本日、現実逃避な一枚 Lac Léman, Switzerland
●メイド騒動:午前編
毎日、満員電車に揺られて通勤しているわけでも、乳飲み子の育児をしているわけでも、年老いた祖父母の介護をしているわけでもなく、ただただ、自分たち夫婦二人のためだけに、生きているにも関わらず。しかも、家事の大半を、使用人に任せているにも関わらず。
なぜ、こんなにも「詰まっている感じ」の日常なのだろう。わがインドでの日々は。
今朝。いつも通り目覚め、ヨガをし、シャワーを浴びて、お茶を飲み、朝食を食べ、コーヒーを飲みながらコンピュータに向かっていた。
今週仕上げるべくリサーチの仕事が、労力のわりに今ひとつ、成果に華がない。それはわたしのせいではない。その分野におけるインド市場の狭さの問題なのだ。
と、わかっているのだが、しかし出来映えが地味だと、手抜きと思わることが予測できて不本意だ。仕上がり後の達成感が浅い。浅いが次に進まねばと、週明けが締め切りの原稿を書き始める。しかしこれも、今ひとつ、うまくまとまらない。
うううぅぅ。
と行き詰まっては、ネットサーフィンなどをして、
「草なぎさんは、ちょっと気の毒すぎるのでは?」
とムンバイから見ず知らずの芸能人の身を案じたりする。
わたしはといえば、お酒は飲むが、記憶を失うほど飲んだことは生まれて一度もない。自分の行動を記憶できないなど、とても耐えられないことだ。
記憶がなくなる経験を繰り返し、自己嫌悪に陥り、それでも飲み過ぎる人は、それはそれでタフだな、とも思う。度胸があるんだかないんだか、よくわからない。
と、どうでもいいことに思いを巡らせていたら、いきなりメイドのジャヤがデスクの傍らにやってきた。しかも彼女のお姉さんも一緒だ。な、なに? どうした? いつのまに姉さんが来てるの?
お姉さんは同じアパートメントビルディングの7階に住むコリアン駐在員宅のメイドである。ムンバイ移住当初、コリアン・マダムの紹介で、ジャヤはわが家に来たいきさつがあり、お姉さんとは顔見知りである。
だからって、突然、目の前に登場されたのでは驚く。
と、ジャヤがいきなり、切り出した。
「マダム。わたしは来月の15日に結婚することになりました。なので、今日を最後に、ここをやめます。明日から、姉がここに来ます」
ま、まじかよ! 今日で最後? ちょっと、待ってよ!
自分、つい数日前、親父と喧嘩して家を追い出されたから住み込みにしてくれって言ったやん。だからわたしはマットレスを購入し、タオルや石けんやシャンプーや歯磨き粉や歯ぶらしまでも提供して、それなりに環境を整えたんじゃない。
結婚の話はおめでたいが、しかし話が飲み込めん!
聞けば、「結婚は1年後に」と言っていたボーイフレンドに対して、ジャヤの親父が「すぐにも結婚しろ」と詰め寄ったらしく、男二人の間であれこれと話し合いがもたれた結果、結婚が来月に決まり、ボーイフレンドからは即座に仕事をやめるよう言われたらしい。
「結婚が決まってよかったね。おめでとう! でも、何も今日でやめることはないんじゃない?」
しかし彼女の決意は固い。わけわからんが、ともかく今日でやめるのだという。わたしへのローンは一両日中に返してくれるという。
ジャヤの姉はといえば、二人の育児に加え、現在のコリアン駐在員宅での仕事で、実はすでに手一杯らしい。ちなみにわが家がメイドに任せているのは朝の数時間の、掃除洗濯、食器の片付け程度で、たいした家事の量ではない。
しかし、ジャヤの代わりをつとめることは億劫そうで、しかも英語があまり通じない。おまけに彼女の夫はジャヤの代理で働くことに反対しているという。あれこれと話をした結果、
「やっぱりわたしには、できません」
とのことで、気がついたら、立ち去っていた。おいおいおい!
朝から、マルハン家、荒れ模様である。
来週末から再来週にかけて、わたしはバンガロールに1週間ほど滞在する。更に来月は、中旬以降2週間以上に亘って日本へ旅行だ。つまりは家を空ける日が続くため、メイドの存在は不可欠なのである。
一人ではなにもできない(したがらない)マイハニーの面倒を見てもらうためにこそ、のメイドの存在。わたしがムンバイにいる間は、わたしが家事をするから問題ないが、来月からいったい、どうすりゃいいんだ。
代わりのメイドがすぐに見つかったとしても、信頼がおけるかどうか見極めるのに時間がかかるかもしれない。
嗚呼! なんちゅう、面倒くささ!
と思いつつも、今日のところは締め切り目前の仕事を片付けて、明日から数日、メイド探しのため、アパートメント・ビルディングのマネージャーらにあたってみようと思う。
あ〜もう、やれやれだ!
●メイド騒動:午後編
と、正午ごろ、ピンポーンと玄関のベルが鳴った。新メイドの候補者が、いきなり登場だ。は、はやっ! ジャヤの姉から紹介されたらしい。
彼女はジャヤの姉と同様、7階のお宅で働いているらしく、これまで兼業していた9階での仕事がなくなるため、働かせてほしいとのこと。
「あなた、英語は話せますか?」
と尋ねたら、
「ゆっくりだったら、話せます」
と言いながら、たいそうな早口かつ流暢な英語でもって、自己紹介を始める。け、謙遜ですか? 日本人的である。
しかし、その饒舌で、物怖じせず、堂々としすぎている態度は、日本人的ではない。
ヨギータという名前の彼女。歳のころなら32歳あたりか。夫と二人の子どもがあり、子供たちの面倒は母親が見ているという。7階の家には10年、9階の家には5年働いていたとのことで、取り敢えず信用はおけそうである。
ヨギータに向かって、ジャヤが、「マダムはとても親切でいい人だから、心配はいらない」とマラティ語で話している。ということをヨギータが通訳してくれる。それはそれは。
しかし、心配なのは、わたしの方である。
ともあれ、ジャヤがヨギータに「マルハン家における家事の流儀」を説明してくれるというので、任せることにした。
洗濯機の使い方、ジューサーやコーヒーメーカーの使い方。すべて心得ているようで話が早い。早速、明日の朝から来てもらうことにした。
なんだかやたらと話が早い。さすが、大都市ムンバイである。ここで安心しては痛い目を見るのかもしれぬが、あれこれ考えても仕方がないので、ひとまず安心しよう。
正直に言えば、彼女の「馴れ馴れしい感じ」が気になった。しかし、馴れ馴れしくなければいいのかといえば、それもどうだか。ともかくは、付き合ってみないことにはわからない。第一印象など、さほどあてにはならないのだ。
わたしは、「人を見る目はあるのか」と言われれば、「ないかも」と答えたい。
なぜなら、「わたしは人を見る目がある」という人ほど、実は思い込みが激しく、先入観に囚われていたり、勘違いをしている人が少なくないからだ。
だから、敢えて先入観なく、様子を見てみようと思う。
特にこの国では、わたしが持つ「アンテナ」など、さほどあてにはならないのだ。すべては経験に基づいての、千差万別。
思えば今まで、「来る人は拒まず」で、モハンをはじめ、短期間だったがシャンティ、プレシラ、ジャヤと、すべての使用人たちと、それなりに合わせてやってこられたのだ。
いろいろあるけど。
著しい問題がない限り、お互いがお互いに合わせながらやっていけば、なんとかなるだろう。願わくば、彼女とうまくやっていけることを祈りつつ、明日を待つ。
●いつものように、ワールドトレードセンターにあるスーパーマーケット、NATURE'S BASKETへ向かう途中、繊維のエキシビションが開催されているのを発見。いつものように、見学する。かなり未知の領域である繊維業界の一端を垣間みられて、なかなかに面白かった。
●インド料理のリサーチをしていたら、無性にインド料理を作りたくなり、二晩連続でインドもの。左は昨日作ったマトンカレー。右は本日のチキン・ドライカレー風。
タマネギやトマトをたっぷり、ニンニク、ショウガ、そしてさまざまなスパイス。作りながら、インドの家庭料理は本当に薬膳のようであると思いながら、その香りを吸い込みながら、鼻がすーっと通る気がする。
右の写真の「葉っぱ」のようなものは、カレーリーフ(←文字をクリック)と呼ばれるもの。南インドの家庭料理でよく使われるハーブの一つで、スパイシーな、まるでカレーのような香りがする葉である。
多めのオイルを熱し、カルダモンやクローヴ、シナモンといった固形のスパイスとともに火を通してオイルに香りを移す。
ターメリックやコリアンダー、キュミン(クミン)などのパウダー状のスパイスは、タマネギを炒めた後に入れて、ペースト状にする。
インド料理は基本を押さえていれば、スパイスは好みの香りをアレンジして独自の味わいを創造できるのがよい。
今までは、「ミューズ・クッキングスクール」(←文字をクリック)でやった北インド料理のレシピ、もしくはそのアレンジによる料理ばかりを作っていたが、別の地域の料理も、今後はレシピを参考にしながら作ってみたいと思う。