バンガロールの夏は4月から5月のあたり。現在は初秋のような気候である。
季節のうつろいが緩やかとはいえ、微妙な変化は見られる。今は一日のうち数回、雨が降り、しかし青空も見られ、やや湿度が高い頃。
涼しいというよりは、肌寒い。朝、シャワーを浴びて、ムンバイ気分で「ムームー的」なコットンの服を着てうろうろしていると、何か、調子が悪い。
寒いのだ、ということに気づくのに若干時間がかかった。長袖を着て、靴下をはくくらいがちょうどよい。
庭は相変わらず心地がよい。庭の眺めるダイニングルームで、リサーチのために古い新聞をめくりつつ、コーヒーを飲みつつ、平穏で心地のよいひとときを過ごしていたときのこと。
野良ネコが、バルコニーの三和土(たたき)のあたりへやってきた。一時期懐いていた、夫が命名したところのモカ、ではない。モカはかわいかった。
そのネコは、見るからに憎らしくふてぶてしく、庭の随所で、下品な態度で放尿していた、さらにはリスを捉えてくわえていてた、やはり夫命名の「ランボー」に似ている。
しかし、似ているが違うようだ。片目を負傷していて、見るからにやくざな雰囲気のネコである。ランボー2世と名付けよう。
見ていて少しも和まないランボー2世ではあるが、それでもやさしげな気持ちで眺めていた。
と、ほどなくして、わたしの外履きサンダルに鼻をくっつけてくんくんと匂いを嗅ぐや否や、くるりと回れ右だか左だかをして、ランボー2世、サンダル上に放尿し始めるではないか!!
こ〜るぁぁぁああああああ〜!
思わず立ち上がり、大声で叫ぶ我。大慌てで、むしろあちこちに「飛び散らしながら」一目散に逃げるランボー2世。い、忌々しい!!
「マダム、どうしたんですか?」と、しかしおっとりとやってくるメイドのプレシラ……。サンダル、三和土の洗浄はプレシラがやってくれたものの、まったく油断も隙もありゃしないというものだ。
インド生活。どうしてこうも、いつも「オチ」がつくのだろう。
空気が澄み渡り、月光は煌煌と、銀色の光を放っている。
月に手をかざしてみれば、爪先が白く輝き、底知れぬ力が伝わってくるようである。
などと書いたら、太陽を食べる鳩山夫人と同類にされてしまうのだろうか。
鳩山夫人を詳しくは知らないが、毎朝、太陽を食べるらしい。そのこと事態は、悪くないと思うのだが。
ヨガの太陽礼拝、スーリャ・ナマスカーラ (Surya Namaskara) と似たようなものだろう。太陽の存在に敬意を表し、広大なる宇宙のパワーを受け止める、という意味で。
●夫、コマーシャルストリートでスーツを仕立てる。
インドには、カスタムメイドの衣類をしたててくれる「テイラー」がたいそう存在する。女性なら、サリーのブラウスやサルワールカミーズなど。洋装のサンプルやカタログを持参すると、コピーをしてくれるところも少なくない。
男性の場合は、シャツにパンツ、スーツなどを仕立てるのは一般的。しかも、先進諸国に比べれば格安なのも魅力だ。
夫は以前デリーで、紺と焦げ茶のブレザーを仕立ててもらい、しかしボタンはいいものが見つからなかったので米国で調達して作ったことがある。
さて、今回は、友人夫妻から勧められていたコマーシャルストリートにあるPrestigeという店で、スーツを仕立てることにした。
特別な打ち合わせのときにしか着ないスーツであるが、米国時代のものがくたびれてきたので、新調しようということになったのだ。
布は国産でも最も質がいいと言われるブランド、Raymondのものをはじめ、イタリア製の輸入テキスタイルも揃っている。
仕立て代は、値段は1着あたり4,500ルピー。それに生地代が加わる。手頃なものは1着当たり4,000ルピーから、イタリア製は12,000ルピーくらいから。
インドにしては、結構いいお値段だが、先進国で購入すること、あるいは仕立てることを考えると安い。
せっかく作るのだから、ウール100%で、なるたけ質のよいものを選びたい。日本語でなんと表現するのかわからないが、Thread Count(スレッド・カウント:糸数)が130とか150の布が、なかなかいいようである。
インドは暑い国だから、なるたけ軽くてしなやかで、着心地のいい布を選びたいものである。と、サリー屋よろしく、この店もまた、次々に布を広げてみせてくれる。
滑らかで肌触りのよい、質のいい生地に触れていると、粗めの布地に後戻りできない感じだ。いくつか候補を選んで、実際に羽織ってみる。
白い布でミイラのように巻かれたあと、生地をかけてもらう。やはり実際に羽織ってみると、生地を見るだけではつかめない印象が伝わってくる。面白い。
最終的にイタリア製2種に絞り込んだが、取り敢えず、安い方でまずは仕立ててみて、それがよければ、もう一着作ることにした。一度仮縫いの段階で試着して、それでも1週間もあればできあがるようである。
ちなみにシャツやパンツなどは、かなり格安で仕立ててもらうことができる。わたしも自分のブラウスのための生地を購入した。これらはムンバイのご近所のテイラーに持って行き仕立ててもらうつもりだ。
気軽にカスタムメイドの衣類を作ることができるのは、インド生活の醍醐味の一つである。
●ロメイシュ・パパがデリーより来訪。義姉夫婦で過ごす夜。
デリーから、義姉宅にロメイシュ・パパが来ている。所用のついでに1週間ほどバンガロールに滞在するようだ。従ってはわたしたちも、夕食に招かれた。
IISc (インド科学大学院)のキャンパス内にある彼らの家。毎度、キャンパスに入るや否や、早めに車を降りて、彼らの家まで歩いてゆく。
かつてはガーデンシティと呼ばれていたバンガロールは、今や公害の渦で散歩もままならない。しかしこのキャンパス内は、昔ながらの、緑に満ちあふれたバンガロールが残っていて、まるで国立公園のようでもあり、歩かずにはいられないのだ。
雨上がりの夕暮れ時は、木々も緑も豊かに潤い、風はひんやりと冷たくやさしく、吹く風はほどよい塩梅で、散歩するにはうってつけである。
時折、木の葉の雨水が風に煽られ降って来て、冷たい滴が額を濡らしたりするのもまたをかし。である。
主役はジャガイモがごろごろと入った、マトンビリヤニ。
我が手料理に負けず劣らずの、ダイナミックさである。
このジャガイモがほくほくとしておいしい。
マトンも柔らかく炊き込まれていて、おいしい。
食後のチョコレートケーキも、ふわふわと、とてもおいしかった。
前半は「家族会議」でかなり疲れたが、後半はおいしい料理と我々持参のワインとでくつろぎ、いい夜だった。
●バンガロールに戻ったら恒例のアンサナ・スパである。
最早、我々のバンガロールライフからは切り離せない、アンサナ・スパ (Angsana Spa)。そのときどきによってトリートメントに微妙な差はあれど、全体的に、よい。
郊外にあるアンサナ・リゾートのスパに始まり、ホワイトフィールドにオープンしてからは、そちらに通うようになっていた。昨年、バンガロール市内のUBシティにオープンしてからは、地の利の良さも手伝って、しばしば訪れるようになった。
毎度、アルヴィンドもわたしも、マッサージとフェイシャルの2時間コース。「男子もフェイシャルを」という話はもう、これまで何度も記したので割愛するが、ともかく、性別関わらず、リフレッシュするものである。
ただ、今日は、寒かった。冷房が入っているわけではないが、寒い。むしろ部屋にストーブかなにかを設置してほしいくらいである。ともあれ、ブランケットをかけてもらいつつ、心地のよいマッサージを受けられ、至福の2時間である。
誰にでも、いろいろあるものである。ライフ、とは。
そのライフの負の側面の一部を、マッサージが洗い流してくれるようである。とくに夫にとっては効果覿面。マッサージ前後では精神状態がかなり異なる。身体だけでなく、心の凝りもほぐしてくれるのである。
マッサージのあとは、いつもはToscanoに行くところだが、今日は東アジア料理レストランの城 (Shiro) へ行ってみた。ニューヨークの「道 (Tao) 」あたりを彷彿とさせるインテリアの店である。
寿司や点心などがある。寿司は、他の人が食べているものを見て……避けた。
料理は、まあまあである。一度目に来た時には気づかなかったが、今日は野菜炒めにかなりのMSGを感じた。毎度うるさい奴だと思われるのも面倒だが、MSGとはグルタミン酸ナトリウムのことである。
マイケルシェンカーグループではない。ああ、懐かしい。昔、バンドでやりよった。
話を戻せ!
グルタミン酸ナトリウムとは、化学調味料のことである。これまでも何度か書いたが、食品添加物の極めて少ない食生活を送っている身の上。意識しなくても、味覚が反応を起こすのだ。
なにしろ、食後に喉が渇く。加えて、タバコを吸いたくなる。
わたしがタバコをやめたのは、30歳で渡米し、アルヴィンドと出会ったころだから、すでに10年以上もたっているのに、化学調味料関係がたっぷり入った物を食べると、吸いたい衝動が蘇るのだ。
超過密スケジュールで働いていた東京時代、中華の出前やらコンビニ食やらほか弁やらの、ジャンク外食三昧で味覚が完全にやられていたころの、舌の感覚もまた。
特に、半蔵門で働いていた時、近所にあった麻薬的常習性を誘引する「超濃厚ラーメン」を食べた後のタバコが旨いと感じる感覚が、具体的に蘇って来た。そんなこんなで、もう、この店に来ることはないだろう。
いろいろと書くべきことがあるような気がするのだが、どうでもいいことばかり、書いている気がする。