日曜の夜。義姉スジャータとラグヴァン、それからラグヴァン母のロティカ、ラグヴァン弟のマドヴァン、そしてラグヴァン従兄弟のラホールと我々で、夕食に出かけた。
Tiger Trailというインド料理の店。一応はホテルの中にあるが、あくまでも庶民的な価格の北インド料理店だ。なんでも、目の前で調理してくれるコース料理だけが「いける」とのことで、日本の鉄板焼きよろしく、オープンキッチンを囲んで着座する。
前菜に始まり、こんがりソテー料理にこってり煮込みカレー料理、それからロティやチャパティなどパン類も次々に出て来て、それらを次々に平らげて、ものすごい満腹感だ。
なかなかに、おいしかった。
が、やっぱりインド「外食」は、重い。マリネを焼くにも、バターだかギーだかをたっぷりと敷いている。著しく高カロリーなのだ。
それにしても、今日もまた思う。マルハン家にせよ、ヴァラダラジャン家にせよ、どうしてこうも、みながそろいもそろってアカデミックで優秀なのだろうか。
しかも、その優秀さ加減をまったくひけらかさず、謙虚で、静かで、穏やかで、やさしい。
だいたい、スジャータとラグヴァンが出会って一度も喧嘩をしたことがないというのが、また書くようだが、信じられん。人間わざとは思えん。どうしたら、そんなにお互いを譲り合いつつ、温厚に生きて行けるのか。その日常を。ミステリアスすぎる。
「インド人はおしゃべりで声が大きくてうるさくて大風呂敷で」
「日本人はおとなしくて謙虚で慎ましくて控えめで」
というのが、一般的なイメージかと思われるが、我が家周辺の場合は逆転している。
わたしがひとりで、うるさい。ひとりで、謙虚ではない。「実っても、頭(こうべ)を垂れない、稲穂かな」である。命名時の親の思いをまったく無視しておる。どうしたもんだ。
そんなどうでもいいことはさておき、頓挫している「十億分の一のインド」。他人ではなく、まず自分の身内からインタヴューしたいと思わされる。これまでは、まずラグヴァンを取材したいと思っていたが、今日、ロティカと話しているうちに、まずは高齢のロティカ&その夫であるところのラジャンが優先だと確信した。
70歳を超え、未だ飽くなき好奇心で世界各地を旅する文化人類学者であるところのロティカ。高名な科学者である夫と、共に旅し、あるいは一人で旅し、数々のレポートを残し、功績を残し、しかしまだまだ少女のような真摯な瞳を以て、わたしにも、わたしの世界を興味いっぱいの様子で、尋ねてくれる。
北インド出身のロティカと南インド出身のラジャンはインドが英国から独立した直後の1950年代、英国のケンブリッジ大学で出会い、恋に落ちたのだという。
「今でさえ、お見合い結婚が多いし、異なるコミュニティ出身者同士の結婚は難しいのに、お二人の時代に恋愛結婚は大変ではありませんでしたか?」
と、わたしが問うと、
「わたしはね。昔から、自由なの。囚われないことこそが、わたしの人生なの。あの当時は、まだ今よりも、革新的な風がインドに吹いていてね……」
そう言いながら、インドの今昔を、語り始める。……すてき。
実に、敬愛すべき人々。貫ける情熱を持てる人は、すばらしい。すばらしい人は、謙虚だ。わたしはいつも、そういう人たちに、惚れて来た。すばらしい人は、決して人を見下さない。傲慢でも横柄でもない。だからこそ、敬意が育まれる。
やれやれ、諸々、反省させられる。
さておき、他人よりもまず、わたしは自分の親戚から、インタヴューをして記録を残していくべきだと思う。
利益云々のビジネスではなく、自分自身のプロジェクトとして。
「ああもう、お腹いっぱい!」
といいながらなお、アイスクリームたっぷりのサンデーを食べ尽くすロティカを見ていて、まだまだ人生これからだ、と思うのだった。