"GROUNDHOG DAY(邦題:恋はデジャブ)"という、ビル・マーレイ主演の映画がある。主人公の男性が、目覚めても、目覚めても、同じ一日を繰り返す、というコメディ映画だ。
夫がオフィスから、電話をかけてきた。
「ミホ。今、いい? あのさ。ちょっと気分を落ち着けたくて、電話してるんだけど。もう、むちゃくちゃ、腹が立ってさ〜。毎日毎日、同じところに、同じ催促の電話しなきゃならないなんて、いい加減いやになる。インド人は阿呆ばっかり! 毎日が、"GROUNDHOG DAY"みたいだよ!!」
うまいこと言うやん! と、うけている場合もはない。
「なにがあったの? 書類配送の件? それともキャブカンパニーの請求の件? オフィスのドア修繕のこと? あ、銀行のクレジットカードの催促?」
「違うよ、プリンターの修理だよ。今日来る、今日来るっていいながら、1週間来なくて、今日、ようやく来たかと思ったらろくに英語も話せないヤツが来てさ。修理の道具も持ってないんだよ。結局、この問題は他の部署で解決しなきゃいけないだのなんだの言って、帰りやがった。僕はもう、やってられん!!」
堪忍袋の緒が切れている。相当に激怒している。我々は激怒しやすい発火型夫婦なので、彼の気持ちはよくわかる。
「インドに移住しようよ」
と積極的に推奨した立場上、こういう場合、わたしは彼の意見に同調しつつも、前向きにたしなめる役割である。しかし、たしなめるための気の利いた文句が最早、浮かばない。
遠く空でも眺めては、気持ちを入れ替えるしかないのである。
「ところでさ、さっき、僕の携帯電話に、どこかの会社のセールス電話がかかってきたんだ」
急に今度は、声の調子が明るい。
「彼女の英語もまた、ひどくてね。多分、セールスコールにも慣れてないんだと思うんだよ。で、携帯にまでセールス電話をかけられるのは迷惑だし、この電話番号、どこで入手したか聞いたんだ。そしたらさ、素直に答えるんだよ、AirTelのカスタマーデータからですって!」
そう言いながら、今度は大笑いしている。わたしもつられて大笑いだ。
顧客のデータは当然、流出禁止である。違法行為(多分)を、堂々と宣言することがまた、おかしい。おかしいと同時に、痛ましくもある。今のインド経済の急成長の、これは一つの象徴だ。
轟々と流れ込む新しい常識、価値観を、把握する間もなく、呑み込まれながら、漂流している。先進諸国のアウトソーシング化に伴い、インドのコールセンターは、激増中で、受話器を片手に急流に浮き沈みする、無数の若きインド人たちの姿が見えるようだ。
かように混沌と、脱力の日々が、これからも延々と続くことであろう。
我々は、ぼちぼち、いこうぜ。