先週の土曜日は、ミューズ・クリエイションの「働き組」「男組」のメンバーにも参加してもらうべく、週末ながらも慈善団体、ニューアーク・ミッション (New Ark Mission ~Home of Hope~) の訪問を実施した。
年末年始はイヴェントごとや休暇が多い上、メンバーの入れ替わりも多くて、立て込む。が、ようやく時間がとれるこの時節、子どもがいる慈善団体においては、3月は試験中、4月は夏休みとなり、先方の時間がとれない。
もちろん、ホスピスや動物保護施設など、時期を問わず訪問させてもらえる施設もあるが、新メンバーが多い今回、できれば子どもたちと遊ぶ場所を選びたい。ゆえに、いつでも歓迎くれるニューアーク・ミッションを訪問させてもらうことにしたのだった。
ニューアーク・ミッションを訪れるのは、わたし自身は4度目。ミューズ・クリエイションを創設してからは3度目だ。前回は、昨年の8月、日本からのインターンの学生らとミューズ・クリエイションのメンバーとで訪問したのだった。
オート・リクショーのドライヴァーだったラジャ、通称「オート・ラジャ」と呼ばれる創設者が、このニューアーク・ミッションを立ち上げたのは19年前。
路上で瀕死状態のホームレスの人々を、拾い上げ、家に連れて帰り、世話をしたのがはじまりだ。彼のこと、そして同団体のことについては、過去の記録に詳細を記しているので、ここで詳細には触れない。
この5年間というのも、訪れるたびに、少しずつ設備が整い、施設が拡張しているのがわかる。また、ラジャ自身も、話しぶりに自信や強さを漂わせているのを感じる。
最初、オフィスに集められた我々は、いつものように、ニューアーク・ミッションの活動の概要を紹介するビデオを見せられる。瀕死の人々を映し出す映像は、目を覆いたくなるシーンが次々と現れる。
「苦手な人は、無理に見なくていいですから。ウギャウギャ言わずに、静かに目を閉じてください」
と言いながら、実はわたしが、こういう映像を非常に苦手としている。映画やドラマも「流血もの」「ホラー」「スリル&ヴァイオレンス」、一切、だめである。
さて、衝撃的な映像鑑賞のあとは、ラジャとしばし、言葉を交わす。すでに参加メンバーには、過去訪問時の記録を読んでもらい、同団体の主旨については、理解してもらっている。そのことは、ラジャにも伝えてはいるが、彼は毎回、なにかしら、我々に言葉をくれる。
「口先だけの祈りは、僕は好きではない。祈り、そして行動する。行動が大切だと思っている」
「500人以上もの世話をすることは、決して簡単なことではない。辛くて、一人で泣くときもある。けれど、testimony(神の言葉/聖書)を心の寄る辺に、生きている」
「みなさんが、日々、祈られるときに、5秒でも10秒でもいいから、ニューアーク・ミッションのために、祈ってください」
以下は、過去の訪問記録である。関心のある方は、ぜひ目を通していただければと思う。
■希望の家。希望ある死。無口な人々の終の住処。2011年1月(←Click!)
■みなそれぞれに、ハードルを乗り越えて、 希望の家へ。2013年10月 (←Click!)
■その「愛」はどこから? 生と死が渦巻く場所で。2015年8月 (←Click!)
子どもたちと遊ぶべく、オフィスのある女性棟から、数十メートルほど離れた場所にある子ども棟へと歩く。訪れるたびに、新しい設備が誕生しているが、今回は、子ども棟の近くに、広いキッチンが完成していた。
女性たちが、食事の準備をしている。まるで八百屋の一隅のような光景。なにしろ500名を超える人々の料理を朝昼晩、作るのである。それだけでも、本当にたいへんなことだ。
ここで働く人はみな、そもそもここに引き取られ、住処と食事を与えられてきた人たちだ。
大きな鍋を操りつつ、調理。ここまでのヴォリュームだと、料理が重労働だ。この鍋を見て、アクシャヤ・パトラを思い出す。2007年のある日、車窓から、あの給食センターのバスに書かれた標語を見た時に、「わたしも、なにかを、しなければ」と、思わせられたのだった。社会的責任、として。
"Feeding for a hungry child is not charity. It's our social responsibility."
「お腹を空かした子供に食事を与えることは、チャリティ(慈善)ではありません。我々の社会的責任です」
インド最大の給食センター。いつかあの施設にも、ミューズ・クリエイションのメンバーと訪問したいものだ。
■遍くこどもに給食を。食事が育むインドの未来。 (←Click!)
今回は大人の参加が約20名と多めだったので、少し気持ちに余裕がある。ここの子どもたちは、心身に疾患を抱えた子も少なくなく、素人が小人数で対応するのでは、ハードルが少々高いのだ。
わたし自身、このような活動を続けているからには、無責任なことは言えないのだが、しかしそもそも、児童教育に詳しいわけでも、子どもたちと遊ぶのが好きなわけでもない。
ただ、インドに暮らし始め、目に見える貧困の様子、食べるに難い子どもたちを目前にして、看過できなかったからこその、活動である。だから、毎回、訪問して、自分たちで子どもたちと触れ合い、そこで経験したことを通して学習するしかない。
素人だからと言って、ではなにもやらない、というのでは、それも意味がない。適度な塩梅を見計らい、素人の我々が訪れてもなんとか大丈夫そうなところ、を選んで、訪問している。そんな中で、このニューアーク・ミッションは、最も難しい場所、かもしれない。
前回は、足の不自由な子どもが遊具に足を引っかけて転び、軽症ながらも怪我をした。その子の眉のあたりから血が流れているのを見た時には、少々、慌てた。彼らにとっては、日常茶飯事かもしれないが、それでも、我々が訪問している時に、トラブルは起こって欲しくない。以降の慈善団体訪問時には救急箱を持参するようにした。
同時に、メンバーにも、注意を喚起した。そういう意味でも、参加メンバーに感想を募り、こうして過去の記録を残しているのは、意義深いことだと思っている。唯一、情報を共有できるのは、この記録を通して、だけであるので。
いつもはみんなで、まず身体を動かして歌を歌うところなのだが、この日はすっかり忘れていた。いきなり、それぞれの、遊びに入る。
この子は、バスケットボールがとても気に入った様子。ずっと抱えていた。
この子もボールを抱きかかえて、黙々と、ひたすらに、赤く塗る。
"ART BY PAUL"と、書き慣れたサイン。夕日が沈む山間の光景。雲が浮かび、鳥が飛ぶ。太陽は、黄色。ちなみに、太陽を赤で表現するのは、日本ほか限られた国だけのようである。ということは、米国在住時に話を聞いたことがあるのだが、実際そのようだ。
日本の太陽が赤いのは、日の丸にも連なるのであろうが、いろいろと説があるようだ。「明るい→転じて赤」となったともある。
ともあれ、色の認識については、国によっても異なり、面白いものである。これは裏付けのある話ではないのだが、日本人にとって目立つ色は「赤」だがフランス人には「黄色」という話を聞いたことがある。
ゆえに、日本ではバーゲンの文字などは、しばしば「赤」が使われている。金赤と呼ばれるM(マゼンタ)100% Y(イエロー)100%の赤だ。郵便局も赤、である。一方のフランスは、郵便局は黄色に青。
ボウリングは、いつも人気の遊び。大きな子にはルールを決めて真剣勝負というのもいいだろうけれど、今回のように小さな子が多い時には、適当に投げて倒す、でノープロブレムだ。
昨年8月の訪問時、日本の大学生としばらくボウリングを楽しんでいた少年もいて、彼が他の子どもたちに、上手に投げ方を教えてやっていた。
「俺の、タコ」
この大きなひよこは、「男の子」らしい。背負って、面倒を見ているらしい。健気なことである。
初めて訪れたときは、まだ赤ちゃんのようだった彼女も、徐々に、徐々に成長している。無論、そもそもからの健康状態がよくない子どもたちが多数。全体に、年齢に比して小柄な子どもが多いのは否めない。
小一時間ほど遊んだあと、持参のおやつタイム。前回、ビスケットをみなで食べたのだが、喉に詰まらせる子がいたので、今回はヤクルトも。もっとも、みんな遊んだ後で手も汚れていたので、ビスケットは午後のおやつにしてもらうことにして、このときはヤクルトだけを配給。
一口飲んだあと、傍らに放置。もう、飲めないの? と尋ねたら……
俺のペースで飲ませてくれ。とばかりに、幼児ながらも自分の世界観を持った男子。今日は、彼と一緒にツーショットを撮って欲しいと、彼の傍らに座ったら……。
「俺は一人が好きなんだよ」
と言わんばかりに、すっと立ち上がって去って行った。
飲み終わったボトルを、ポイと投げ捨てる少年に、「コラッ」と一喝。彼はといえば、叱られる理由もわからぬ様子で、それは仕方のないことかもしれない。
ゴミは拾って、片付けるものだ。ということを、簡単に説明する。すると素直に、ゴミの回収に回ってくれた。
教えれば、抵抗なくゴミ集めをやってくれる少年。いい子たちだ……と改めて思う。
が、しかし、「いい子たちだ」と軽くひとことでは言えない、悪ガキや問題児も、もちろんいる。毎回、数名、トラブルメーカーがいるのだが、今回は、このゴミ袋を覗き込む女子が、一番の「問題ガール」であった。
背中からドンと人を押す。メンバーの一人は、彼女に押されて転んでしまったくらいだ。危ない。
精神が健常ではないことは察せられるが、だからといって、判断力がない、というわけでもなく、微妙な状況のようである。他の子どもらの邪魔をする、叩く、といった行動も多く、「コラッ」と追いかけ回すこと、しばしばだった。
少しでもこちらが目を離すと、構って欲しいのもあるのだろう、クレヨンを口にいれたりする。都度、抱きかかえ、水飲み場で口を漱がせねばならず、なかなかに世話の焼ける子である。
が、メンバーの一人が、しばし付きっきりで遊具で遊ばせたりすると、素直な様子も見せてくれる。
児童教育などを学んだ専門家が面倒を見るわけではない、この施設の中で、多くの子らを育てていくことの、途方もないたいへんさ、の断片を、思い知る。
この日、怪我をした子はいなかったものの、「大」のお漏らしをした女の子がいた。大人しそうな、女の子である。言葉が通じぬ平たい顔の大人たちに囲まれて、トイレに行きたいとも言い出せず、我慢してしまったのだろう。気持ちは、わかる。かわいそうなことだった。
わずか1時間を遊ぶだけでも、いろいろな配慮が必要なのだということを、改めて学ぶ。
今回も、半数以上のメンバーが初めての訪問。過去の記録を読んでいるとはいえ、百聞は一見にしかず。みなそれぞれに、衝撃を受けたり、感銘を受けたり、心揺れ動いた時間だったと思う。
わたし自身、みなの感想を読みながら、改めて思う。
わたし一人だったら、こう何度も、訪れることは決してないだろう、ということを。メンバーを率いるという大前提のもと、自らを敢えて鼓舞する面もあるのは事実だ。
そうして、「子どもらと遊ぶ」という、そもそも、大して好きなわけでも、ましてや得意でもなかったことを経験することによって、わたし自身も少しずつ、成長しているのかもしれない、とも思う。
ミューズ・クリエイションは確かにわたしが立ち上げ、運営している。しかし、わたしが自分の思うように仕切っているわけではないし、また、そうするつもりもない。
メンバーのみなさんには、このミューズ・クリエイションという場を、能動的に、主体的に、自治的に、「活用」してほしいと、常々、考えている。
そのときどきのメンバーの色が映し出される活動を続ける場所、それぞれのメンバーが、何か新たな視界を開くに際する「端緒」、すなわち契機となる場所であればということを、みなさんのコメントを読みながら、改めて思う。
バックグラウンドの異なるメンバーが、次々と入れ替わるなか、思うところを的確に伝えることさえ、簡単なことではないのだが、こうして折に触れて記しつつ、「端緒」としてのミューズ・クリエイションを、これからも。
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帰りの車中、ドライヴァーのアンソニーが、ひどく憤りながら、教えてくれた。
アンソニーは、我々が子どもらと遊んでいる間、職員らと話をしていた。彼らによると、最近、このニューアーク・ミッションが「姨捨山」のようになっている、と言うのだ。主にはミドルクラス以下の市民が、年老いた両親の面倒を見たくないからと、ここに「捨てていく」のだとういう。
自分たちは、そこそこの経済力があり、暮らしていける人たちが、である。
アンソニー曰く、彼の住まうアパートメントの大家一家も、そのような傾向があり、親の面倒をきちんと見ず、親は路傍で物乞いをしていたりするそうだ。
家族の絆が強く、年長を敬うのが一般的なはずだったインドだが、いろいろな、潮流があるのだということを、思いがけないところで、知る。
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【参加者メンバーのコメント】
●ホームへの道に迷いながら到着し、どの建物に入っていいのかわからずウロウロし、建物までインド人男性に案内して頂き、建物に入るとインド人女性に事務所まで案内して頂き、ホームの方々にお世話になりながらのボランティア活動開始でした。覚悟をしていたつもりでも、最初に見せられるビデオ映像は、目をそらさずにはいられない程の衝撃的な箇所もありました。その後のラジャさんのお話しで、『神の言葉を伝えるより、先ず行動する。』というお言葉に感動しました。尊敬!という言葉でしか表現できませんが、尊敬するマザーテレサと同じ様に活動できる方々がインドにはいらっしゃるということ、素晴らしいです。また、常時500名はどの収容された人々に、衣食住を提供できる寄付をされている地元の人々にも頭が下がります。
ここインドは、12億ほどの国民がいる大国なので、その中の大勢の困窮者を救える力はない!自分にできる一歩からと、わりきれた気持ちでボランティアをさせて頂けました。道路を車で移動する時にいつも思うのは、〝同じく人間として生まれてきて、片方は高級外車を乗り回せる人々、片方は生きていくのも難しい人々…なぜこうも差がついた人生なのだろう″ということです。日本でも、子供の6人に1人が貧困という現実があります。 近年は、こども食堂やフードバンクという市民活動をされている人々がいらして、私も寄付だけのお手伝いしか出来ませんでしたが、日本を離れても支援を続けていきます。『子供の貧困は親のせいなので支援しない』という人もいらっしゃいますが、子供は親を選べずに生まれてきます。成長しなければならない子供が貧困で食べるものがないならば、それを手助けできるのは大人だけだと思っています。
今日、一緒に遊んだ子供達は、様々な子がいましたが、うつろな目をしている子はいても、にごった目(ひねくれた目)をしている子は見かけませんでした。私も、楽しく遊ばせて頂きましたが、ホームの子供達には、短時間ででも良い気分転換になったことと信じます。ここインドで暮らすからには、現実から目を背けず、自分がお役に立てることをやっていければと思います。
●今日はHome of Hope訪問という貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。早く着いたので、暫くウロウロしていました。女性250人。男性200人。子供50人の大所帯。皆、私の想像を絶する過去を持つ方々ばかりにしては、空気が穏やかでした。創設者のRajaさんとその家族、仲間にこれだけの事をする力を与えているのは、やはり神様の力としか思えない働きです。次々と施設が増設されており、収容者が働き手となって生きがいを得ているのではないかと想像されます。
子供達はとても人懐こく、皆元気に遊んでいました。思いの外英語が上手で、教育を受ける機会を与えられている事を実感しました。5歳の息子は帰宅後もパンフレットを見ては思いにふけったり、CNNに取り上げられたんだよ、と教えてくれました。施設の概要を説明して、再度New Ark Mission Home of Hopeについてや世界には貧しい人、困っている人が沢山いる事、自分達がいかに恵まれているかなど、話し合うことが出来ました。
●私はお絵かきを担当しましたが、なかなか自ら絵を描くということをしてくれず悩みました。英語が分からないのか、話しかけてもあまり反応がなくコミュニケーションをとるのが難しかったです。折り紙のコマは楽しそうにまわしてくれて嬉しかったです。また機会があったらカンナダ語を少し勉強してから臨みたいと思いました。名前ぐらい聞けるようにしておけばよかったです。楽しい時間を過ごせ、いい経験になったので参加できてよかったです。
●皆さまお疲れさまでした。ミューズに入り、初めての慈善団体訪問でした。事前に美穂さんのブログは読んでいましたが、先ずはじめに、想像を遥かに越える衝撃映像を見て、とてもとても心が痛みました。ラジャさんのお言葉で、『神に祈るだけではなく、行動に移す。自分が模範となる。』とありましたが、なかなか出来ることではないし、ましてや19年も継続して行くことの大変さは想像を絶します。今後も支援を続けるべき施設だなと思いました。そこに暮らす子供たちは皆元気いっぱいで可愛らしく、一緒に沢山遊べてむしろこちらがかなり楽しんでいました。ボウリングで独自の遊びをしていたり、釣りで大きな魚が釣れて誇らしげにしている子もいたり、特にお絵かきは一番人気でした。
今回はほとんどが幼い子供だったので、幼い子供向けの遊びをもう一種類用意しておくと良いなと思いました。というのも、釣り竿用のマグネットを取って口に入れていた子を2人見つけて焦って取り出したり、釣り竿を振り回していて他の子供に当てないように見ていなければいけなかったので、幼い子が多い時には釣りはあまり向かないかなと思いました。(大人がつきっきりで見ていられたら良いのですが常に動き回っている子を全員見るのは困難でした) 子供の笑顔に癒やされた1日でした。またこのような機会があればぜひ参加させていただきたいです!
●今回初めてhome of hope訪問に参加させて頂きました。子供たちはとても明るく元気で塗り絵等して遊びとても楽しい時間を過ごしました。また参加したいと思います。どうもありがとうございました。
●・前回遅刻したので、ビデオを初めてみた。良く出来ている、分かりやすい。
・Auto Rajaが瀕死の人々を文字通り「回収」し、自ら戦場医師のような医療行為を行い、健康にしていく状況がよく分かった。
・彼の活動は本当に素晴らしく、刺激される。彼が自信にみなぎっている様子なのが今回、印象深かった。
・Auto Rajaが「我々のことを10秒でも祈って下さい」と言っていたのが心に残った。
・子どもたちと遊んだ。大人から一対一で向き合って言葉をかけてもらいスキンシップを計ることは、親と暮らしていない子どもたちには楽しく嬉しい時間に違いない。
・今回、大人一人で子どもを2人ほど見る体制だったが、上の理由から、大人は何人いても良いと思う。
・定期的に訪れ、かかわっていきたい。
●初めて慈善団体訪問に参加させていただきました。最初のビデオを見て少し緊張していましたが、子どもたちに会うとそれはどこかに吹き飛びました。私が一緒に遊んでいた女の子は話しかけても全く言葉が通じませんでした。ぬりえに興味を示したのですが、クレヨンを持ったまま塗ろうとはしません。一緒にクレヨンを持ってぬりえをしていました。すると、少し他の子どもたちの相手をしている間に途中からひとりで綺麗に帽子をひとつひとつ違う色で塗っていました。本当に本当に驚きました。ぬりえが楽しかったのか、最後までクレヨンを握りしめて離しませんでした。何も喋らないけれど、意思はしっかりと持っているんだと思うとなんだか嬉しくなりました。最後にその女の子が手を振ってくれた時は本当に嬉しかったです。今回参加して良かったです。また機会があれば、ぜひ参加したいと思います。
●オートラジャさんのお話を直接聞く事ができてよかったです。動画は私一人ならとても見られないものでしたが、あの場では全てしっかり見させていただきました。人間の身体からウジが湧いてる所は初めて見ましたし、顔に穴があいていても生きているなどかなり驚きましたが、人間の生命力の凄さと施設の方々が助け合っている様子が伝わってきました。貴重な機会をいただき大変ありがたく思います。
●私はこちらの施設には二度目の訪問でした。
今回も大人の人数が多く、あまりバタバタとすることなく、行き届いて遊べていた様に思います。ただ、この施設では下記の点に注意がいるな、とは改めて思いました。
○荷物は離れておいたりすると、中身が気になったり、持っていこうとする子がいること
○中にはやや不安定なバランスで歩いている子や視界が狭そうな子がいること
○やや自閉的な雰囲気がある子がいること
荷物の管理や、障害を持っていそうな子には適宜注意して、集団行動が好きでなさそうな子には程良い距離間での対応が必要だな、ということを思いました。それを踏まえたうえでも、うまく対応されていて、大人も子供も楽しく時間を過ごせていた様に思います。
施設のボランティアに関しましても、費用はほぼ非政府からの寄付金であることや、スタッフの8割がそこで育った方々であるということも、何だか感慨深かったです。そういったことが現状で、その中でそれぞれの皆さんの生活が営まれているのだな、と。自分はそれだけ恵まれて生きているのだな、と再認識でき、日頃の些細な悩みことなども自分は裕福な世界の中で生きているのだな、と思わされました。大変貴重な機会を提供下さり、ラジャさんや施設の子供たち、スタッフの皆さん、美穂さんやミューズの参加された皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。
●貧富格差が存在する事は知っていながらも普段の生活をしているだけでは分からなかったインドの現実を見たように思う。正直施設で会った子供たちとほんの少しの時間遊んだだけで、何ができたのだろうという思いはある。ただ、今回体験しなければ、知らないままであったし、また機会があるのであれば参加させて頂き、自分が出来る事をお手伝い出来ればと思う。
●今回の訪問先が少しキツイ場所であると聞いており、正直不安な部分もありましたが、遊び始めてすぐに準備していったもの全てに子供達が嬉しそうに反応してくれたその姿を見て、安心しました。年齢の小さい子が多く、一緒に絵を描いたり、抱き上げたり、ボールを投げ合ったり、今まで私が参加した訪問先に比べ、言葉よりも行動でのコミュニケーションが主だったように思います。だからなのか、今回接した子供達一人一人の表情がとても強く印象に残りました。そして、訪問が終わってからも子供達のことが何だかとても気になっています。私が今出来ることを、少しずつでも出来る限りしていきたいと改めて考えた訪問でした。
●折り紙を担当させてもらいました。はじめは折り紙を折って楽しむ年齢の子たちではない小さな子が多かったので、新聞紙の兜を折りかぶせてあげました。兜は途中まで折れていたので、すぐに何個か折ってあげれたのでよかったです。また頭の小さな子には兜とは違いますが頭の大きさに合う帽子を作ってかぶせてあげました。完成品のコマも楽しく遊んでいた様です。しばらくして他の遊びを楽しんでいた大きな子たちがコマを折りたいとやって来ました。残り時間が少なかったのですが、とても器用に3ピース折りあげ最後まで作ることが出来ました。速く折り進める事のできる子が、途中手こずりながら折っている子の面倒を見ながら慌てさせる事もなく教えてあげている姿はとても素敵な光景でした。素敵な体験が出来ました。ありがとうございました。
●NEW ARK MISSION ~HOME OF HOPE~ に伺って、こちらが何かしたというのではなく、子供達から、パワーをもらって、色々考える機会をもらえました。日本で触れ合っていた子供や、毎日会うアパートのインドの子供達と違ってそれぞれに、辛い過去や、過去でなく現在も何かを抱えているだろう子供達との触れ合いに、どういう風に接すればいいかと考えて答えがない状態で参加したのですが、当日はそんな事考える暇もないくらいあっという間に過ぎました。
ラジャさんのように、24時間一緒という事は私には出来ないけれども、私の出来る範囲内で何かできる事があれば継続してやっていけたらと思いました。 出来る範囲といっても思い浮かぶのが、このような機会があればまた参加させてもらう。美穂さんのおっしゃっていた使ってもらえそうな洋服、布などをとっておく、食べ物などを差し入れるなど受け身のアイデアしか浮かびませんが、この経験を忘れず自分にできる事を前向きに探していきたいと思います。
このような機会をいだいた施設の方、施設の方と日程など調整してこのような機会を作ってくださった美穂さん、前日準備をしてくださった紙チームの皆さんに感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。
●Home of Hopeへは今回初めての訪問でした。話に聞いていた通り、ドキュメンタリービデオはとても衝撃的なものでしたが、Auto Rajaの考え方や行動には非常に感銘を受けました。彼には、本当に神様がついているように感じました。あまり信仰心が強くない私も、彼らのことを想ってお祈りしたい気持ちになりました。インド人は宗教に依存しすぎてる人が多いと思っていましたが、宗教の力は偉大で、人々にとって無くてはならないものなのですね。
施設の規模の大きさにも驚きました。500人もの人々に3食きちんと食べさせることは、簡単なことではないと思います。でも道ばたで死にかけていた人がいるなんて信じられないほど、みなさん元気そうでした。インド人の生命力も、本当に強いなと改めて感心ました。
帰り際に、施設のスタッフの方に、到着したばかりの新車の救急バイクを見せてもらいました。車に比べ交通状況による影響が少なく速やかに動ける、これでもっと沢山の人を助けたいと嬉しそうに話していました。これからも、一人でも多くの人を救済してほしいですし、私もミューズを通してHome of Hopeの活動に貢献していきたいです。
子供たちとも楽しく充実した時間を過ごさせてもらいました。親がいない子供がほとんどなのでしょうか、人恋しそうにいきなり抱きついてくる小さな子供が何人もいました。自分の娘と同じくらいの子供たちなので人ごととは思えませんでした。周りからの愛情をいっぱいうけて、元気に育ってくれることを願うばかりです。人懐っこく、純粋な笑顔の子供たちで、心が癒されました。自分たちが普段恵まれた生活ができていることに感謝するとともに、こうやって生活している人たちのことを忘れずに生きて行きたいです。今回も貴重な体験をさせていただき、どうもありがとうございました。
●子供たちとも楽しく充実した時間を過ごさせてもらいました。親がいない子供がほとんどなのでしょうか、人恋しそうにいきなり抱きついてくる小さな子供が何人もいました。自分の娘と同じくらいの子供たちなので人ごととは思えませんでした。周りからの愛情をいっぱいうけて、元気に育ってくれることを願うばかりです。人懐っこく、純粋な笑顔の子供たちで、心が癒されました。自分たちが普段恵まれた生活ができていることに感謝するとともに、こうやって生活している人たちのことを忘れずに生きて行きたいです。今回も貴重な体験をさせていただき、どうもありがとうございました。
●今回初めてhome of hope を伺いました。事前にHPをみていたのである程度心の準備はして挑みましたが、実際伺ってみると思ったよりも気持ちは落ち着いていました。直接ラジャさんのお話を聞いたり動画を見て、これがインドなんだな、と思いました。普段何気なく過ごしているインド生活では全く分からない世界でした。
訪問内容は今回、子どもたちと思いっきり遊ぶ!!でした。子供たちは、本当に素直で無邪気で可愛かったです!!自分自身も知らぬ間に楽しめていました!!まだまだ甘えたい年頃の子たちなんだろうなっと思うと心が痛みましたが、楽しんでくれているようだったので嬉しかったです。貴重な経験をさせていただき、本当にありがとうございました。私にできることは少ないかもしれないけど、次回も必ず参加したいです。
●今回は私にとって2回目の慈善団体訪問でした。初めて参加したときの自分の消極的な姿勢を反省し、今回は自発的な行動を心がけました。私はずっと魚釣りの遊びを担当しましたが、子供たちの言動になるべく一つ一つ反応をすると、子供たちはとても嬉しそうでこちらまで嬉しくなりました。言葉の壁を気にするよりも、まずは笑顔のコミュニケーションが一番大事だと痛感しました。
今後の訪問の際、検討したほうが良いと思うことは
・幼い子供は小さいものを口にしてしまう危険性があります。魚釣りでは、小さなクリップを口にしてメンバーが対応しているのを見かけました。また、釣り竿の筒を振り回す子供もいたので、施設に持ち込むものは本当に一つ一つ安全性を検討しなければならないのだなと思いました。
・帰り際、大人の方にMUSEがどういった団体なのか尋ねられました。そういったときにさっと渡せるチラシかカードなどを、ボランティアやバザーの時など常に携帯したほうがいいと感じました。
ラジャさんがおっしゃるように自分の体を使って動くことが大事だと思いました。、ただ、それだけでは慈善団体の運営が成り立つわけではないので金銭的な援助、こちらも不可欠だと思います。MUSEの活動や、自分が帰任するときなどに物資の提供など、行動面、金銭面、両方貢献していきたいと思います。
●500人を毎日食べさせることは容易ではなく、時には遠いところへ行って1人で泣くこともある、というラジャさんの言葉が印象に残った。500人って私が通っていた小学校の生徒数と同じくらいだなあ、昼夜1人米1カップとして1日500カップって一体どのくらいなんだろう。私がお米をちょっと買って寄付したところで、いくらにもならないから、お金を寄付して安いところでたくさん仕入れてもらった方が、よりたくさんの人のお腹が満たされるんだろうな。。。等々、漠然と考えていた。
外部の支援だけで500人のお腹を毎日満たさなければいけない、というのは物理的にも簡単にできることではないし、それを継続するラジャさんの精神的なプレッシャーもどれほどのものか、と思った。きっと泣いてもその度に神の存在を信じて立ち直り、19年間やってこられたのだと想像する。
私が今できることは何だろう、と考えたが、子どもがまだ小さくて頻繁に訪問するのも難しいので、日本人プレイグループ(ベビーサークル)の仲間に声をかけて、使わなくなった子供服や子ども用品を集めて届けることかなあ、と思っている。乳幼児が10人ほどいるそうだ。この施設で育った子供たちは、その後どんな人生をたどっているのかが気になったので、次回訪問する機会があれば聞いてみたい。
●今回、2回目の訪問ということもあるかと思いますが、子供達と遊ぶ前に、前回見れなかったビデオを見た後、活力に溢れたラジャさんのお話しを聞くことが出来たせいか、とても自然に子供達のもとに行くことが出来た気がします。
しかしながらパンツを履いていない小さな男の子達には一瞬怯みましたが、敢えて履かせていないのだと理解して、気を取り直し遊ぶことにしました。
今回は何の遊びを担当するということではなく、子供達の様子を見ながら、コマや塗り絵、折り紙などを適宜使って遊んでみました。途中遊びに気を取られて、突然、背後で動き始めたタイヤブランコに気付かず、美穂さんに声をかけて頂いたおかげで危うく難を逃れました💦
帰る時間が近づくと、急に表情がなくなってしまう子供たちの様子には、複雑な思いがありますが、ほんのいっときでもお互いに触れ合うことが出来たとしたら嬉しいです。