夫が早朝5時からの、インド時間に合わせてのカンファレンスコールをすませたのは8時半を過ぎてから。その後、やや遅めの朝食をとる。典型的なアイリッシュ・ブレックファストは、ほとんどイングリッシュ・ブレックファストと同じような献立。
マキシマムに頼んだわけでもないのに、夫のプレートは厚みのあるベーコンや卵、トマト、マッシュルームにベイクドポテトで、ひしめき合っている。これにソーセージやベイクドビーンズも加わったりするから、たいへんなものである。
わたしはコールドブッフェからスモークサーモンやフルーツなどを少しずつ。パンケーキを注文したが、これは今ひとつだった。ともあれ、本日はドライヴ旅につき、ランチタイムを逃す恐れがあることから、朝食はしっかりと食べた。
本日の目的地は、大西洋に面した西海岸に位置するモハーの断崖。約8kmに亘って連なる断崖絶壁を眺めに行く。
食事を終えて、まずはタクシーでゴールウェイ市街に赴き、Avis-Budget系列レンタカーオフィスへ。既述の通り、運転は久しぶりだし、左車線だしで、しばらくは緊張してスピードを出せず、のろのろと走る。いや、さほどのろのろでもないのだが、周囲が速い。
欧州各地でドライヴをした経験から察するに、欧州は多分、全体的に、速度制限が緩い。こちらが安全運転を……と思っても、これがなかなかに難しい。今日のルートにしても、片側一車線、カーブの多い狭い道にも関わらず、制限速度が100kmなのだ。どう考えても最高時速60kmで気持ちいっぱいいっぱいだろうと思われるところが、100kmにつき、呑気に運転していると、後ろに列ができてしまい、むしろ危ない。
しかも蛇行する狭い道を、大型のツアーバスやキャンピングカーが行き交う。すれ違うたびに、こちらは速度をやや落とさずにはいられないのだが、向こうは猛スピードで来るから、いちいちヒヤヒヤとする。
右ハンドルの運転に慣れていないのに加え、バンガロールでは通常40~60キロ程度のスピードしか出せないこともあり、ここ十年余り、わたしの速度感覚は極めてスローになっている。周囲の速度に慣れるまでに、なんだかんだで1時間近くもかかった。
さて、2時間ほどかけて到着したモハーの断崖。そこは、ひたすらに崖っぷち! の連続であった。海風を受けながら、海鳥の叫びを聞きながら、崖っぷちに沿っての柵のない遊歩道を、ひたすら歩く。久しぶりに、「人間とは、蟻のようなものである」という心境に至りつつ、一体、一年間に何人が落下するのだろうと案じずにはいられない。
「お兄ちゃん、あのお花、きれい!」
「ちょっと待ってろよ、俺が取って来てやるから」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
兄が花に手を差し伸べた瞬間、突風が吹いて、バランスを崩したお兄ちゃん、足を滑らせて落下……
みたいなベタなシーンが、歩いている間中、思い浮かんで、我ながら痛い。しかし、そう思わずにはいられないほど、「崖っぷちに可憐な花」が咲きまくっているのである。
幸い雨が降らず、曇天にとどまっていたので、思いがけず断崖絶壁の端まで歩き、壮大な眺めのトレッキングを楽しんだのだった。
ランチは道中で軽くすませ、夜はホテルのパブで、やはり軽めにすませた。わたしは、ビールを。夫は、ジンのカクテルを。まだ到着して数日で判断するのもなんだが、アイルランド人のアルコール消費量は、相当に高いものと察せられる。ビール、ウイスキー、ジン。街の至るところにあるアイリッシュ・パブは、人々の社交の場の様相を呈している。
夜は10時からホテル内のミニシアターで、名画が上映されている。土曜日の今日は、アガサクリスティ原作の『オリエント急行殺人事件』。映画は見たことがなかったので、見るつもりだったが、途中で睡魔に襲われ退散。夫がひとりで鑑賞している。高校時代に原作を読んだが、愕然とするほどストーリーを覚えていない。
取りあえず、妻は運転やらトレッキングやらで疲労困憊なので、明日に備えて今日はぐっすり眠ろうと思う。