一昨日は、伯父夫妻の家でランチを共にした。夫の母の兄夫婦だ。この家族のことは、これまでにも幾度となく記してきた。インド家族の歴史、インドのことを伯父と伯母に聞くのは、わたしにとって有意義な時間でもある。
現パキスタンのラホールに生まれ育った伯父と義母(夫の実母)の子ども時代のこと。インドとパキスタンの分離独立を目前にして、デリーの拠点へ移ったときのこと……。伯母の一族の話も非常に興味深い。今、彼女は家族の物語を本にするべく執筆途中だという。話が芋づる式に尽きず、なかなか終わりがみえないとのこと。インド、英国、米国を舞台にした一族の物語は、第三者のわたしですら、奥深さが察せられる。
翻って夫の血縁である伯父。インドとパキスタンが分離独立を果たした1947年、当時、ラホール最高裁の弁護士だった曽祖父(伯父の祖父)は、仕事をすませてからデリーにて合流することになっていた。息子である祖父(伯父の父)が、妻子を伴い、ラホールからデリーへ赴く前夜。「いざというときには、自ら家族を殺める覚悟を」と、曽祖父は祖父に銃を渡した。うなずく祖父の、その覚悟たるや。
数百年に及ぶ英国統治から、独立に向かう混沌の時代。無数の家族の、無数のドラマがそこにはある。そのなかの「一家族」の物語の延長線上に、今、インドに暮らす「日本人のわたし」がいる。インド家族の歴史に思いを馳せるたび、その数奇な縁を思い、遥かな気持ちにさせられる。いつか国境を越えてパキスタンへ赴き、ラホールの地に立ちたいとも思う。
祖父のことについては、アヨーディヤーにおけるヒンドゥー教寺院の建立に際して、すでに情報をシェアしたばかりなので詳細は割愛する。わたしもまた、夫の家族の物語を1冊の本にまとめたいと思い続けてきた。パンデミックの最中に、本気で検討していたのだが、あまりの広さ深さに、先に進めないままでいる。
話はそれるが、デリーに来ると、バンガロールとは異なる「緊張感」がある。南インドでは感じない「ここは、インドだ……!」という空気が漂っている。人々の気質も、表情も、ライフスタイルも、顕著に異なる点が多い。そして、「政治」が近い。異種のイデオロギーがせめぎあい、浮かび上がっている。
先日のアヨーディヤーのヒンドゥー教寺院の建立についても、その捉え方は北と南とではかなりの温度差がある。改めて、発言には気をつけねばとも思う。自分自身がどういう立場でどう考えるかは、もちろん個人の自由だ。しかし、自分の考えを他でシェアするには配慮するに越したことはない。自分の主義主張を絶対とばかりに、他者へ押し付けることの不穏。
インド人に嫁ぎ、インド人を家族に持ち、自ら永住者(OCI: Overseas Citizenship of India) としてこの国に生きているわたしは、特にそれを肝に命じている。
たとえばわたしは、「カースト制度」について、友人知人と踏み込んだ会話をしたことはない。「宗教」や「支持政党」についても然り。なんでも詳らかにして議論すればいいというものではない。多様性の極み、異なるコミュニティが混沌と共在するこの国においては、平行線のままにしておくべき譲歩し得ない事象は多々ある。白黒つけられないこと、つけようとすると戦争という選択肢しか残らない事柄が、世界にはあふれている。
ゆえにインドでは、コミュニティやクラブ内で政治や宗教の議論を禁じているところも少なくない。たとえば、わたしが在籍しているYPOのフォーラムでも、ミーティングにおいて宗教や政治を取り沙汰するのは禁止されている。
実は今回、伯父夫婦や義理継母に、身内であることの心安さということで、現政権やインドの将来について、率直な意見を聞いてみた。夫婦で見解が分かれる点もあり、改めて、たやすい話題ではないことを認識する。
わたしは普段、インドのネガティヴな側面を取り沙汰しないが、この巨大国家における問題の多さは、心得ている。カシミールへは自ら旅をし、ぺヘルガムでは国境付近の緊迫を肌身に感じた。夫の親しい友人に、チャル・シンハ(Charu Sinha)という女性がいる。彼女は、印パ紛争の最前線であるカシミールのスリナガルで、何万人もの部隊を率いるIPS (Indian Police Service) のオフィサーだ。
去年、彼女は拙宅を来訪し、ランチを共にした。最後の写真がそのときのもの(2023年5月)。普段の彼女は物腰穏やかで、とてもかような重責を担っているような雰囲気ではない。しかしながら、話をするときの彼女の視線は鋭く強い。短い時間だったが、「現場のリアル」を片鱗を感じられた、稀有な時間だった。何よりも驚いたのは、男性ですら躊躇する任務を、彼女が果たそうと決意した経緯だ。この件については、軽く触れるには失礼につき。
彼女のことについても、また別の機会にきちんと記したい。
インドのニュースを見れば、北東インドのマニパール州における民族間の武力衝突と、それに伴う政府の対応などの問題が取り沙汰されて久しい。北に来ると、それらの問題が、とても身近に感じられる。
インドは本当に、広い国だ。言葉では表現しがたい、漠然とした概念のようなこの国。
極東の島国に生まれ育ったわたしが、アメリカ大陸での暮らしを経て、この国に住まわせてもらっている。この国を、終の住処とさせてもらっている。そのことに対する感謝。その土壌のうえに育まれている我が視点。慎んで、真摯に。
今回のデリー。初心に帰って、インドを見つめている。
🇮🇳8月15日。インドの独立記念日と日本の終戦記念日が同じ日なのは偶然ではない。印パ分離独立を巡る家族の物語など。(2021)
https://museindia.typepad.jp/library/2021/08/815.html
🇮🇳プライスレスな宝の山。埃を拭えば、鮮やかに迫る過去。家族の歴史を物語る写真や書籍、手紙を紐解く (2022)
https://museindia.typepad.jp/2022/2022/11/d06-3.html
🇮🇳[Memories with Papa 05] 散骨の長距離ドライヴ。家族のルーツを辿る旅 (2020) https://museindia.typepad.jp/2020/2020/01/papa05.html
🇮🇳アヨーディヤーのヒンドゥー教寺院「ラーマ寺院」再建オープンを巡って (2024)
https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/hindu.html
🇮🇳1月26日。インド共和国記念日。インドの歴史と家族の歴史に思いを馳せる日。 (2024)
https://museindia.typepad.jp/2023/2024/01/126.html
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