上の写真。台風で吹き飛ばされてしまった看板、ではない。普通に、こうである。
店頭に広告看板を取り付けることにより、広告主から幾許かの使用料をもらえるのだと判断する。だからって、この有様……。掲げりゃいい、ってものらしい。インドだもの。
●夫とデリー実家と枕と。
アルヴィンド(夫)は、今朝の便でデリーへ飛んだ。デリー出張の際は、たいてい実家に滞在する。しかし大切な打ち合わせの前夜などはホテルに泊まる。なぜなら実家のベッドは寝心地が悪いから、らしい。
今朝も出発前、実家の枕のことを懸念していた。実家の枕は高すぎて熟睡できんらしい。わたしもそれには同感だが、枕なし、もしくはバスタオルなどを重ねて枕代わりにすれば寝ることができる。
しかしマイハニーは繊細な男。そうはいかないらしい。
「この枕、持って行こうかな」
と、バンガロール宅のテンピュール・ピローをスーツケースに詰め込もうとする。お願いやめて。入らないから。
第一、数日後にはデリーからムンバイに戻るわけで、そうなるとこの次、ムンバイからバンガロールにまた持ち運ばなきゃならないじゃないの。
ちなみにムンバイ宅ではそば殻の枕を使っている。米国時代もテンピュール・ピローを使う前はそば殻だった。米国ではなぜか、Sobagawa(ソバガワ)と発音されるところの"Buckwheat pillow"である。
このソバガワ・ピロー、昨年ムンバイのGood Earthで購入した。ちなみに先だってのデリー旅の際には、この枕を持参したのだった。テンピュール・ピローよりはコンパクトだからね。
で、ふと閃いた。デリーのGood Earthで、同じものを買えばいいのよ、と。
「ティージビール(マルハン実家の重鎮使用人)に頼んでカーン・マーケットのGood Earthで買って来てもらったら?」
どうせ忘れるだろうと思いつつも、一応提案しておいた。
と、先ほど、アルヴィンドから電話があった。いつものように仕事の報告などを一通り終えたあと、彼は言った。
「僕、今夜はよく寝られると思う。なぜだかわかる? ソバガワ・ピローがあるからさ! 音、聞く?」
音? 聞かずともよい。しかし電話の向こうから、そば殻のシャラシャラという音が聞こえてくる。夫、幸せのようである。ベッドが若干硬いとはいえ、枕は合格。めでたし。
●久しぶりの友、来訪。人と人の絆について。
一昨日の朝は、友人のジェイが遊びに来た。ミュージシャンであり、DELLのエグゼクティヴでもある彼に会うのは、去年の暮れ、ムンバイを襲ったテロの直後以来だ。
あの夜、彼はわたしたち夫婦をナイトツアー@ムンバイに連れて行ってくれたのだった。
現在は米国のオースチンに暮らしてるものの、ムンバイで生まれ育ったムンバイカーの彼が案内してくれる、「テロリストの足跡を追いつつ」の、ディープなムンバイ巡りは、非常に興味深かった。
以前、バンガロールとオースチンの二都市生活をしていた彼は、バンガロールでも音楽活動をやっていて、今回は友人らとレコーディングをするために休暇で訪れていたらしい。
我が家に来るのは初めての彼。庭の緑を気に入ってくれ、裸足で芝生の上を歩いている。庭でお茶を飲み、しばし語り合う。
祖国インドを大切に思いながらも米国で暮らし、仕事で各国を飛び回りつつ、趣味に情熱を傾け、明確な生き方を貫いている彼。
そういう揺るぎの少ない人と話をするのは、非常に楽しいし、同時にほっとする。滅多に会うことはない人だが、人としてとても興味深いし、学ばされることが多いと、いつも思わされる。
ブランチにと、メイドのプレシラが焼くおいしいドサを、3人でもりもりと食べながら、更に語り合ったのだった。
異国の、離れた場所に住んでいる、とても忙しいはずの人とでさえ、会える時には会える。近くに住んでいても、久しく会わない人もある。このごろは、そういう事実の一つ一つに、意味があるように思える。
親しかったはずだけれど、離れた途端に音信不通になる人もあれば、つかず離れずだったのに、いつまでも絆が絶えない人もある。
今やインターネットのおかげで、断ち切れそうな絆が再び結びついたり、完全に断たれていた絆が歳月を経て、改めて巡り会ったりする。
当たり前だが、絆の強さは、会う頻度や過ごす時間と比例するわけではない。
昔から、他者と過ごす時間よりも自分一人で過ごす時間を重視して来たわたしにとって、これからは、守るべきもの、守りたいもの、意図的に取捨選択をしながら過ごしていくべきかもしれないとも思う。
時間には、限りがあるのだということを、思えばこそ。「またいつか」が永遠に実現しないことだって、限りなくあるのだ。
願わくば、友人らとは、楽しき時間を過ごしたい。
ともあれ、人の縁とは、不思議なものだ。
●風水よき過ごしやすい家。鉢植えの理由。
この家は、本当に過ごしやすい。自分の家だから、というわけでは多分ない。我が家を訪れる人はたいてい、「ここは落ち着く」と口にするし、ついつい長居をさせられるムードが漂っている。
調べなくても、風水がよいのだ、ということがすぐにわかる。この家と巡り会えたことは、本当に幸運だった。
思えば2年半前。移住当初に住んでいた大家が1年目の更新を機に、大幅な家賃値上げを要求して来たことに反発し、いっそ投資にもなるのだからと、家を買ってはどうかという話になった。
その直後、わたしは日本に一時帰国していたのだが、夫と義姉スジャータが早速不動産巡りを始めていて、わたしの不在時にもいくつかの物件を下見してくれていたのだった。
忘れもしない、あの日。夫が日本へ電話をかけてきた。
「ミホ、いい物件が見つかったんだ。でも、他に買おうとしている人がいて、一刻も早くデポジットを払わなきゃいけないんだよ。どうしようか」
どうしようかもこうしようかも、そんな大きな買い物をするのに、物件を見ずに夫と義姉に任せることができようか。いや、できまい。
「ちょっと待ってよ! 家ってのは、そんな気軽に買うもんじゃないでしょ? わたしの好みはどうなるのよ」
「僕はミホの好みをよくわかっている。この家は、ミホが好きに違いないんだよ、天井が高くて、庭が広くてね……」
詳細を説明する彼に、呆れつつも相づちをうち、ともあれ数日後にインドに戻るまで待ってくれと頼んでおいたのだった。
だいたい、ハーゲンダッツの店頭でアイスクリームを選ぶときですら、「どのフレイヴァーにしようか」と恐るべき真剣度で吟味する男である。
シャツ一枚を選ぶのでさえ、わたしの意見を何度も尋ね、数種類を試着して絞りこみ、わけがわからなくなっていっそ数枚買う男である。
そんな彼が、「ミホの好みはわかっている」と断言するところ、訝しさ満点だった。
しかし、インドに戻ってこの家を訪れ、ドアを開けた途端に、「ここはいい!」と直感したのだった。
引っ越し経験が多いわたしは、物件を決める際の勘が備わっているのかもしれないが、しかしアルヴィンドが即決したことに対しては、敬服したのであった。
「この家は、僕が見つけたからね」
と、折に触れて得意げに語る夫。一家の大黒柱としての本領発揮なエピソードである。
■インド生活:プチ家作り(←家作りを巡るエピソード)
それはそうと、我が家の緑は、ぐんぐん育っている。ここにきて、インドで「鉢植えの植物」をなぜよく見かけるかがよくわかった。庭がある家ですら、地面に植えずに鉢植えを多用していることを今まで不思議に思っていたのだ。
わたしは地面にがっちりと植えたのだが、今、その育ちっぷりに、驚いている。毎日庭師が来て手入れをしていても、ぐんぐん伸びる。うっかりするとジャングルである。
一方、鉢植えにしていると、根が伸びきらないから成長がほどほどに留まる。つまり、鉢植えは育ちすぎて緑だらけになることを防ぐ意味も含まれているとわかったのだ。多分、そうなのだ。
我が家の2階の書斎の窓から隣家の庭を撮影したものである。
隣家は、空き家である。
誰かが投資目的で買ったようだが、誰にもレントしないまま、2年以上がたっている。
屋内は時折誰かが手入れをしているようだが、庭は放置状態。手入れをしてもらうべきとアパートメントのソサエティに苦情を言ったこともあったが、大家がつかまらないらしい。
さて、この庭。実は季節ごとに、さまざまな変化をみせてくれる。ある時期は、雑草がわさわさと生えていた。その雑草はいつしか淘汰されて枯れてしまい、しばらくは土色の庭だった。
ところがしばらくすると、別の種類の雑草が一面を覆っていた。それもまた、いつしか枯れていた。そして今回、ふと見下ろして目を見張った。
写真ではわからないかもしれないが、わたしの背丈を軽く超えた、2メートル以上もあるヤツデのような植物が一面を覆っていたのだ。
博物館で、自然の移り変わりのジオラマを見ているようである。コロボックルみたいなものが住み着いていそうな気配さえする。コロボックルならまだしも、へんな昆虫などが誕生しないことを祈るばかりである。