インドに暮らし、多くの人々に会うにつけて、この国は損得勘定を超越した「心ある人々」によって構築されている社会が存在するということを実感する。わたしはしばしば、「フィランソロピー」や「ソーシャル・アントレプレナー」といった概念の、この国における「存在のかけがえのない重さ」について記しているが、その思いは日々、更新される。
宗教的な、あるいは精神的な、スピリチュアルな側面において、自らが与えられた「使命」に率直に向き合い、遂行する。そんな人たちを、これまで何人も見てきた。Jagruthiを創業したRenuもその一人だ。すでに参加者の感想文を通して、今回、彼女からの話がどれほど印象的だったかは、お察しいただけるかと思う。
彼女はケララ州との州境、コーヒーの産地として知られるカルナータカ州のクールグで生まれ育った。父親が若くして他界したため、母親や弟たちの面倒を見るなど、責任感の強い女性だった。起業家精神に富んでいた彼女は、ガラスや鏡の製造販売のビジネスを手がけ、パートナーと組んで規模も大きく事業をしていた。同時に、「虐げられた境遇の人々の存在」が念頭にあり、慈善活動も行っていた。
1995年、コルカタへの出張が、彼女の人生を大きく変える。仕事の合間、有名なヒンドゥー教寺院である「カーリー寺院」へ赴いたが、その日、寺院は閉まっていた。どこか他にいくべきところはないかとドライヴァーに尋ねたところ、彼は彼女を、マザー・テレサの「死を待つ人の家」へ連れて行った。中へ入ろうとすると、見学時間外だったのか、スタッフの女性から引き止められた。
しかし、どうしても気になり、入れて欲しいと交渉していたところ、奥の方に別の女性から「あとから来なさい」と言われた。しかし出張中につき、あとからは来られない。その女性の言葉にケララ州のマラヤラム語訛りを聞き取ったレヌーは、彼女が同郷人だと伝えて親しげに話しかけた。その結果、館内を案内してもらえた。そこは消毒液のにおいに満ちていた。身体が蛆虫で覆われている人、食事を犬と奪い合っている人……。筆舌に尽くしがたい、むごい姿で最期のときを迎える人たちの姿……。玄関先では、日々、赤ん坊が捨てられるという現実。
強い衝撃を受けたRenuは、どうしてもマザー・テレサに会いたくなった。と、案内してくれた女性が、マザー・テレサがいる場所へと連れて行ってくれた。中庭では、大勢の人たちが、マザー・テレサを一目見ようと待機している。やがてマザー・テレサが外に出てきた。彼女は、大勢の人々の中にいたRenuへ向かって、なぜか、まっすぐに歩み寄ってきた。
そして彼女の手を握り話しはじめ、最終的に「あなたは、ここで奉仕活動をしなさい」と告げた。Renuは、かつて味わったことのない強い衝撃が全身を巡るのを感じるが、自分にはビジネスがある。ここで慈善活動に人生を賭すと即答できはしない。するとマザー・テレサは涙を流しながら言った。
「貧しい人 (Poor)、困窮している人 (Needy)、そして子どもたち (Children)を救済しなさい」
その日を境に、レヌーの人生は一変した。バンガロールへ戻り、とある教会の手伝いをしようと訪れた。ファッショナブルな服装、ヒールのある靴を履いた彼女に向かって、牧師は言った。「まず、トイレの掃除をしなさい」と。かつて経験したことのない状況に、一瞬、怯んだ彼女。しかし、彼女は自分は試されているのだと理解した。
彼女はそれから、貧しい女性たちの話を聞き、貧困層の人々の声を聞いた。中でも風俗産業に従事する女性や、男女を問わぬ子どもたち。売られた、あるいは誘拐された子どもたちが強制的に売春をさせられる。深く心身を病んだ子どもたち。ボロボロになって早逝する子どもたち……。酷く凄惨な実態を、彼女はつぶさに経験してきた。
彼女は「救済のための教育」を始めた。HIVや性病に関する啓蒙。コンドームの使用の推奨……。バンガロールは、人口の約3割がスラム居住者。ムンバイやコルカタなどのように特定の「赤線」、すなわち風俗街というのは、この街にないが、風俗営業を行う裏社会の個人や組織は存在する。彼女は、女性たちに指導していた時期もあったが、女性は不満にまみれて埒があかないと悟り、男性を教育することを決意、バンガロールの刑務所に収容されている2000人余りの囚人たちを教育指導していた時期もあるという。
一方、彼女はビジネスの権利全てをパートナーに託し、自らのライフスタイルを180度転換したのだった。コルカタでの、マザー・テレサとの出会いが、彼女の人生を変えた。そして、以降の彼女の尽力によって、数え切れないほど多くの人々が、救済され続けている。その、慈愛の連鎖のすさまじさ!
今回、Music Circusからのご依頼で訪問を決め、ミューズ・クリエイションから参加者を募って、約4年ぶりに訪問が実現した。言葉を超えたダンスや歌が、少し緊張した面持ちだった子どもたちを、たちまち笑顔に変えた。気構えていたメンバーたちも、心身を動かしてリラックスできた。音楽の力は偉大だと、再確認した。また、感想を読みながら、初めて訪問する人たちへの簡単なオリエンテーションの必要性も実感した。
かつてのミューズ・クリエイションは、毎週金曜日にメンバーが集い、お茶の時間などに状況説明などをリアルにしてきたが、現在はWhatsAppの文字情報が主たる媒介。訪問前の心構えなどを伝えるべく、オンラインミーティングをして質疑応答の時間を設けた方がいいかもしれない。
今回の訪問後、彼女とメッセージのやりとりをした。とてもありがたく、そして深く心を動かされた言葉なので、彼女の許可を得て、以下転載する。
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Lovely meeting you and the music team. Our school children and teachers have enjoyed it thoroughly. Thank you as always being there for us. I am deeply grateful to you.
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Thank you for all your support over years Miho. "What ever I did, I did the best for others, What ever I can, I will still do for ever. I believe- This is my Dharma. This is my Karma" - Renu Appachu 🙏
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ダルマ(Dharma)と、カルマ(Karma)の意味については、ぜひ調べていただきたい。いや、いつか改めて、わたしなりの解釈で記したい。
1995年、レヌーによってその母体が立ち上げられたJAGRUTHIの活動は「重く」、そして幅広い。軸となるのは風俗産業に従事する母親、即ち娼婦(売春婦)の元に生まれ、虐げられた環境に置かれているスラム居住の子どもたちの救済だ。主な活動内容は以下の通り。
●HIVなど性病に感染した子どもたちの救済、医療措置
●スラムにある無償の学校(MEG School)の運営
●HIVや性病に関する啓蒙活動/CSR支援
●貧困層の女性たちへの職業訓練など
💝JAGRUTHI関連情報
*過去のJAGRUTHI訪問の記録やYoutube動画
https://museindia.typepad.jp/mss/jagruthi/
💝Music Circus(以下、辻本恵理香さんより提供)
音楽で笑顔の輪(Circle)を広げたいという同じ想いを持った創立メンバー5人により2013年に活動を開始し、ステージでは「地球は一つの大きなCircle」というコンセプトを掲げている。2017年より世界の民族楽器を奏でる仲間を新たに探し始め、2020年には全7回のworld seriesを開催し総勢約30名のかけがえのないメンバーと出逢う。2021年10月にはその集大成となる「Music Circus FES」、2022年12月に「Music Circus FES vol.2」を成功させる。2023年MBSのお天気コーナー夏のテーマソングに抜擢される。今後インドや日本の子供たちの為の活動にも夢を広げている。