夜になると、ご近所の様子が闇に浮かび上がる。17階のこの部屋からは、隣近所のアパートメントが見渡せる。
そこそこ距離はあるものの、みな、カーテンを閉めることなく開放しているから、それぞれの窓が、映画のスクリーンのようにくっきりと浮かび上がって、夕餉の様子や、家族団らんの様子が、見渡せる。
キッチンでは、圧力鍋の蒸気音もけたたましく、使用人たちが料理している。ダイニングルームでは、家族がそろって、テーブルを囲んでいる。
誰も見ていない、テレビがつけっぱなしの家もある。白いクルタ・パジャマ(インド人男性の国民的部屋着)をきている男たち。ランニングシャツにパジャマ(ズボン部分)だけでうろうろしている人も多い。
窓辺で長い髪をとかしている奥方。料理の合間に窓辺に肩肘をつき、黄昏れている使用人青年。洗濯物を取り込むメイド。携帯電話のティーネージャーは、片手を振りかざしながら、大きなゼスチャーで話をしている。
この眺めとも、あと1カ月でお別れだ。
久しぶりに、ご近所のホテル TAJ PRESIDENTのビューティーサロンに赴き、ヘッドマッサージとペディキュアをしてもらう。
料理に差し支えるため、普段はマニキュアをしない分、足のお手入れはこまめにしておこうと思うのだが、気がつけば1カ月があっという間に過ぎている。
ペディキュアはネイルを塗るよりも、足のマッサージや角質のお手入れなどが主たる目的。年中夏感覚なインドでは、素足でいることが多いため、足裏が痛みやすいのだ。
時にド汚いご近所をサンダル履きで歩こうものなら、まるで裸足で歩いて来たかのような足裏の汚れっぷりとなる。
こまめな洗浄&定期的なお手入れが必要なのだ。さて、ヘッドマッサージもやってもらって気分すっきりのあと、再び「元の木阿弥」な感じでご近所を歩き、ワールドトレードセンターにあるNATURE'S BASKETへ。
今日もまた、なにやらエキシビションが行われていたので立ち寄ることにした。
まずはベーカリー業界の展示会 "Bakery Business 2009" に足を運んだ。受付で、「カフェやベーカリーをお持ちの方ですか?」と尋ねらる。「いずれ持つかもしれないので」などと適当にお茶を濁して入場する。
約50のメーカーがブースを出しているとのことで、業務用機械や粉などの素材、ベーカリー経営にあたってのさまざまなプロダクツが展示されていた。
昨今のインド。十数年前にインド版スターバックスであるところのBARISTA CAFEやCAFE COFFEE DAYが誕生し、「街でゆっくりお茶ができる場所」が見られるようになってから、伴って焼き菓子なども浸透し始めている。
以前はサモサや各種サンドイッチ、チキンティッカロールなど、インド風味が効きすぎたスナックが主流だったのが、最近では米国のスターバックスにみられるようなパウンドケーキ、マーブルケーキ、マフィンやドーナッツなどの菓子の選択肢も増え、味わいも向上している。
特にムンバイは、まだまだ少ないとはいえ、小じゃれたカフェなども増えつつある昨今。なにしろ「粉素材豊富」なインドである。一時品薄になったとはいえ、バターや砂糖類も豊富。この業界は成長が見込まれるのではなかろうか、と思われる。
さて、その後はテキスタイルの展示会へ。毎度おなじみ、インド各地から職人、商人が訪れての展示即売会である。こういうところでは、布製品を原価で購入できる。
先日より「マイブーム」なカシミール刺繍入りのサルワール・カミーズのマテリアルを扱う店もあった。値段は、当然ながら店で買ったよりも安く、1着分が平均700〜800ルピー。1500円程度だ。刺繍のクオリティはほぼ同じ。
いつものことであるが、インドの手工芸品に、インドの底力を見る思いがする。
伝統的な技術が廃れることなく、職人たちの生活が逼迫することなく、質のよいものが、そこそこの値段で流通する仕組みがあれば、このようなインドの魅力が守られるのだろうけれど。
複数の価値観が混在しているインドでは、未だに国内物価差の混沌に戸惑わされる。
こうやって、買い物ついでにエキシビションに立ち寄れる日々も、まもなく終わりである。ここはここで、楽しめる部分はたくさんあったと、別れを目前にして、しみじみと。