昨日、ニューヨークに入った。到着した夕刻は曇天で冷たい雨が降っていたのだが、今朝は見事な快晴。普段は晴れ女ではないのだが、今回の旅は本当に天候に恵まれている。
スイスでの滞在があんなに麗しかったのも、天候に恵まれていたおかげである。いくら風光明媚な湖畔のリゾートでも、雨や嵐では散歩もできず、どんよりとうら寂しい光景に見えたに違いない。
ぶどう畑の丘陵地の散策を楽しめたのも、陽光が降り注いでくれていたおかげ。短い旅行を「太陽待ち」で無駄にすることなく過ごせたのは本当によかった。
昨日の朝、ホテルをチェックアウトしてジュネーヴ空港へ。
搭乗するのはスイス航空のJFK行きだが、オーヴァーブッキングのようである。夫がスターアライアンスのゴールドカードを持っているので、アップグレードしてもらえないかと交渉したところ、「搭乗間際に確認してみてください」とのことだった。
しばしば交渉によってアップグレードを獲得している夫。もちろん諦めることなく、搭乗前にカウンターで再交渉。
「アップグレードですか? わたしたちに、その必要はありません」
と、不思議な言い回しで断られ、どうやらオーヴァーブッキングの件は解決されているようだった。
機内に入り、自分たちの席に座ろうとしたところ、同じ席番号を持っているカップルがいた。偶然にも、わたしたちの座席がダブルブッキングされていたようである。
ここぞとばかりに客室乗務員に交渉する夫。交渉は成功し、ビジネスクラスへ! インド国内線のジェットエアウェイズではしばしば、また国際線でも幾度となく「土壇場アップグレード」を経験して来た我々。夫の交渉力と情熱に敬服だ。
機内では、スパークリングワインとおつまみにはじまり、ランチタイムは優雅なものとなった。まずは白ワインとアペタイザー。そして主菜は魚のソテー。デザートにチーズやチョコレート……。
最後にはスイスで食べ損ねたモーベンピックのアイスクリームと、極楽である。食後は映画を見て、それから数時間の睡眠。しかし、着陸間際になって頭痛に襲われた。調子に乗って飲み過ぎたようである。
わたしは乗り物酔いなどをしやすい三半規管脆弱な体質なのに、いつも「喉元過ぎれば熱さ忘れ」て同じ失敗を繰り返す。特に機内でのアルコールは酔いが回りやすいとわかっていて、このざまである。
夫からも、「まったく、ミホは自制心がない」と冷ややかに言われ、「あんたには言われたくないわい!」などと思いつつも、どろどろに具合が悪くなり、言い返す気力がない。情けない。
スイスでも、夫から何度も言われた。
湖上クルーズの際、上空を飛んでいるパラグラインディングを指差して、「わたし、あれやったことあるよ」と言ったところ、ミホは、三半規管が弱いといいながら、とてもそうとは思えないことをやってきていると。
たとえば東京での編集者時代。
取材で訪れたニュージーランドでの、本場バンジージャンプ。あれは「話のネタ」に、ついついやってしまった。飛び降りる直前と瞬間が、ものすごく怖かった。でも足を離れた瞬間から、なんだか気持ちよかった。
あと、スイス取材のときには、撮影のためだけにカメラマンと訪れたはずだったのに、ガイドに勧められてやるはめになったパラグライダー(パラグライディング)のタンデムフライト。
インストラクターと一緒に、標高数千メートルの高い場所から、高度差1000メートルほど(だったと思う)の下界まで飛びながらおりるのである。
そりゃあもう、絶景だったが、なにしろマクドナルドでランチを食べた直後で食事は未消化のまま。眺めを楽しむよりも吐き気と戦うことにエネルギーを要した苦い苦い思い出である。
このほか、マレーシア取材ではパラセーリング、ハワイでは窓なしヘリコプターなど、なんだか無茶なことをやっては、ぼろぼろになってきた。いい大人なんだし、今後はちょっとわきまえようと思う。
飛行機が着陸して、機内から外へ出たら、かなり気分がよくなった。とはいえ、イミグレーション(入国審査)のカウンターの前には長蛇の列ができていて、かなり時間がかかりそうだ。
カウンターがVISITORS(外国人)/ DIPLOMATS(外交官)/ GREEN CARD HOLDERS(永住権保持者)/ CITIZENS (米国市民)とに分かれている。
以前は永住権(グリーンカード)保持者と米国市民は同じ列に並んでいたのだが、この1年の間に若干細分化されたようだ。
H1Bヴィザ(一時就労査証)保持時代は、米国から海外に出て戻ってくるたび、入国審査でさまざまな「嫌な目」にあわされてきた。
特に永住権申請中で、査証のステイタスが混沌としていた時期と、9/11のテロが重なり、特に夫は、移民局のオフィサーらから、不条理にも屈辱的で許しがたい態度を幾度もとられたものだ。
しかし、彼らに逆らって入国できないなどのトラブルが生じたら一大事。怒りに打ち震えつつも我慢した経験は一度や二度ではない。
苦労の末、やがて永住権を手にし、それからは「おかえりなさい! Welcome home」と挨拶をしてくれることもあるなど、ずいぶんと対応がよくなったものだ。
ところが、今日のオフィサーは違った。一見、笑顔でフレンドリーな初老の男性であるが、目つきが鋭い。口だけで笑っている。
アルヴィンドの仕事の内容を質問し、勤務先(母体はウォールストリート)を知るや否や、あれこれと質問を始めた。入国審査に関係あるのか世間話なのかわからないが、お茶を濁すわけにはいかない。
現在の、米国の国債総額(gross national debt)、景気回復の展望(具体的な年数)、現在の連邦準備制度理事会議長(Federal Reserve Chairman)の名前、その前の議長、その前の議長、その議長……と、数代に遡る人物名。
その他さまざまな数字やデータに関する質問を、にこやかに、世間話風に、しかも延々と続ける。市民権取得の質問よりも遥かに難しい内容である。
わたしには、質問の内容すらよく理解できず、何一つわからなかったが、夫は時折考え込みながらも、全問正解。
昨今の夫。米国拠点のファイナンシャル関連のビジネスをしているというだけで、このごろは「悪しき業界の人物」のような対応を受けることが少なくなく、わたしは大いに不満である。
この件に関しては、言いたいことがあまりに多過ぎて、今まで何度も何度も書き始めては、挫折している。本当に、書き上げたいのだが、難しすぎる。
だいたい、米国在住時はもちろん、米国に住んでいなくても、永住権を持っていることから、わたしたちは米国にもたっぷりと税金を払って来ているのにも関わらず。否定的なニュースばかりが世間を席巻している。
さておき、夫への質問は実に10分以上も続いたが、わたしに対しては、あっさりとしたもの。急に片言の日本語で話しかけ始めるオフィサー。
食品の持ち込みは禁止されているとはいえ、急にレヴェルの低い質問である。
更には冗談まじりに、
「スシ、サシミ、テンプラ、テリヤキ、モッテマセンカ?」
と、続ける。
持ってくるかい、そんなもの! インドやらスイスから!
と心中で突っ込みつつも、笑顔で「いいえ」と答える我。
ともあれ、無事に米国に入国。夫はなにやらご機嫌で、
「僕、全問答えられたよね。僕って賢いよね〜。ねえ、ミホ、どう思う? 僕、すごくない?」
と、いつまでもしつこい。やはり、賢いのか阿呆なのか、わからん男である。
さて、本日は見事な快晴である。主にはセントラルパークと、アッパーウエストを散策して過ごした。ホテルはいつもとは違い、セントラルパークサウスにあるエセックスハウス。
出発前にインターネットであれこれと検索したところ、お得な宿泊プランが提供されていたので、いつものホテルよりは若干割高だが、ここに決めた。
そのうえ、感動したのがベッドの寝心地の良さ。今までいろいろなベッドで休んで来たが、一番快適なベッドであった。驚くほどに熟睡できて、目覚めたら疲れがとれていた。
二人して「このベッド、インドにもって帰りたい」とつぶやく朝。シーツをはがして確認したところ、Sealy社のPosturepedicというベッド。欲しい。
さて、ニューヨークはまだまだ花冷えの寒い気候だが、セントラルパークは春の花々が開いていて、なんとも気持ちがよい。イースターサンデーとあって、家族連れやカップル、犬連れの人々が行き交い、賑やかだ。
わたしの故郷は福岡で、夫の故郷はデリーだが、わたしたち二人にとっての故郷はニューヨークなのだな、と思う。
わたしたちが出会い、さまざまな出来事が始まったのはこの街。
たまに帰って来て、懐かしさを覚える場所。
未知なる場所へ旅するときのような新鮮な心の躍動はないけれど、心身が、リラックスする。
やっぱり1年に一度は戻って来て、この街の空気を吸いたいものだと思いつつ、歩く。
1年のうちに、消えた店、生まれた店もいくつかあり。わずか一週間足らずの滞在。スイス旅の余韻に浸りつつ、今回はのんびりと過ごそうと思う。