午前中の打ち合わせを終えて、ホテルに戻った夫とともにチェックアウト。
国連総会のため、道路のあちこちが閉鎖されている町中を縫うようにして、タクシーは走る。ポリスの警戒厳しく、凛とした空気のマンハッタンに別れを告げて、イーストリヴァーを越え、JFK空港へ。
今回は天候にも恵まれ、快適な滞在だった。インド移住当初は、「ニューヨークにいるうちに!」とインドで買えない物をあれこれと調達したものだが、歳月を重ねるごとに、そういう物欲も薄らいでいる。
たとえば米国で欲しいと思った衣類が、インドに持ち帰ると地味すぎたり、あるいは窮屈に感じたりと、結局あまり着ないまま、ということも多々あり、そんなわけで、このごろは服もあまり買わない。
ちなみに今回購入したのは、ウイリアムズ・ソノマで「底が抜けるタイプのタルト皿」を2つ。それからオーヴン庫内の温度計。インドのオーヴン温度は表示通りではなくいい加減。これまで勘を頼りにしていたのだが、これで安心だ。
それからSEPHORAで、友人に勧められた、「お肌に優しいファウンデーション」を買った。
基礎化粧品はインドもので問題ないが、ファウンデーションはこれという決め手がなかった。以前ドバイの免税店で勧められたゲランを使っていたのだが、何となく、肌に重い。
しかし、今回のファウンデーションは、カヴァー力が弱いものの、軽くてかなりよい。化粧をしたまま寝られるくらいの自然派らしい。これについては、もう少し使い続けて様子を見てから、具体的にコメントしたいと思う。
このほか、日本の書店で数冊の本。モレスキンの来年のジャーナルとノートを数冊。そんなところである。
さて、JFK空港に到着し、荷物を運ぶべくカートを借りようとして、むっとする。
このカート、ただちょっと使うだけなのに、5ドルも使用料を取るのである。
以前は確か2ドル程度だったが、今や5ドル。
インド的経済感覚でなくても、先進国感覚として、高すぎると思うのだが。
ちなみにサンフランシスコ空港は3ドルだった。
計8ドル。
ランチのサンドイッチとジュースが買えるくらいである。
ともあれ、つつがなく、サンフランシスコ行きの便に乗り込み、定刻よりも早い夕暮れ時、サンフランシスコ空港に到着した。
腕時計の針を、3時間分、巻き戻す。
飛行機を降り、荷物を受け取り、シャトルでレンタカーのオフィスまで移動する。なにもかもが、スルスルと、している。なにもかもが、スベスベとしている。
ターミナル内にミュージアム的展示物などもある。インド慣れした目には、なにもかもが、すっきりと、さっぱりと、洗練されて見える。
インドに暮らし始めて4年がたとうとしている。しばしば国外脱出を図っているとはいえ、インドスタンダードは、わたしの心身に深くしみ込んでいるようである。
レンタカー・オフィスの窓口で手続きをする。ちなみに、カリフォルニアでは、インドの運転免許証があれば運転できる。国際免許証を取得する必要はない。
数カ月前、ムンバイで取得したところの免許証を提示する。
つまりは、インドのドライヴァーは誰でも、カリフォルニアで運転できるということである。
それはなんだか、とても乱暴なことのように思える。
ムンバイのドライヴァーに必要なこと。それは、「幸運」と、「よく鳴るホーン」と、「よく利くブレーキ」である。などということを得意に語るドライヴァーが存在するムンバイのドライヴァー業界。
同じ「道路において自動車を走らせる」という行為だが、取り巻くすべてが、違いすぎる。にも関わらずに、いいのか? インド的ドライヴァーを野放しにして。などと自虐的に思う。
ともあれ、車を借りた。
それは、日産のインフィニティという車である。荷物が積めて、普通に運転できればどんな車でもよかったのだが、GPS機能がついているほうがいいだろうということで、これを選んだ。
これがまた、モダンすぎる車で、戸惑う。なにしろ、ブレーキを踏んだままスイッチを押すことによって、エンジンがかかるのだ。スイッチ。その運転開始時点からして「自動車的」ではなくて、違和感。
それよりなにより、2年ぶりの運転。しかも、インドとは異なる右車線。あらゆる感覚が、鈍っている。違和感炸裂だ。
夫は米国で免許を取ったし、もちろん通勤に運転もしていたが、彼は前回運転していないので、そのブランクは3年。
そもそも、運転が得意というわけではなく、むしろ不得意であり、つまりは、少なくとも彼のミーティングへの送迎に関しては、わたしがドライヴァーを務めることになる。自分の腕だけが、頼りだ。
空港を出て、ホテルのあるパロ・アルトへ向けて、南下する。GPSをセットしたところ、いきなりハイウェイに入るよう指示される。
しばらくのろのろと身体を慣らしたかったのに、いきなりハイウェイ。しかも入ったかと思ったら、すぐに降りろとの指示。
車線変更が速やかにできない。ミラーに映る車の距離感がつかめない。さらには、まばゆい夕日が鋭くて、正面がよく見えない。
慌てることしきり。
だめだ。GPSを無視して、ハイウェイを使わず、今日のところはのろのろと、一般道を走ることにした。スピードを出すには、しばらく運転をして感覚を取り戻す必要がある。
半年ほど住んでいたこのベイエリア。見慣れた光景が広がっている。それにしても、静かだ。
通りに面したホテルにチェックイン。昨日の、マンハッタンのホテルよりも、ぐっとリーズナブルで、部屋のクオリティはぐっと高い。うれしい。
それにしても、時差が3時間。二人とも空腹だ。
早速、夕食に出かける。かつて住んでいたころ、訪れたことのあるシーフードの店が近くにあったので、そこへ行くことにした。
ハウスワインのシャルドネ。サワードウのパン。たちまち、カリフォルニアが、胃にしみる。
廉価なハウスワインですら、もう、たいそう美味に感じる。幸せ。やはり、インドワインに慣れた舌は、期待値が低くなっていたようだ。
ムール貝の白ワイン蒸しや、サーモンのグリル、野菜のグリルなどを注文して、夫とシェアする。
6時間近いフライトのあとで、しかし心地よい疲労感である。思えば、インドを離れて以来、時差ぼけもなく、元気でいられるのはなによりだ。
さて、明日は夫の大切なミーティングが2本。ドライヴァーな妻は、早いところ運転に慣れて、速やかに走ろうと思う。