●どこでもドア。
「あ〜、ちょっと、今、車、停めて!」
時折、ドライヴァーのラヴィを困らせる我。停めにくい、あるいは停めてはならぬ場所で下ろしてもらい、来た道を数十メートル引き返し歩き、今しがた目に飛び込んで来た「興味深い店」へと足を運ぶ。
今日のアンティークショップは、かなり楽しい場所だった。
アンティークショップと言えば、コルカタが最も多いらしく、ここバンガロールではなかなかいい店に出合えない。それでもコマーシャルストリートの裏手や、郊外への道すがら、なにかしら「雰囲気を漂わせた」店を見かける。
ご覧のとおり、この店の目玉商品は「ドア」。英国統治時代のバンガロー(邸宅)など、富裕層の家々で、多くの人々を招き入れ、見送って来たであろう、ドア。
ここ十数年のうちに、バンガロールの豪奢なバンガローは悉く潰されており、結果、このようにドアが残されることになっているのだろう。今でも注意深く、古い家を眺めていると、このようなドアを構えた家を目にすることができる。
素材はティークウッド(チーク材)やローズウッドが主。凝った彫刻が施され、十分に芸術作品だ。このドアを、ドアとしてではなく、たとえば自宅のプジャー(祈祷)スペースのデコレーションとして用いている人もいるようだ。
それにしても、ひとつひとつのドアに、味わいがある。この、右上、左下のドアなどは、アールヌーヴォー的な意匠で、なんとも優雅。手前の2本の支柱込みで、3Lakhs。つまり7000ドル、80万円弱といったところか。
欲しい。欲しいが、家の中にドアを「飾る」というのは、いかにも妙か。でも、妙じゃない感じに、ディスプレイできそうである。
この存在を知っていたら、内装工事の際、玄関左右のスペースのうち一つに、ドアを飾れたかもしれない。いや、いまだって玄関正面に飾るスペースはある。が、やっぱり妙か。しかし、なんだか、そそられる。
右側の写真は、ヴァラダラジャン家で同じようなものを見かけてほしいと思っていた象のサイドテーブル。マイソール産。ローズウッド製で、形も気に入ったのだが、損傷している部分が多かったので、買わずにおいた。マイソールへ行けば、もっと同じようなものが見られるのかもしれない。
今度はアルヴィンドを連れて来て、なにか購入を持ちかけてみようと思う。
家の中がだめなら、庭はどうか。
いっそワンダーランドな庭作りを実現できるかもしれん。
いや、とりあえず、忘れよう。
とまれ、楽しい店であった。
●初めての、ヘアカット
この1年半、米国へ行った折にマンハッタンで以前から行きつけだったヘアサロンを訪れていて、インドで切ったことはなかった。
が、すでに最後のカットから半年を過ぎている。うっかりすると一年くらいそのままでいそうだ。
大胆なカットをするつもりはないものの、そろえてもらう程度はやりたい。ヘアサロンには一家言ある夫が、移住後一年目にしてようやくたどり着いた店がある。そこへ行けとうるさいので、出かけることにした。
アルヴィンドは、なぜだか散髪に拘りがある。男子の行く床屋へは行かない。いつだってレヴューをチェックした上で、おすすめのサロンを探し、おすすめのスタイリストを選ぶ。ニューヨーク時代は、米国の、市井のヘアサロンの技術は信用ならんというわたしの言葉を鵜呑みにして、日本人経営のサロンを渡り歩いていた。
「やっぱり、ハサミで切ってもらわなきゃ」
と、やはりわたしの受け売りを自らの発言にかえ、バリカンでカットするアメリカの一般的(庶民的)なサロンは避けていた。でも、はっきりいって、彼の場合、どこで切っても1週間もすると、見た目、あんまり変わらないのだけれどね。
そんなこんなで、SQUEEZEというその店へ行き、アルヴィンドおすすめの担当者(インド人ではない)に切ってもらったのだが……仕上がりは、「ん?」という感じ。
なにしろ、早い。10分もかかっただろうか。こんなんで、いいんですか? って感じ。
そもそもわたしはくせ毛で、たいして切っていないから、いいんだか悪いんだかよくわからんところが自分でも情けない。まあ、毛先をそろえてもらった、ということで、よし、ということか。多分、誰も、わたしが散髪したとは気づかんだろう。
不完全燃焼な気分で、店を出た後、MGロードで買い物をするべく、夕暮れの街を行く。
●いけないサリー。
先日、スジャータとウマが来たとき、サリーの話題になった。インド人女性は、個人差は当然あれ、しかし相当数のサリーを持っている。スジャータも、ウマも、その数こそ明かしてはくれないが、軽く100枚以上は持っているだろう。ウマに至っては、その年齢を鑑みるに、200枚を超えているかもしれない。
使用人のプレシラちゃんでさえ、サリーではなく、サルワールカミーズ(ワンピース、スカーフ、スカートの3点セット)を我が家で勤務開始して以来、一度も同じものを着てきたことがない。すでに20日近く経つが、毎日違うもの、しかもかなり派手で個性的なものを着ている。
それに引き換え、わたしが持っているサリーは、わずか22枚。まだまだ序の口というものだ。
そんなわけで、本当は新しく出来たスーパーマーケットにいくつもりで、昔ながらのショッピングエリア(Blumoon Complex)に駐車したのだが、そこで、かつてサリーを買った店(Aanchal) が目に留まり、ちょっと入ってみることにした。
ちょっと入ったら、最後。狙った獲物は、逃してくれないのである。無論、好みのものがなさそうな店ならとっとと退散するが、ちょっと「いいかも」と思う店に入ると、腰を据えてしまう。10枚、20枚と、どさどさと広げられ、あ、それいいわね、ちょっと試してみてもいい? なんて言った日には、
「マダム、チャイとコーヒー、どちらにしますか?」
と、飲料を勧められ、それからはもう、候補の5、6枚から絞り込むのがたいへんな事態になるのである。
この店では、かつてインド移住前、オートドライヴァーのラルに連れられて来て、2着のサリーを買った。どちらも質がよく気に入っていたのだが、久しく足を運ばずにいた。
バンガロール製のサリーばかりを取り揃えているとのこと。いつも似たような風合いを選んでしまうので、ちょっと違うイメージのものを探したい。
それにしても、毎度のことながら、この布らの美しさ。筆舌に尽くしがたい。
ボッティチェリのプリマヴェーラを彷彿とさせる白地に花模様のサリーも、まさに春の野原のように美しい。
どどどどうしよう。
まだまだ100枚にはほど遠い。サリー離れが進んでいる今こそ、この美しい民族衣装を着用すべきではなかろうか。というわけで、2枚、お買い上げしたのだった。
その場でテイラーを呼んでもらい、採寸。翌々日に仮縫いがあがり(仮縫いしてくれるところがうれしい)、その翌日には仕上がるという。楽しみだ。
●そして新しい、グルメなスーパーマーケットへ
現在、我が家の食卓を支えているゴールデントライアングル。それは、オーガニック系の野菜も扱っているNamdharis、食品、日用品、酒類が混沌と狭苦しい店内にひしめき合っているThom's、そしてそのすぐ近所にあるNilgiri'sの3店だ。
これに、肉専門店のBamburiesやラッセルマーケットなどが不定期に加わる。
翻って、カリフォルニア時代の「食のゴールデントライアングル」。過去、アメリカクラブの記事で書いた。なかなかに、笑っちまうほど、雲泥の差だ。
とはいえ、不便の中から工夫をして、おいしい料理を作り上げたり、未知の素材を試して異文化を取り入れることこそが、海外在住の醍醐味である。
旅の醍醐味とは、日常からの乖離であり、そこで自らの柔軟性や創造性、臨機応変な精神性が試されるのである。と、旅人のわたしは考える。しかるに、インドでカリフォルニア時代のような食材が手に入ってしまうと、便利だが、面白みに欠けるのである。とも、思う。
それは、マンハッタン時代、SohoやEast Villageに日本同様の品揃えと見まごうコンビニエンスストアのような店が次々に誕生したときに感じた、一種のつまらなさと、源を共にする。
とまあ、いろいろ言っているが、つまらなかろうがなんだろうが、便利なものは便利なのである。おいしいものはおいしいのである。二律背反なのである。
そんなわけで、MGロードにGourmetヴァージョンのFoodWorldが出来ているのを知り、早速足を運んだ。
店内に足を踏み入れた途端、「Whole Foods?」と思った。そう、米国で行きつけだった、Whole Foods Marketと「似たような匂い」が、「一瞬」したのだ。一瞬ね。Whole Foodsより、それは遥かに規模の小さいスーパーマーケットではあるが、清潔感のある先進諸国的店構えだ。
インドでは従来、小汚い市場や露店などで野菜などを購入するのが一般的だったが、ここ4、5年のうちに、FoodWorld、Food Bazaar、Spencersといったスーパーマーケットが続々と誕生、最近ではRelianceもRetailに参入し、スーパーマーケットを開店している。
そこにきて、ハイエンドな食品を扱うFoodWorld Gourmetの誕生だ。FoodWorldは、香港ベースの汎アジア企業であるDairy Farm Groupの傘下。確かドラッグストアのHealth and Glowとも系列を同じくしている。
FoodWorldそのものは、ジョイントヴェンチャーのインド企業であるが、「汎アジア」のネットワークが効いているのか、アジア各地の、特に香港、中国関係の食材も豊富である。
店内の撮影は、基本的に禁止のはず、だが、だからといって「取材許可」を得るほどのものでもないので、うろうろとしているガードマンの目を盗みつつ、ちらちらと撮影。
(写真左)種類豊富なシリアル。(写真右)麺類。香港製が主だが、日本的なうどんやインスタントラーメンもある。インスタントラーメンを買って食べてみたが、なかなか美味であった。
(写真左)こんなに豊富なチーズ! 生ハム的なものも、ちらほらと売られている。まだまだ品揃えは豊かとは言えないが、それでもこれほどの食材が手に入るなんて、最早十分。(写真右)野菜のディスプレイが、そこはかとなくお洒落。並んでいる野菜は、ラッセルマーケットものと変わらないのではあるが。
(写真左)ワイン、スピリッツコーナーとあるので、これはまたすてき! と思って入ったら、パック入りジュースがずらり。まだ酒類販売の段取りがついていないのかしらん。(写真右)パック入りの卵も、こんなに豊富に! これでこぎれいな卵を、途中で割ってしまう心配なく、持ち帰れるというものだ。
このほか、おそうざいのコーナー、ベーカリーのコーナーなどもある。驚くべきは、「おにぎり」や「巻き寿司」が売られていたこと。見れば、バンガロールの日本料理店「播磨」からの品である。播磨、がんばっていらっしゃる。
激変するインド。
過去と現在が入り乱れ、富める者貧しき者混在し、うきうきと、買い物袋携えて通りに出れば、物乞い少年がハンドバッグをひっぱり懇願の眼差しで、「やめなさい!」と叱責しながら眉間に皺を寄せた自分の表情が、一瞬脳裏にくっきりと映し出され、ああ、深い嘆息とともに、足早に、通りをゆく。
なんという時代の、なんという国に、わたしはいるのだろう!