がいるからです。
マダムは、インドのことばがしゃべれないので、いつも大きな声で、みぶりてぶりで話します。使用人のモハンさんにも、どなっているみたいな大声です。なので、会話が「つつぬけ」なのです。大声だったら通じるってものでも、ないとおもうんですけどね。
ところで、マルハンさんちの庭には、大きいな水盆があります。そこに、蓮の葉が浮かんでいます。花は枯れてしまって、今は、つぼみだけです。
「花がない蓮池なんて」
と、ご主人は、ごきげんななめです。
「つぎのは、いつ咲くの?」
と、しきりにマダムに尋ねていますが、マダムだってそんなこと、知らないとおもいます。
ところで1週間くらいまえから、ぼくのともだちが、夜をそこで過ごすようになっていました。
彼はぼくよりうんと小さいのに、声が大きいです。とても大きい声で、「グワグワ、グワグワ」と、一晩中鳴いていています。
ご主人は、
「うるさいね」
といいながらも、ぼくのともだちに「カーミット」という名前をつけて、仕事から帰ってくると、水盆のところまでようすを見にいきます。
カーミットというのは、セサミストリートに出てくるカエルのキャラクターのなまえだそうです。
マダムがカーミットにさわろうとすると、
「だめだよ、ミホ。せっかく気持ちよく歌っているんだから、じゃましたらだめ。それにひょっとしらたら、毒をもっているかもしれないし」
と、ご主人はいいます。
カーミットは毒を持ってなんかいないけど、ご主人はとてもやさしいな、とおもいます。
だいたいマダムは、すぐにさわりたがるんです。子供のころ、日本という遠い国で、みどりいろの小さなカエルをよくつかまえて遊んでいたそうです。ぼくも最初マダムに見つかった日、つかまえられそうになったので、あわてて逃げました。
背中と、おしりのところを、ちょっとさわられましたけどね。
ところで昨日のことです。ご主人が帰ってくるまえに、マダムがこっそり水盆に近寄って、カーミットをじっと見ていました。そうして、ご主人が見ていないのをいいことに、ついに手を伸ばしてしまったのです。
つかまえようとしたんじゃなくて、カーミットがのっている葉っぱをちょっと揺らしてみただけだったんですけど、カーミットはすごくびっくりして、逃げてしまいました。
もう、水盆は安全地帯ではないと思ったに違いありません。もどってこなくなりました。
「声は聞こえるのに、カーミットはどこに行ったんだろう」
「さあね〜。どこにいっちゃったのかなあ」
マダムは、しらばっくれています。でも、そんなマダムを、ぼくは好きなんです。
なぜって、今日、マダムは、ぼくのために雨を降らせてくれたんです! ぼくは、雨が大好きなんです!
今日はとても暑かったので、ぼくは塀の下のすきまで休んでいました。
こんなふうにね。
そうしたら、とつぜん、雨が降ってきたんです。
マダムが手に、「雨の素」を持っていて、ぼくの上だけに、降らせてくれていたんですよ!
ざあざあと、ものすごい雨です。
でも、目を閉じていれば、へいきです。
気持ちいい〜!
穴に落ちちゃうところでした!
このごろは、雨が少ないから、ほんとうにうれしかった!
カーミットも、いつまでもふてくされていないで、水盆にもどってくればいいのにな、とおもいます。