このごろは、千客万来な我が家である。
日曜から月曜にかけては、バンガロール在住、こちらで仕事をしている友人しのさんが泊まりに来た。幸か不幸か、アルヴィンドは日曜の夜、4時間以上もかけて電話でミーティングをしていたため、夕飯までのひとときを、グラス片手に日本語で語り、ゆっくりと過ごせた。
9時すぎに、準備しておいた料理に火を通して食卓に並べ、インド的遅い夕食。翌朝は、ハイダラバードとムンバイに1週間出張に出かけたアルヴィンドを見送り、そのあと起きて来たしのさんの朝食に付き合う。彼女の勤務時間は昼から深夜までらしく、朝はゆっくりとできるとのこと。
そして火曜日。3人の友人が遊びに来ると「勘違い」していたわたしは、月曜、新使用人のプレシラの帰り際に、明日のランチを作ってねと頼んでおいたのだった。夕方になって確認したところ、その集いは来週のことだったということが発覚。とはいえ、プレシラのランチは食べてみたい。
せっかくだから、一人ではなく、誰かを誘いたい。というわけで、ユカコさんに電話をしたところ、空いているというので、お招きしたのだった。
この写真が、その料理である。
手前から、カリフラワーのソテー、ダル(豆煮込み)、マトンのカツレツ(コロッケ)、チャパティ。
こんなにたくさんの料理を二人で食べた?
わけではなく、一応4人分を作ってもらって、残りはお持ち帰りや夕食、そしてプレシラにも帰宅時に、少しあげたのだった。
同じ家庭料理でも、そして同じダルやカツレツでも、たとえばモハンの料理とは、味付けも用いる素材も、異なる。
それぞれに、それぞれのおいしさがある。料理上手なユカコさんも喜んで食べていた。
プレシラは、その体型が物語っているように、野菜料理にもオイルやバターを結構使っているようだ。
が、これはこれで、こくがあっておいしい。無論、今後はバターやオイルの量を減らしてねと頼もうとは思っているが、塩加減やスパイスの具合は非常にマイルドで味わい深かった。
ただ、驚いたのが、その時間のかかり方と台所の荒れ方。
レンジの周りは「なぜに?」と思うほどに油が飛び散り、途中経過を見学したユカコさんともども、かなり呆気にとられる。「お、男の料理か?!」と見まごう荒々しさだ。いかにも後片付けに時間がかかりそうである。
案の定、料理の準備と後片付け(未完)で4時間が過ぎてしまったが、まあ、慣れればもうちょっと、手際よくやってくれるに違いない。これで料理もまずかったら、料理はお願いしないかもしれないけれど、おいしかったので、今後も、あるときは「掃除中心」あるときは「料理中心」でやってもらおうと思う。
プレシラも、そしてユカコさんも帰りしのち、フロアの「ぬるぬる」が気になって、バケツに洗剤液を作り、モップでフロア磨きをする我。
ん? で、モハンはいつ帰ってくるの? と思われる方もいらっしゃろう。
このことについては、我が家のドライヴァー事情を含め、また時を改めて記したいと思う。っていうか、このごろは「別の機会に」書きたいことがあれこれとあり、しかもそれらのテーマは、結構重いので、いつ書くのやら。わからぬ。
さておき、
モハンは、もう、帰って来ない。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」(by 鴨長明)
●最高に楽しい夜! ワーキングウーマンの集い
こんな会が発足されたのを、夕べは本当にうれしく思った。
OWCのメンバーでありながらも、仕事を持っているために平日昼間のカフェモーニングには参加できず、事実上、会員としての動きをしていないキャリアのある女性たちのために、この会は発足された。
アルヴィンドは幸い出張中。非常に身軽に、夜の街へと繰り出し、会場のバンガロール・ビストロへと赴く。
発起人はバンガロール在住十年を超えるドイツ人女性キャロライン。
ランドスケープ(景観)デザイナーで、"Vastu Shastra" という、中国で言うところの「風水」にも精通しているという。
ヨガ、アーユルヴェーダの造詣も深く、ヨガに関しては、久しく講師も務めているのだとか。
その彼女曰く、
「海外からの女性たちが集まれば、子供の話、使用人やドライヴァーの話、そしてインドの不満の話ばかり。シングルで仕事をしているわたしは、その手の話にすっかり辟易しているんです。
わたしのように、もっと仕事や生き方の話をポジティブにしたいと思っている人が、OWCのメンバーの中にも必ずいるに違いないと思っていたので、早くこのような会を発足したかったのですが……ようやく今日、実現しました」
と、歯に衣着せぬ、はっきりとした口調で自己紹介と挨拶をしてくれる。
それから参加した20名ほどの女性たちが、各自起立をして、自己紹介をする。彼女たちの仕事やバックグラウンドを聞いているだけで、もう、わくわくとしてくる。
なんて刺激的な、女性たちなんだろう!
なんて刺激的な、夜なんだろう!
自分が「水を得た魚」になっているのが、もうよくわかる。
先週の水曜日、BEOのパーティーで一緒になった美しいラシュミ、祖母が下関の人だったコリアンのヘイリーも来ている。すっかり、なじみの気分だ。
とはいえ、ある程度の話ができるのは、自分の座っている席の周りのせいぜい3、4人程度。自己紹介を終え、料理を注文した後は、みなそれぞれに周囲の人たちと、あるいは自己紹介で関心を持った人と、話し始めて騒がしいこと騒がしいこと!
さすが、異国、しかもインドでタフに働く女たちだけある。
約半数が、伴侶の赴任に伴って来印した人だが、もちろん自分の仕事で赴任した人も多い。国籍は、欧米がほとんど。加えてNRI。東アジア人はわたしとヘイリーだけだ。
斜め向かいに座っていたクリスティーナはポルトガルのリスボン出身。
世界最大のインスリン(糖尿病薬)製造会社に勤めるPh D(博士号)ホルダーだ。シガニー・ウィーバーを彷彿とさせる才媛。彼女がまた、歯に衣着せない。
「わたし、ヤスナリ・カワバタ、好きよ。それから、イシグロも。でも、ハルキ、なんだっけ、ムラカミ、最悪。なにあれ? 気持ち悪くて、だめ!」
隣に座っていた英国人で、フランス人の夫を持ち、フランス関係の仕事を探しているというキャロルは、
「え、わたし、Kafka on the Shore(『海辺のカフカ』)、好きだけど。あと、A Wild Sheep Chase(『羊を巡る冒険』)も」
とのっけから、日本文学の話。わたしが、鎖国時代にポルトガルとの交易で長崎に来たカステラの話をし、夫がカステラを大好きだから、その起源であるところの「パオンデロー」を求めて、リスボンの菓子屋を二人で巡ったのよ、と言えば、
「なに? パオンデロー? あれ、まずいじゃない? あんなの真似しちゃだめだわ。日本のそのカステラっていうの、パオンデローよりおいしいことを祈るわ!」
と、シガニー、あくまでも辛辣。
そんなこんなで、自己紹介もそこそこに、話題は各方面に飛び、みな、共通するのは、「インド生活、楽じゃないけど楽しんでる」というムード。旅人体質を持ち合わせた人たちばかりで、実にフレキシブルでたくましい。
「インドは、アーユルヴェーダやマッサージは悪くないけど、ネイルケア、最悪よね!」
周囲一同、大きく同意する。
ある人は、バンガロール中のホテルやスパのネイルサロンを試して、全滅したという。わたしも同じ経験をしていて、ここ1年はネイルサロンに通っておらず、マンハッタンを懐かしんでいたところだった。
こんな調子で、あのスパはヘッドマッサージが、あそこはカットがうまい、など、美容関連ひとつにしても、さまざまな情報交換が、瞬時になされる。
みな、話が早いし、話の転換も早いし、あれこれと話は尽きず、あっちこっちで名刺交換。
キャロルは11月、新婚旅行で日本を旅するというので、観光のポイントを軽く伝授した。斜め向かいのオランダ人女性は、アムステルダムにボーイフレンドを残し、キャリアアップのためにバンガロールで仕事をしているという。
彼女は自宅からMGロードまで15分、徒歩で通勤しているらしい。バンガロールで徒歩通勤。タフだわと、また感心する。
スイス人のナタリーは、夫がコリアン。なんでも18カ月の放浪の旅の果てにインドにたどり着き、ラダックという町で、バンガロール赴任中で国内旅行をしていた彼と出会ったらしい。数年前に結婚して、今は二人でバンガロール暮らしだとか。
わたしも3カ月までなら放浪したことがあるが、18カ月とは、恐れ入る。
コリアンのヘイリーのビジネスの話も興味深い。米国をはじめとするアパレル会社から受注を受け、南インドの各地の工場を手配し、然るべき商品を仕上げ、シッピングをするという業務。
顧客はほとんど、「ドアをノックして」営業するのだという。父親と一緒にビジネスをしているとはいえ、タフな仕事であることが偲ばれる。同じインドの工場でも、地方によってビジネスのやり方が大いに異なることを教えてもらったりもして、非常に興味深い。
とてもじゃないが書き尽くせない、濃密で有意義な会話が持たれ、本当に、いい夜だった。
ちなみに、
「わたし、明日は6時起床だから!」
と、注文した料理が届かなかったことに、ウエイターに向かってぷんぷんと怒りながら(自分を見ているようで、ちょっと反省した)、10時すぎに店を出たしたシガニー改めクリスティーナから、翌朝一番にメールが届いた。
「夕べはお会いできて、楽しかったです。わたしのムラカミ発言、あなたにショックを与えてないといいのだけれど。それと、約束していたシャールク・カーンのサイト、お知らせするわね。それじゃ、また」
シャールク・カーン。超人気のボリウッド俳優。わたしとシガニーは彼のファンということで共通し、しばらく数名でボリウッド俳優&映画談義もしたのだった。それにしても、仕事のできる女性は対応も早い。しかも、自分の発言のフォローをいれているところが憎い。
この会が、今後存続して行くよう、わたしも前向きに協力しようと思う。
* * *
アルヴィンドの母方の祖母は、当時のインドにおいてなお、「女性の経済的自立なくして、女性の地位の確立はない」と説いていた、すばらしい女性だったということを、かつてホームパーティーで同席した祖母の知り合いに聞いた。
まだ英国から独立する前のインドで、大学を出て、存在感の極めて強い夫の陰に甘んじることなく、自ら仕事をし、孤児院などを運営していたという彼女。
出会うことのなかった、アルヴィンドの亡き母や祖母。良妻賢母だった二人のインド人女性に思いを巡らせ、わたしもこの国で、なにか、しかし確実に、意義のあることをやらねばと、またしても思う。
もたもたとしている場合ではない。
いのち短し、進めよ乙女。