月曜の午後、ムンバイに到着した。飛行機から、外へ足を踏み出した瞬間、熱風に包まれる。暑い。しかし、湿気はなく空気は軽い。
ムンバイ宅に到着し、窓を開け放ち、空気を入れ替える。湿度が低いというだけで、暑くてもずいぶんと心地がよいものだ。荷解きをしているうちにもメイドが来て、掃き掃除、拭き掃除をしてくれる。
インドに来て丸4年。季節感を喪失している。たとえば北インドのデリーは冬になると摂氏零度近くにもなり、しっかり「冬」を味わえるが、ムンバイやバンガロールは、基本的に常夏である。
年間を通して同じ服を着て、メリハリなく、四季の情趣に疎くなり、記憶の区切りはつけにくく、時折の国外脱出で、思い出の区切りをつけている。
日本のテレビ番組の一部を、インターネットを通して見ている。山崎豊子原作の『不毛地帯』が放送されているということがわかり、すでに2話を見た。
初めて読んだ山崎豊子氏の作品は、確か『大地の子』だった。日本を離れる前年の1995年、NHKのドラマで見たのがきっかけだった。
当時はフリーランスのライターで、テレビを見る余裕のない、時間に追われた日々を送っていたが、この『大地の子』だけはしっかりと見た記憶がある。
主人公の陸一心を演じた上川隆也の迫真の演技には感嘆したものだ。このドラマを見た後、山崎豊子の小説をあれこれと買い、折に触れて読んだのだった。
『不毛地帯』も、読んだ記憶がある。しかし読んだのは東京在住時で、詳細はほとんど忘れていた。しかしドラマを見ることで、ストーリーが蘇って来た。
唐沢寿明、すてき。和久井映見、可憐。竹野内豊、姿も声もかっこいい。小雪、美しい……。と登場人物にいちいち見惚れつつ、見入りつつ、エンディングで言葉を失する。
吹雪が吹き付けるシベリアの、抑留所跡に立つ主人公。流れる音楽は、トム・ウェイツの『Tom Traubert's Blues(トム・トラバート・ブルース)』だったのだ。
この曲に関するエピソードは半年ほど前に、ここに記した(←文字をクリック)。
心を射抜かれること山のごとし。ドラマに対する思い入れが、急に深くなる。
東京、ニューヨーク、ワシントンDC、インド……と、引っ越すたびに、古い書物は処分してきた。特に重量のある単行本の大半は、手元に残っていない。
処分しきれずに残った文庫本の中に、山崎豊子の作品があった。『不毛地帯』も全四巻、残っていた。ふと思いついて、探してみたら、1990年に発行された、週刊読売の臨時増刊『シベリア捕虜収容所の記録』も見つかった。
当時のわたしが、なぜこの本を買ったのか、よくわからないが、全98ページのこの本は、薄いながらもあまりに読み応えがある貴重な一冊だ。
それにしても、当時の若き兵士らが記す文章の美しさ、そして達筆なことと言ったら。
ところで、シベリアに抑留され、強制労働に使役した兵士たちのことを、より身に迫って感じたのは、1992年、モンゴル旅行の際だった。
首都ウランバートルにあるオペラ座などの重厚な建築物は、日本人捕虜によって造られたと聞いたときである。
極寒の、茫漠の荒野の、途方もない大陸の一点。虚無の中で、ぼろぼろで、どろどろで、へなへなで、よれよれで、無惨きわまりない様子で、しかし生き延びていた人々……。
かくなる次第で、ここしばらく、『不毛地帯』を再読している。毎度のことだが、山崎豊子氏の取材力とその情熱、根気強さに圧倒されつつ、読んでいるところだ。