「日本が梅雨入りする前においでよ」
という娘の誘いに従って、夕べ、無事インド入りした母。ちょうど翌日から梅雨入りというタイミングのよさだ。去年に引き続き、二度目のバンガロール。すでに盛夏を過ぎ、爽やかな風が吹き始めているこの街で、母は数カ月を過ごす予定だ。
わたしが日本を離れて十年あまり。これまでにニューヨーク、ワシントンDC、カリフォルニアと、我が住まいを数回ずつ訪れたことのある母であったが、まるきり一人で目的地の空港まで来るのは、これが初めてのことである。
言葉に不安があるため、日本航空を利用して、成田、デリー経由で来る手も考えたが、福岡から成田に到着したあとの待ち時間が非常に長い上、更にはわたしがデリーまで迎えに行かねばならない。
やはり、福岡発シンガポール経由で、乗り換え一回の方が楽そうだということで、シンガポール航空の便を予約したのだった。出発の数日前に、福岡のシンガポール航空オフィスに電話をし、サポートのサーヴィスを依頼する。
- 英語がまったくできないこと。
- シルヴァー向けサーヴィスを受ける年齢に達していること(68歳)。
- 骨粗鬆症につき、足腰が少々弱っていること。
以上を伝え、シンガポールでの乗り継ぎ時に於ける便宜を図ってもらえるよう、依頼する。シンガポール側へ依頼を出すことは可能だが、OKの返事はもらえないと言われ、それでは困る、100%でなければ、と伝えたところ、基本的には大丈夫ですとの返事。
万一のことを考え、マニュアル本を作成し、妹へデータを送信して印刷してもらっておいたのだった。
さて、昨夜10時。母の便が到着する頃、相変わらずたいそうな人ごみのバンガロール空港へと向かう。わずか十年ほど前までは「国内線しか就航していなかった」空港に、今や欧州、アジア各国便が毎日乗り入れ、特に各便が集中する深夜は、空港ターミナルに車でたどり着くだけでも難儀である。
到着ロビーの入場券を購入し、人ごみをかき分けながら、待合室に入る。
ちなみに到着便は国内線・国際線ともに、同じ場所。
待合室からガラス越し、数十メートル前方に海外からの到着便の荷物受け取り所が見えるが、たいそうな人ごみだ。
母があの混沌のなかで、自分のスーツケースを見つけ出し、誰かに助けをかりるだけでも一苦労に違いない。
何しろ、「若者」な我々でさえ、疲労困憊となる難所である。なんとか中に入れぬものか。
入り口の警備員に尋ねたところ、空港オフィスに赴いて事情を説明したら許可証を発行してくれ、中まで入ることができるという。
大急ぎで国内線ターミナル(すぐ隣)にあるオフィスに行き、母のEチケットのプリントアウトを提示し、事情を説明し、IDなどを見せたら、許可をくれた。
都合2カ所のオフィスでサインをもらったあと、再び急ぎ足で到着ロビーへ向かい、喧噪の荷物受け取り所へ入る。
人の熱気で暑い。ターンテーブルなど、見えやしない。
入国管理の列に並ばねばならないから、母はまだたどりついていないだろうと思いつつもあたりを見回していると、背後から、
「ミホ〜!」と朗らかな母の声。
振り返るとそこには、車いすに座らされ、男子数名に囲まれた母がいた。
何でも、飛行機を降りたとたんに、数名の男子から抱えられるようにして車いすに乗せられ(※長旅で膝が痛くなっていたらしいが、歩けないほどではない)、入国管理も並ばずスイスイと通過させてもらい、わたしが作った英文レターなど出す暇もなく、あっというまに連れて来てもらったらしい。
あれほど不安がっていて、夜もろくに眠れぬまま旅路についたらしいが、「全然、問題なかった!」とのこと。
むしろ「姫待遇」を受けられて、幸せそうである。
「ちょっと、やめてよ〜!」
と、車いす姿を撮影されるのはいやだったらしいが、記念撮影をせずにはいられない。
まず、出発地点の福岡空港では、シンガポール航空のきれいなお姉さんに誘導され、列に並ばずスイスイと手荷物検査を受けて中に入れたという。
また、シンガポール空港に到着した際には、客室乗務員が空港係員に母を託し、母は空港内をカートに乗せてもらってスイスイ走り抜けてショッピングエリアまで連れて行ってもらったとのこと。
そして出発時には、然るべき場所で待ち合わせをして、ゲートまでやはりカートでスイスイと運んでもらえたのこと。
「わたしが同行していたときよりも、むしろ楽?」な、優遇のされ方である。ちなみにビジネスクラスではなく、エコノミーである。特別料金を課せられるわけでもない。
全日空でも以前、かようなサーヴィスを使った。他の航空会社もたいてい似たようなサーヴィスを提供しているので、年配のご家族を招くときには、ぜひ利用なさることをおすすめする。これで、もっと気軽に、これから母を招けるというものだ。
そんなわけで、母は元気に、我が家へ到着した。
アルヴィンドは今朝5時半起床でデリー出張につき(このごろ出張続き)、一旦はベッドにはいっていたものの、起きだして母に挨拶し、再び眠りについた。
母は新居に大感激で、庭に出ても大感激で、二人してうひゃうひゃと騒いでいたら、ベッドルームの窓を開け放ちて寝ていたアルヴィンドに「静かにして」とたしなめられ、まあ、それくらいに元気に到着できたのだった。
新居移転以来、すでに5人目の宿泊者となった母。皆が一様に言う通り、とてもよく眠れる居心地のいいゲストルームのようで、母も早朝から目覚めて荷物の片付けなどを始めていた。
そよそよと、高原の風が吹き抜ける庭でお茶を飲み、8時半にはアーユルヴェーダ・マッサージのVさんが臨月だというのに来てくれて、母はゆっくり1時間半、頭からつま先までのオイルマッサージを受ける。
極楽のようである。
ちなみに小さなマンゴーは、指先で揉みほぐして柔らかくし、ちょっと皮を剥いて、果汁を飲みつつ、食べる感じ。
これが甘酸っぱくて、とてもおいしいのだ。
極楽のようである。
本当は、今日はマンゴーエキシビジョンの最終日だが、すでに午後2時。今日は一日、ゆっくりしていようと思う。が、庭の工事が最終段階に入っており、現場監督は随時チェックをせねばならず、睡眠不足ながら昼寝もできんのが辛いところ。
今夜はアルヴィンドも不在だし、早く寝ようと思う。
あ、ところで上の写真は、母のスーツケースの大半を占めていた土産である。
「なにも持って来なくていいから!」
と何度も言っておいたのに、母心である。
無論、自分が滞在中に食べたいものが詰め込まれていると言えなくもないが、いやいや母心。素直に喜んで、朝からさっそく好みのおかきやらスルメ(!)やらを食べている。
それにしても、バンガロールの夏が過ぎ、この風が心地よい時期、日本の梅雨から逃れるように訪れた母。本当にいいタイミングであった。
別荘で静養するように、我が家でのんびりと、いい日々を過ごしてもらいたいものである。