【追記】2021年5月30日
ナーグプルにて半世紀以上に亘り、逆境に生きる多くのインドの人々を救済し続けている佐々井上人。北米アンベードカル協会が主催する「Dr. Ambedkar International Lifetime Achievement Award 2021」に選出され、昨日、オンラインでの授与式が開催された。誰でも視聴できるとのことだったので、参加させていただいた。
昨年、COVID-19に感染されたあと、体力を落とされ、お声も出にくそうだったが、昨日の上人は、お話される間、エネルギーが迸っていて、とてもお元気そうだった。あいにくわたしはヒンディー語がわからないのだが、主に仏教徒の向上、ブッタガヤ裁判の現状を熱く語っていらした模様。ジャイビーム!
🌕満月麗し、お釈迦様お誕生日おめでとうございます。この世にいでて半世紀たったあたりから、これまでの自分は、「宿命」の上を歩いてきたことに気づいた。その道を歩きながら、何をやるのかが、多分、大切。半ば自動操縦状態で語る4時間のわたしは、自分の制御下から、すでに逸脱していた。
ニューヨークへ渡って数カ月後の1996年。ちょうど25年前の七夕の夜、マンハッタンで夫となるインド人男性と出会った。まだ付き合う前、初めて夕食を共にしたあと、帰路、「お勧めの本がある」と教えてくれ、ノートにメモを記してくれたのが、『シッダールタ』だった。翌日、当時ロックフェラーセンターにあった「紀伊國屋書店」で購入し、帰路、ホテルのロビーで一気に読んだ。
🍷もしも、このKRSMAワインが存在しなかったら、わたしは3年前の4月、『破天』を読むことはなかったし、ナーグプルを訪れることもなかっただろう。そんなご縁については、過去のブログに記載している。
◉世界遺産の都市遺跡ハンピ、そしてKRSMAワイナリーへ4泊5日ドライヴ旅
➡︎https://museindia.typepad.jp/2018/旅ハンピ/
インドの中心〈ナーグプル〉で仏教を叫ぶ。
5月26日(水) 🇯🇵日本時間/午後8時〜 🇮🇳インド時間/午後4時30分〜
*坂田は特段、信仰心が篤いわけでも、また仏教の知識があるわけでもありません。今回、アンベードカル、そして佐々井秀嶺上人の足跡をたどるに際して、「最低限」知っておいたほうがいいと思われる情報を整理している。
*昨日5月26日は、以下のセミナーで語った内容に加え、質疑応答のほか、インド仏教を研究されている方のお話もお聞きするなど、とても実り豊かな4時間だった。なにしろ時空を超えて、夢現(ゆめうつつ)のエピソードが満載につき。長かった。しかし、有意義であった。昨夜の話は、「語りたい」よりも「語らねばならない」が勝っていた。参加くださった各位。ご縁を有り難く思います。
*佐々井秀嶺上人は、昨年のインドにおけるCOVID-19第一波の際に感染されました。体調を落とされつつも、人々の救済のために、日々尽力されています。そのご様子については、時折、お弟子の竜亀さんとのやりとりでお伺いしています。恒常的にご支援が必要と察せられます。佐々井秀嶺上人のご活動、及びご寄付などの情報は、以下のホームページをご覧ください。
◉南天会/佐々井秀嶺上人公認後援会
➡︎https://www.nantenkai.org/
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◉インドの中心で仏教を叫ぶ。佐々井秀嶺上人を訪ねて。2018/05/27
訪問時の情報が満載のブログ(マンセル遺跡などは動画よりも多く写真を掲載)
➡︎https://museindia.typepad.jp/2018/2018/05/nagpur.html
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🇮🇳パラレルワールドが共在するインドを紐解く④ インド国憲法の草案者、アンベードカルとインド仏教、そして日本人僧侶、佐々井秀嶺上人
*この動画への理解をいっそう深めるために、ぜひ過去のセミナー『パラレルワールドが共在するインドを紐解く①〜③』をご覧ください。下部に概要とリンクを記しています。
*動画内で、アンベードカルの仏教改宗をして「新仏教」と表記していますが、これは英語 "Neo Buddhism" を訳しての表現です。佐々井秀嶺上人の活動は純然たる「仏教」であり、伴って改宗した人々も「仏教徒」と認識されるべきだとのこと。敢えて表現するならば「仏教の復興」とされるようです。
【CONTENTS】
00:00 導入
00:20 ファシリテーター柴田氏もナーグプルを訪れていた
02:17 本セミナーに連なる坂田の過去3回のセミナーの簡単な振り返り
02:56 セミナー開始
🌕03:31 仏教の概要
・仏教のはじまり(初期仏教)
・仏教の源泉と広がり(上座部仏教/大乗仏教)
・日本に伝来した仏教。その背景
・仏教の教え(苦の輪廻からの解脱)
・インドにおける仏教(誕生と繁栄、衰退、そして復興)
🌕14:45 アンベードカルについて
・アンベードカルの略歴
・アンベードカルの活動とその偉業の断片
・アンベードカルとガンディ。カースト制度をめぐる対立
・アンベードカルとインド国憲法
・アンベードカルと仏教
🌕27:41 インドの中心点、ナーグプル。蛇(龍)という名
・ナーグプル市は仏教徒が非常に多く、識字率が高い
🌕31:28 佐々井秀嶺上人について
・インドに至るまでの経緯
・南天龍宮城へ行け。龍樹のお告げ
・坂田の祖母の話
・龍樹(ナーガルジュナ)とは?
・大日如来とは?
・南天鉄塔とは?
・佐々井秀嶺上人の主な活動
🌕53:46 坂田マルハン美穂、ナーグプル旅
・佐々井上人によって発掘された2000年以上前の仏教遺跡「マンセル遺跡」
・早朝から深夜まで。仏陀聖誕祭に因んでのイヴェントにご同行
・佐々井上人のことば
🌕01:27:14 佐々井秀嶺上人の現在/2020年に新型コロナウイルスに感染されるも、使命を遂行されている。ご縁を受けた者に、なにができるのか。
【セミナー開催に際して/坂田マルハン美穂を取り巻くご縁】
資料を紐解くにつけ、目に見えぬ糸で操られ、南天竺に流れ着いた気さえする。インドで生まれた仏教の変遷。憲法の草案者アンベードカル。ダリット出自の彼が仏教に改宗した背景。その偉業を引き継ぐように、龍樹のお導きで、佐々井秀嶺上人がナーグプルにたどりついて半世紀余り。
日蓮宗の藤井日達上人と近かった我が父方の祖母政子。ゆかりの資料や写真を見るにつけ、ご縁を感じてきたが、自分が年を重ねるにつれ、すべては定められた道の上を歩いてきたに過ぎないのかもしれないとの思いが強くなる。
建設業者だった父の泰弘は、福岡県久山町の仏舎利塔建立に携わった。1988年に日蓮宗の平和行進(長崎ー広島)が行われた際には、道中の福岡にある坂田の実家に、多くの日印僧侶が1日滞在、母や伯母たちが、寝食のお手伝いをさせていただいた。
1996年3月、わたしが表参道を猛スピードで歩いている時、すれ違いざま、占いをしているという男性に呼び止められ、「珍しい顔相をしている」「額から光が出ている」「今年は3回ある人生の転機のうちの一つ」「今年、強い縁がある」と告げられた。
その4カ月後の七夕の夜、インド人男性のアルヴィンド(サンスクリット語で蓮の花の意味)とカフェで相席になった。そこからはもう、完全に、インドへと導かれていたと、今はそう思う。
初めてアルヴィンドと一緒に食事をした後、帰り際に彼から勧められた本が、ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』だったことも。彼の姉の名前がスジャータだということも。結婚式を挙げるために訪れた2001年7月のデリーで、「こんな国、絶対に住めない」と思ったのに、3年後には住んでみたくなったことも。自分でも理解できない熱意と執着で、嫌がる夫を説き伏せ、紆余曲折を経て、2005年11月に、インド移住を実現したことも。
2011年、ムンバイの日本山妙法寺で森田上人とお会いしたとき、上人は上記、平和行進を実現された人物だとわかったことも(その際、平和運動に熱心だった俳優スニール・ダット(サンジャイ・ダットの父)が同行されたとのこと)。
そして、2018年4月、『破天』を読んで、発作的にナーグプルへ行かねばと思い、折しも仏陀聖誕祭の日に、佐々井秀嶺上人とお弟子の竜亀さんと、行動を共にさせていただいたことも。
その年の一時帰国時、東京から福島の原発事故後の様子を見に行くつもりで唯一開けていた日。折しも佐々井秀嶺上人はブッダガヤ大菩提寺の返還運動のため日本にいらしていたことを知り、急遽、増上寺で再会させていただいたことも。
【関連サイト/書籍案内】
●南天会/佐々井秀嶺上人の活動支援
➡︎https://www.nantenkai.org/
●『破天』山際素男著
➡︎https://www.amazon.co.jp/破天-光文社新書-山際素男/dp/4334034772
●『アンベードカルの生涯』ダナンジャイ・キール著
➡︎https://www.amazon.co.jp/アンベードカルの生涯-光文社新書-ダナンジャイ・キール/dp/4334032958
●『ブッダとそのダンマ』B.R.アンベードカル著
●『社会苦に挑む南アジアの仏教: B. R. アンベードカルと佐々井秀嶺による不可触民解放闘争』
●『求道者』佐々井秀嶺著
●『不可触民と現代インド』山際素男著
●『龍樹の遺跡の発見: インド、マンセル・ラームテク遺跡』アニル・クマール著
●『龍樹』中村元
●『変貌と伝統の現代インド: アンベードカルと再定義されるダルマ 』(嵩満也)
●『佐々井秀嶺、インドに笑う』白石あづさ著
●映画『ジャイビーム インドとぼくとお坊さん』
➡︎https://www.jaibhim-movie.com/
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◉[DAY 05/ Dharamsala 04] 僥倖の朝。ダライ・ラマ法王14世とお目にかかる
➡︎https://museindia.typepad.jp/2019/%E6%97%85%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%82%B5%E3%83%A9/
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北インドだけではない。インドには各地に、風化しつつも確実に、久しく人々の目から離れたままの、仏教遺跡が残されている。
実はお隣のアンドラ・プラデーシュ州は、仏教遺跡の宝庫なのだ。
【参考資料】
🙏アンドラ・プラデーシュ州政府による仏教遺跡巡りの資料(必見)
➡︎https://tourism.ap.gov.in/assets/img/Brochures/AP%20Buddhist%20Places%20Brochure.pdf
🙏India Buddhism Tour
➡︎https://indiabuddhismtours.com/
🙏Buddhist Tour Packages
➡︎https://www.tourmyindia.com/packages-tour-india/buddhist-travel-packages/
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🙀「自然を貫く果てしない叫び」。今、地球の叫びは、いよいよ強くなりて。
1986年。35年前、20歳の春休み。発作的に描いた2枚の曼陀羅。
大学の寮から帰省し、実家で過ごしていたある日。実家に掛かっていた曼荼羅の絵を見て、自分も描いてみたくなった。部屋にあった、高校時代の絵具や筆、画用紙を使い、アルバイトの合間を縫って、わずか数日で2枚描いた。
1枚目は、ほとんど模倣。ただ、自分の名前を「隠し絵」のようにして紛れ込ませた。先日の『アンベードカルとインド仏教、佐々井秀嶺上人』のセミナー動画で、その写真を紹介した(動画では19歳と言ったが調べたら20歳のときだった)。すると、ご覧になった方から、曼荼羅に感銘を受けたとのメッセージをいただいた。
動画で紹介した1枚は、実家に飾られている。もう一枚は、手元にあるはずだ。今朝、クローゼットを開いて久しぶりに発掘、しみじみと眺めた。描いた当初は、暑苦しい画になってしまった気がして、あまり気に入ってはいなかった。しかし35年ぶりにじっくり眺めると、かなり感慨深い。
当時のわたしは、その半年前に初めて海外旅行を体験、1カ月の米国滞在した直後で、感性が炸裂していた。それはこの年、大学祭実行委員長を引き受けて、準備、実施するまで続くのだが、まさに若い力が漲っていたころだ。
インターネット台頭以前。絵の素材は印刷媒体を参考にした。
子どものころから自然破壊や環境問題に敏感だったことは過去にも記したが、その思いは多分、常に根底にあったのだろう。
この絵を描く数カ月前の1月28日。スペースシャトルのチャレンジャーが発射73秒後に爆発。飛行士7名が死亡した。その経緯をレポートする『ニューズ・ウィーク』誌の特集にあった写真を見て、スペースシャトルを描いたことは覚えている。
月の満ち欠けは、歳月の流れを表している。その上には涅槃。
しかし右上は、ゴミの山。埋立地に林立する団地に押し寄せる津波……。
昭和40年代、わたしが育った福岡市東区名島、千早界隈。かつては海辺だった場所が埋め立てられ、「城浜団地」ができた。かつて山だった場所が造成されて「三の丸団地」ができた。
その変遷を、この目で見てきた。高度経済成長に伴う環境の歪みを、本能的に感じ取っていた。思えばあれは、野生の勘のようなものだった。
中学2年のころ。大反抗期で成績は急下降していながらも、作文の宿題はしっかりやり、それが福岡県知事賞を受賞、テレビに出演し、朗読した。その作文も、同様のテーマだ。
試験管はそのまま、「試験管ベイビー」を意味している。1978年、英国で初めて「体外人工受精」により、子供が誕生した。今ではごく一般的な治療と生誕の形になっているが、当時は物議を醸した。
ちなみにわたしは卒業論文で「安部公房」を取り上げたのだが、彼は1977年に発表された『密会』という作品の中で、すでに「試験管ベビー」という表現を使い、人工授精で生まれた女性を登場させている。
そもそも理系である安部公房の先見の明や世界を見る目には驚嘆すべき点が多々あるのだが、この予見には、今改めて、鳥肌が立つ。
ミツバチのモチーフは、多分、ミツバチがいなくなると、人間の存在が危うくなるという話をどこかで知り、使ったのだと思う。農薬などへの危機感も、わたしの中にあったのかもしれない。嫌な予感は当たり、今やミツバチは減少の一途を辿っている。
そしてリンゴ。当時は、アダムとイヴの禁断のリンゴ=原罪を表すために描いた。しかし、今の世界を席巻しているAppleのiPhoneを予見していた……とは、こじつけだ。
そして、ムンクの叫び。これは、絵の中の人物が叫んでいるのではない。
彼は「耳を塞いでいる」。以下は、ムンク本人が、この絵に言及した一文だ。
「私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。」
自然を貫く果てしない叫び。
35年前には、耳を澄まさなければ聞こえなかった叫びは、今、地球全体に轟轟と響き渡っている。
先日も紹介したデイヴィッド・アッテンボローの『地球に暮らす生命 (NETFLIX)』。地球環境を改善するために我々人間ができることが、最後の最後で提案されている。一人でも多くの人に見て欲しいと思う。
STUDIO MUSEの動画から、坂田のセミナー動画、ぜひご覧ください。
♨️特におすすめは、パラレルワールドが共在するインドを紐解くシリーズ①~④
➡︎https://www.youtube.com/playlist?list=PLtS91Qr_YL53TioXolCLop5pTKNZJuJ_U
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