我が家の神様その一。インドのガネーシャ神。もともとは王子だった。 父親であるシヴァが過って彼の首をはね、代わりにゾウの頭にすげ替えた。 甘い物が大好きで、手にはお菓子を持っている。彼の乗り物は、ネズミ。 足許に、必ず、小さなネズミがいる。 知恵と学問、そして富と繁栄の神。障害を除き成功をもたらす現世利益の神として、 インドでは広く一般に親しまれている。 我が家のガネーシャは、サンダルウッド(白檀)... Read more →
たっぷりのパウダーミルク、少しの小麦粉、バターひとかけ、ベーキングパウダー少々。 それらを、軽めの生クリーム、もしくは牛乳を少しずつ加えながら、捏ねる。 耳朶くらいの堅さまで。そう、白玉だんごを作るときと似た感じで。 油で揚げ、ふんわりこんがりきつね色になったところですくい上げ、 カルダモンやグローブの実を入れた、シロップに浸す。 ポットに入れて、冷蔵庫で寝かせておき、食べたいときに温め直して食べ... Read more →
2001年の夏、結婚式を挙げにニューデリーへ行ったとき、 紅茶の専門店へ行った。 Golden Tips Pure Darjeeling, Golden Orange Pekoe, First Flush Darjeeling, Second Flush Darjeeling....... 電力の供給が不安定で店は停電。 薄暗く、蒸し暑い中、試飲した紅茶のおいしかったこと! 爽やかなダージリンの香... Read more →
ときどき、コリアン・アメリカンが経営する「スーパーHマート」へ出かける。 ここでは日本の食品もたくさん手にはいるのだ。 ビールも、アサヒ、サッポロ、キリン、とそろっている。 インドのビールも売っていたので、 今回はインドの「キングフィッシャー」と 日本の「アサヒ・スーパードライ」をそれぞれ6本ずつ、買った。 日本料理のときには日本のビールを、 インド料理のときにはインドのビールを。 冷蔵庫にこの2... Read more →
夫の父、ロメイシュと、姉のスジャータが、 インドのニューデリーからやってきた。 スーツケースにはたくさんのお土産が詰まっていた。 「これは、インドの家族からの贈り物」 そういって、スジャータが手渡してくれた。 今は亡き、夫と彼女の母親が使っていたという大きなストール。 どっしりとした反物は、まるで日本の着物のよう。 金糸の刺繍がまばゆく、美しく。 わたしたちが結婚してからというもの、 義父と義姉は... Read more →
インド人男性の国民的寝間着「パジャマ・クルタ」。 ウエストを「ナラ」と呼ばれる紐で結ぶ、 ダボッとしたパンツが「パジャマ」。 西洋に寝間着上下を示す言葉として取り入れられた言葉だ。 そして、やはりダボッとした、風通しのいい上着を「クルタ」と呼ぶ。 夫は、夏でも冬でも、一年中、これを着て寝る。 インド土産に新しいパジャマ・クルタ。 あるパジャマに、布の製品説明が印刷されていた。 インド、ね。 Read more →
インドから遊びに来ている義姉は、毎朝3時間のヨガが日課だ。彼女に影響された夫は、連日まじめに早起きをして、1時間ほどのヨガをはじめた。 義姉がおすすめの本だといって、近所のBarnes&Nobleで買ってきてくれた分厚い本。中を開いて、著者であるヨガマスターの写真を見て、思わず大笑いしてしまう。 いやいや笑っている場合ではなく、腰痛のあるわたしは、ヨガをはじめるべきなのだ。ちなみにヨガは我が家だけ... Read more →
インドは広い。だから無数の家庭料理がある。 義姉スジャータが教えてくれた料理を作った。 ホウレンソウとチーズのカレー。 牛乳を煮立たせ、レモンを絞り、濾してチーズを作り、 ホウレンソウとともに、軽く煮込む。 豆のカレーは、タマネギやトマトをたっぷり入れて、 ゆっくりぐつぐつと煮込む。 付け合わせは、皮付きのジャガイモ。 ゆでたユーコンポテトをバターで炒めて風味付け。 そしてライスは、インド料理に合... Read more →
義姉スジャータが教えてくれた中で、もっとも濃厚でリッチな料理。とても簡単にできあがる。 ●鍋に多めのオイルを入れて熱し、ベイリーフを数枚入れる。更に、クローブ、グリーン・カルダモンの実をそれぞれ5〜8粒入れて炒める ●スライスしたタマネギ(中1個)を加えて黄金色になるまで炒める ●ブレンダーでペースト状にしたタマネギ(中1個)を加え、ターメリックをふりかけ、全体にしんなりと薄茶色になるまで炒める ... Read more →
2001年夏、インドでの結婚が決まった私は、インターネットで情報を収集した。日本版Googleで「インド」「結婚式」を検索したら、ある女性のサイトにたどり着いた。そこには、米国在住の妹さんがインドで挙式した際の記録があった。 偶然にも妹さんの名前はMIHOさんだった。情報を得たお礼にメールを送ったら、妹さんはDC郊外メリーランド州に在住との返事が届いた。 去年、DCに移ってまもなく、MIHOさんに... Read more →
毎朝、ヨガをするようになってから、 毎朝、窓越しに日が昇るのを眺める。 空の色、雲の色、太陽の色。 いつだって、初めて見る光景。 深く深く、呼吸をしながら、 今日もまた、新しい一日がはじまる。 Read more →
2年前の夏、インドで結婚したときの写真を整理した。 そのときの、日記も、読み返した。 するとどうしても、タンドーリ・チキンが食べたくなった。 夫と、近所にあるインディアンレストランへ出かけた。 ふかふかのナン、スパイシーなタンドーリ・チキン、ダル……。 でも、ニューデリーで食べたあの味には、はるか及ばない。 あのチキンのおいしさ。あのナンのおいしさ……。 一度、知ってしまうと、もうあとにはひけない... Read more →
連休最後の日。 夫は午後から、書斎に籠もっている。 10年前に亡くなった母のメモワールを、 インドに住む姉が自費出版するという。 そのメモワールに載せるための原稿を、夫は今、書いている。 子供時代の、母との思い出を、じわじわと、思い出しながら。 時に、クスリと笑いながら。 時に、深いため息を付きながら。 わたしは、キッチンに立ち、彼の祖国の料理を作る。 さまざまなスパイスの匂いが、部屋中に立ちこめ... Read more →
シルクロード、荒野、平原、キャラバン、 中央アジア、遊牧、ジプシー、流浪……。 そんなモチーフが散りばめられた、レストランにて。 聞いたことのない、懐かしい曲に包まれながら。 こんなにも潔く、歩いているのに。 何を見ても、何かを思い出す。 何を聞いても、何かを思い出す。 処分できない記憶の蓄積が、 いつもすぐそばにあり、 ふとした拍子に、あふれ出す。 ほのかに漂ってくるガラムの香りに、 視線が遠く... Read more →
小さいけれど、ちょっと重たい小包が、日本から届いた。 妹からの、バースデープレゼントだ。 包みをほどくと、WEDGWOODのロゴが入った、青い箱。 (まぁ! 何かしら……)と思いながら、蓋を開ける。 あらまあ、かわいい象の絵柄が入った小皿が5枚! なんてインドな! 冷たくて、きめが細かくて、滑らかで、輝いていて、 触れれば肌にしっとりとなじむ、上質の陶磁器。 ただ美しいだけでなく、割れにくい強さ... Read more →
もう最近では、日毎に日が短くなり、 ヨガを終えるころ、太陽が昇り始める。 太陽に背を向け、蓮華座で、 目を閉じて、ひととき瞑想する。 しばらくの、無心ののち、ゆっくりとまぶたを開く。 窓辺の様子が、黄金色の影絵となって、 ドアや壁に映し出されているのが、 目に飛び込んでくる。 温かな光に、全身を包まれながら、 深く静かに、一日が始まる。 Read more →
パーティーシーズンの到来。 今日は、在米インド人CEOらのグループが主催するパーティーへ。 夫婦同伴で、とある企業のCEO宅に招かれる。 玄関のドアを開けると、地上3階と、 その上にあるキューポラまでの、吹き抜け。 突き当たりには広々としたパーティーフロア。 天窓からは空が望める。 その両脇にはいくつかの部屋、部屋。 一画にはバーカウンターがあり、 ゲストたちは自由にドリンクを楽しめる。 地下には... Read more →
我が家の前に横たわるマサチューセッツ・アベニュー、通称大使館通り。カテドラルを起点に坂を下る、各国大使館の続くあたり。 インド旅行に向けて、観光ビザを取りに行った。かわいい2頭の象がお出迎え。大使館通りを夫と初めて散歩したとき、この建物を見た夫は「なんてみすぼらしいんだ!」と憤慨した。隣の日本大使館も、味気ない建物だけど、それにしたって、地味だろうこの建物は!と。 しばらく歩いた後、豪華なパキスタ... Read more →
学校も残すところ1カ月弱、ファイナルのプレゼンテーションのためにオーダーしていた本が、今日届いた。 インドのBrain Drain(頭脳流出)に関する専門書。新しい本のはずなのに、どうして古びてるの? しかも、紙が……。濡れた枯葉を乾かしたような、何とも言えない匂いがする。……率直に言って、臭い。1999年に印刷されたこの本。インドで印刷された本。製本が悪い本。 それはそうと。 ページをめくりな... Read more →
8月末から通い始めた学校も、あと2週間ほどで終わる。ファイナルの研究論文(Research Paper)を、今日、おおよそ、書きあげた。 はじめはアジアのブレイン・ドレイン(頭脳流出)について書くつもりが、途中でインドのブレイン・ドレインにかわり、調べているうちに、書いているうちに、結局は「インド経済のこれから」というような内容になった。 3カ月半前には、決して書きあげることなどできなかったであろ... Read more →