11月25日(水)に実施されたShiva Station主催トークLIVE「インド最前線」。今回、90分では話し足りなかったことから、ZOOMの録画にアフレコで情報を追加し、2本の動画に分けました。セミナー中の早口と、アフレコの口調とのギャップが違和感ですが、ご了承ください。
さて、3回目の今回は、明治維新以降の日本とインドの交流史にはじまり、第二次世界大戦時の協調などについて触れています。
この前編では、明治維新直後の紡績産業、ジャムシェトジー・タタと渋沢栄一らが始めた日印貿易、ラビンドラナート・タゴールと岡倉天心の文化的交流、そして歴史の影で、むごい人生を強いられた30万人にも及ぶ「からゆきさん(主には人身売買による娼妓)」、ムンバイでマッサージ医院を開業した島木ヨシ……。
熊本に生まれ、福岡に育った坂田にとって、個人的にさまざまな側面から「ご縁」を感じるエピソードもたくさんあり、動画を編集しながらも、幾度となく心の動揺を覚えました。
なお後編は第二次世界大戦から戦後にかけての日印の協調について言及します。こちらも一両日中に動画にアップロードする予定です。
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異国で暮らし働くうえにおいては、その国の歴史的背景、特に日本との関係を知っておくに越したことはありません。先人たちが育んだ友好の礎を知ることはまた、今を生きるわたしたちが、未来に何を残すべきかを考えさせられる契機にもなります。
毎度盛りだくさんの内容ですが、インドと日本の関係を知り、自らが関心を覚えるテーマを見出し紐解く「端緒」として活用していただければ幸甚です。
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Facebookでは、Youtubeへのリンク投稿が一段と表示されにくくなっているので、動画のリンクはコメント欄に記しています。またシェアもよろしくお願いします。
【前編のコンテンツ】
◎明治維新以降の、日本とインドの交流史、断片①
●2004年、坂田、初のムンバイで引き寄せられる縁
●ジャムシェトジー・タタ/1839~1904
・英国統治下「インド人の誇り」を具現化
・ホテルの逸話とムンバイ同時多発テロ(2008年11月26日)
●渋沢栄一/1840〜1931
●「綿」で結ばれた、インドと日本のビジネス
●岡倉天心/1863〜1913
●ラビンドラナート・タゴール/1861〜1941
・1916年、タゴールが初来日した際の写真
・ラビンドラナート・タゴール「果物採集」より
◎明治維新以降の、日本とインドの交流史、断片②
●からゆきさん 〜人身売買〜
●島木ヨシ/1886年〜
・ムンバイの日本人墓地 1908年(墓標は1891年〜1935年)
・ムンバイの日本山妙法寺
●藤井日達/1885〜1985
・坂田の父方祖母と、父と、日蓮宗。そしてインド
・藤井日達上人と、わが祖母(坂田政子)
・坂田とムンバイの日本山妙法寺、そして日本人墓地
・ムンバイ郊外、見晴らしのよい「カンヘリ仏教遺跡」偶然、見つけた「南無妙法蓮華経」
・ダラムサラにて、ダライ・ラマ法王14世と面会