2週間の米国滞在、今日がいよいよ最終日だ。夜、サンフランシスコに暮らすアルヴィンドの友人、マックスの家を訪ねることにしているので、それまではソノマで今日もまた、ワイナリーを巡ろうと思う。
今回の旅での朝食は、概ねフルーツやシリアル、あるいはイングリッシュマフィンなどとコーヒーで簡単にすませている。
しかし、今日は最終日とあって、やや華やかにバターミルク・パンケーキを注文。
インドではバターミルクはヘルシードリンクとして、ターリー(北インド)やミールス(南インド)といった定食と一緒に供されることが多い。
アーユルヴェーダでも推奨されており、スパイスなどが入っている場合もある。米国でも、スーパーマーケットなどで普通に入手できる一般的な飲料だ。
バターミルクとは、名前からして濃厚な風味を連想させるが、さにあらず。
バターを作る段階でできる乳精のようなもので、乳脂肪のない液体である。さらさらと淡白で、味もさっぱりとしている。これでパンケーキの粉を溶くと、もっちりとした食感に焼き上がるのだ。
さて、今日はあちこちを巡るのではなく、目星をつけておいた「眺めのよいワイナリー」でゆっくりと過ごそうと思う。
今回の旅、何度目かの荷造りを終えて、正午にホテルをチェックアウト。
車を東に走らせ、まずはその建物の麗しい写真に引かれて行きたいと思ったワイナリーLEDSONへ。
遠く離れた場所からでも、ブドウ畑の向こうに立つ古城のような建物が目に飛び込んでくる。そのグレイの外観は、鮮やかな緑と青空に映えて、上品な美しさを漂わせている。
ところで「カリフォルニアワイン」と聞くと、歴史の浅いワイナリーが連想されそうだが、実は百年以上の歴史を持つワイナリーも少なくない。
そもそもは、メキシコ領だったカリフォルニア。当時メキシコを植民地下においていたスペイン人のミッション(伝道師)たちが、教会で飲むワインを生産するために、ロサンゼルス近郊にワイナリーを作ったのが始まりとされているようだ。
以来、イタリア、フランス、スペイン、英国などからの移民家族によって創業され、受け継がれて来た由緒あるワイナリーも、そこここに点在する。
このLEDSONもまた、久しい歴史を持つワイナリーの一つだ。手入れが行き届いた美しい庭には、白いバラが咲き乱れ、傍らを歩けば円やかに甘酸っぱい香りが鼻先をくすぐる。ブドウ畑を渡る風が、何とも言えず爽やかだ。
重厚なドアを開けて中に入れば、風格のあるテイスティング・ルームに誘(いざな)われる。今日は月曜とあって、テイスティングのゲストもまばら。そのせいか、スタッフたちもゆったりとした笑顔でもてなしてくれる。
わたしたちは、赤白2種ずつ、計4種類のワインが味わえる、一人10ドルの最もリーズナブルなテイスティングメニューを頼んだ。
しかし、わたしたちを担当してくれたその初老の男性スタッフは、ワインの説明の傍ら世間話に興じ、メニューにはない、次々に高価なワインをグラスに注いでくれる。
なんだかんだで、10種類ものワインをテイスティングさせてくれたのだった。
甘みが抑えられた上品な味わいのシャルドネ(白)や、ズィンファンデル(赤)が印象的だった。
このワイナリーのカベルネ・ソーヴィニョン(赤)はキリリと大人の風味で、やや渋みがあるものの、おいしい。
ステーキなどを食べたくなる。
ところで、ワインをサーヴしてくれたその男性、来週から3カ月間、タイを旅行するのだとか。
タイにもワインの産地があり、視察を兼ねての旅らしい。
彼曰く、かつて金融関係の仕事をしていて、「豪華な家も、高級車も、そして高価な妻も手にしていた」らしいが、現在はそれらをすべて手放して、気楽な身の上ゆえ、年に3カ月は旅をしようと決めたらしい。
「それはすばらしいですね!」
と言うべきか否か、一瞬迷う身の上である。
ところでインドには、一人2本ずつしかワインを持ち帰ることができない。すでに2本は購入済みにつき、3本目のワイン(ズィンファンデル)をここで購入することにした。
テイスティングのあとは、併設されているショップに立ち寄る。ここには、ワインはもちろんのこと、オリジナルのオリーヴオイルやマスタード、ジャムやチョコレートなども豊富に陳列されている。
荷物が重くなることを懸念しつつも、「インドで買えないもの」をと、いくつかをピックアップ。
更にはランチ用のパンやチーズ、プロシュートなども購入した。今日もまた、ピクニックランチである。次に訪れるワイナリーは、眺めがよいとの情報があったので、そこで食べようと思う。
右に、左に、いくつものワイナリーが次々に目に飛び込んでくるドライヴルート。どのワイナリーも甲乙つけがたい、すばらしい眺望を携えているように見受けられる。
さて、最後に訪れたのは、CHATEAU ST JEAN。ここもまた、美しい庭園と、見晴らしのよいブドウ畑に抱かれた、すばらしい立地のワイナリーだ。
ここで、今回最後のワインテイスティングをしたあと、インドに持ち帰る最後の1本を購入し、最高に眺めのよい庭でランチをとることにした。
チアバッタ(パン)とプロシュート、チーズというシンプルなランチであるが、おいしい。ちなみにワインは購入した物を、写真撮影のためにテーブルにおいてみたまでで、飲んでいない。
テイスティングのワインでもう、十分であった。最後にアルヴィンドのお気に入り、チョコレートチップクッキーで締めくくり、ソノマでの食事は終了だ。
無計画にやってきて、特段ワインについて調べることもなく、行き当たりばったりなワイナリー巡りだった。しかし、この旅の目的は「リラックスすること」であったから、そういう意味では十分に目的が達成された。
ワインに関する造詣は浅く、土地に関する描写もほとんどない今回の記録。
ともあれ、ソノマやナパのワイナリーについては、ネット上にさまざまに情報があるので、興味のある方はインターネットで検索されたい。
突然決まった夫の出張で、旅の最中も予定が微妙にずれこみ、なかなかに落ち着きのない2週間余りだったが、こうして米国最後の数日を「純粋な休暇」として過ごせたのは本当によかった。
窓から鋭く差し込む西日を受けながら、しかしアルヴィンドは寝息をたてて眠っている。平和だ。
時間よりも早くサンフランシスコに到着しそうだったので、ゴールデンゲートブリッジを渡る前に、サウサリートでハイウェイを降りてコーヒー休憩。
湾の向こうにサンフランシスコ市街や、かつて監獄のあったアルカトラズ島を眺める。
そして、アルヴィンドのMIT時代のルームメイトであり親しい友人でもあるマックスの家を訪れた。ゴールデンゲート・パークに面したタウンハウスだ。
彼はわたしたちのインド結婚式に来てくれた唯一の友人である。身長2メートル超の彼を、深夜の混雑するデリー空港の到着ロビーで見つけるのは、しかしとてもたやすかった。
彼と妻のカラがボストンで結婚式を挙げた時には、ちょうどラグヴァンが学会でMITに来ていたこともあり、同行していたスジャータやロメイシュ・パパとともに結婚式に出席したものだ。
なにしろ個性的な二人である。今も自動車を使わず移動は自転車と公共の交通機関に徹しているが、結婚式でも自転車が活躍した。
ちなみに数カ月前、マックスはサイクリングマラソンだとかなんとかいうのに出場し、何十時間も自転車で走り続けて、2位だったらしい。よくわからんが、ともかくタフな人である。
前回再会した時には赤ちゃんだった娘もまもなく2歳半。大きくなっている。というか、長身の二人の子供だけあり、実際、大きい。しかも、きちんと話せるし、アルファベットも読めて、賢い。
二人が選んだのであろう、娘のための玩具や書籍は、どれも興味深く、わたしにももし子供がいれば、こういう類いのものを与えていただろう、と思われるものばかりであった。
ともあれ、以前と同様、今夜もまたマックスの手料理にもてなされ、食後のエスプレッソもおいしく、アルヴィンドは2年半ぶりに再会する友人と会えてうれしそうで、とてもよい夜だった。
さて、明朝は4時半起床。サンフランシスコからまずはニューヨークに飛び、そこからジュネーヴへ入る。今しばらくは、旅が続く。