このところ、なんやかんやのお祭りがあっちこっちで行われている。全国的な祝祭に加え、南インドの祭り、ムスリムの祭り、ケララ州の祭りとしょっちゅうで、昨日はメイドはお休み、今日はドライヴァーはお休み、明日はガーデナーはお休み、と行った具合に、世間はなにかしら、ホリデー気分だ。
祭りの詳細については、ほとんど追究できていないため、説明はできない。
昨日もまた、見事なハイビスカスが開いた。小さかった苗が少しずつしっかりとして来た。やがてもっともっと大きくなり、一度にいくつもの花を咲かせることになるだろう。
「この花、もっとたくさん植えたらいいのに」
と、アルヴィンドもお気に入りである。が、当面は、今ある花が育つのを待つのである。
●いかすペストコントロール
昨日の朝、ペストコントロール(害虫駆除)会社の人たちが来た。胸に社名の刺繍が入ったベージュのそろいのシャツに黒いズボン、黒いビジネスバッグという出で立ち。とてもこれから害虫駆除をやるふうには見えない。
いくらハーブの薬剤を使うとはいえ、なにか液状のものを噴霧すると思い込んでいたわたしは、念のため衣料を全部クローゼットにしまい込み、表に出ているものを極力片付けていたのだった。
訝しく思いながらも、「じゃ、作業をはじめてもらえますか?」と頼んだら、ふたり、それぞれのバッグをあけ、おもむろに球状の物体を取り出した。
ピンポン球ほどの大きさの、それは粘土のようなものである。色からして、チャパティの生地のようでもある。それを慣れた手つきでこねこねとしたあと、右手人差し指と親指で小さくちぎり、指先でころころこねこねしたあと、棚の下などに、「ぴとっ」とくっつけはじめた。
こねこね、ぴとっ。
こねこね、ぴとっ。
こねこね、ぴとっ。
二人、手際よく、分担作業である。クローゼットなどの蝶番部分に、あるいは棚のねじのあたりに、迷いなく、ぴとぴととくっつけていく。
……。
ペストコントロール。いかにも大げさな呼称のわりに、たいそう地味な作業である。これはなんだ、あの、ホウ酸団子と五十歩百歩な作戦じゃないか?
「これ、本当にきくの?」
「間違いありません、マダム。効果がありますよ。まず最初だけ、15日後に新しいものをとりかえます。それからは、1カ月に一度来ますので」
まあ、これなら人畜無害というのも、うなずける。うなずけるが、なんだか、拍子抜けというか、間抜けというか、なめとんのか、という気がするのはわたしだけか。
「ところで、ネズミの件は、どうするの? ネズミはいちおう、一匹つかまえたけど、また出て来るかもしれないし」
すると今度は鞄から、正方形の鉄板を2枚取り出した。一辺が30センチほどの大きさだ。
「この表面に、強力な接着剤を塗ります。そして中央に、ネズミが好むところの餌を置きます。ネズミはおびきよせられて、しかし接着剤により、身動きがとれなくなるのです」
……。
ペストコントロール。いかにも大げさな呼称のわりに、たいそう原始的な手段である。これはなんだ、あの、ゴキブリホイホイと五十歩百歩な作戦じゃないのか?
「これ、たとえばネズミがかかったとして、どうするわけ?」
「問題ありません、マダム。電話をくだされば、すぐに取りにうかがいます」
すぐにとりに来るっていったって、やだな〜。ネズミがもがいてるところを見るのはさあ。なんかさあ、わたし、だまされてない?
ともあれ、しばらく様子を見てから、物事の結論は出すべきであろう。
●ヴァラダラジャン宅へ、姉と弟の絆を確かめ合う日。
本日、火曜日という平日ながらも、夕食はスジャータ&ラグヴァンに招待されている。夕暮れの街を、彼らの住まいがあるところのIIS(インド科学大学)へと、車を走らせる。道路は半端じゃない込みようで、スムースにいけば15分のところを1時間ほどもかけてゆく。
この街の大渋滞。本当に加速するばかりだ。さておき、ヴァラダラジャン家に到着すれば、夕餉のいい香りが漂っている。スジャータが得意な、マトンビリヤニが炊けている。下の写真左が調理中のそれだ。鍋の周囲を小麦粉の生地で封をする「自然の圧力鍋製法」である。
上の大きな写真は、仕上がり状態。ポテトやタマネギ、マトンなどの具が「層をなして」入っているのを、まぜているところである。
チョコレートブラウニーも焼けたばかりで、甘く香ばしい、いい香り。
まずは姉と弟が、ラクシャー・バンダン(Raksha-Bandhan)の儀式を行う。
そして、互いの額にビンディーをつけたり、甘い菓子を食べさせあったりする。
非常に簡単ではあるが、インドの家族の在り方を象徴するような、心温まる儀式である。
「もう何年も、こうしてスジャータとラーキーの契りを交わしていないから、久しぶりで感動するなあ。こういうのって、本当に、いいよね。ありがとう、スジャータ」
と、感動しているところに水をさすのも何だが、去年もやったよ。
さて、夕飯の前に、本日はカルナタカ州産の赤ワインMANDALA VALLEYで乾杯。インドワインにしては、まあまあいける味ではあった。インド産ワインの味、年々向上しているように思う。
実は今朝の新聞で、IISの学生が自殺したとの記事を読んでいた。くだらん新聞だとわかっているが、その文体の平易さから読みやすいために定期購読しているところのタブロイド判 "BANGALORE MIRROR" 。
ローカルの記事が網羅されているほか、国際記事、芸能、エンターテインメントなど、かなり便利な構成になっているのだ。
自殺した学生とは、ラグヴァンも面識があったらしいが、事件の詳細は知らなかった。
わたしが自殺にいたる経緯を詳しく知っていたのに驚いていた。
彼らはTHE HINDUを購読しており、"BANGALORE MIRROR"や"TIMES OF INDIA"は、記事がひどい、文章がひどいと嫌っているのだ。
確かにわたしがすんなりと読めるところの記事である。彼らには耐え難い世俗的、かつ平易な文章であるに違いない。
それにしてもインドの新聞。ひどいものは、ひどい。そこに掲載されている事件もまた、ひどい。朝のテーブルに置くのがはばかられる写真が堂々と載っているのにも腹立たしい。
インドのメディアに関しては、いつかじっくりと書きたいと思っているが……毎度いつかといいながら、書ききれないままだ。
ヴァラダラジャン家には、怪しげな置物がいろいろあるが、これもまた、かなりだ。
おいしい夕餉を前にして、ラグヴァンがいきなりわたしに手渡したところのこの箱。
インド北東部、ナガランドに暮らすナガ族の、ヘッドハンター用バッグだという。
ヘッドハンター。
「あなたは優秀ですから、うちの会社に来ていただけませんか?」
のヘッドハンティングとは違う。
「首狩り」のヘッドハンターである。
50年から100年前に使われていたところの、首狩り人の道具入れらしい。そんなものを、いきなり手渡されてもねえ。どうすりゃいいのだ。と思いながらも、ふたを開けたり、裏返したりと、内容を詳細に確認する我。
それにしても、相変わらずいい味出してるラグヴァン博士である。
ところで今日、ラグヴァン母であるところのロティカ博士著の書籍を2冊、見せてもらった。
一冊は、アンダマン諸島のある島の、漁船の造られ方に関する本。釘を一本も使わずに造船されるその行程を克明に追っている。
もう一冊は、インドの伝統的な「織物」に関する本。どちらも彼女自身が撮影した写真がたくさん掲載されている、非常に美しい体裁の本だ。
これら機会があればゆっくりと読み、知識を深めたいものである。
年を重ねてなお、精力的に追究し、発現し続けているロティカを、あらためてすばらしいと思う。
彼女のような人を見ていると、まだまだ慌てなくったって、時間はあるから、こつこつとがんばっていこう、と思えるのだ。
機が熟するのを見はからいながら。