ムンバイでは、INDUSと呼ばれる英語を話すインド人女性と外国人女性たちの勉強会のようなグループに入っている。月に10回ほどの講座が市街の随所で開かれている。
以前、アーユルヴェーダの講座やインテリア・デザイナーの講演会に参加したことは、ここでも記した。
今朝、久しぶりに参加しようと準備をし、出かける前に住所を再確認したところ、……ん? 火曜日? 今日は水曜日だぞ? ん? なに? この講座、昨日すでに終わってるじゃない! スケジュール表に書き込む際、一日間違えてしまったらしい。
わたしとしたことが! ガガガガガーリンッ! 嗚呼、楽しみにしていたのに。自分の間抜けさをのろいつつ、しかしこのまま外出を取りやめるのも癪である。
特に用事があるわけでもないのだが、ともかく、出かけることにしたのだった。
まずは、ケンプスコーナーのあたりまで車を飛ばし、数軒の店に立ち寄る。FOREST ESSENTIALSと呼ばれる、インドにしては高級なハーバル系コスメティクスを扱うブランドで、奮発していい香りのするボディオイルなどを調達。
石けんやシャンプー、モイスチャライザーなどは、TAJ系列のホテルがここの商品をアメニティとして使っているので、何度か使用したことがあるのだが、気に入った商品は「ホテル用オリジナル商品」とのことで、一般に販売されていないのが残念なところ。
グリセリンソープに関しては、KHADIといった他のリーズナブルなブランドとクオリティは五十歩百歩なのだが、値段は軽く5倍以上もするので、自分で買ったことはない。ちなみにこのあたりの商品情報は、近々、他のサイトのコラムに記事を書く予定だ。
上の写真はContemporary Arts & Craftsと呼ばれるインテリア雑貨のショップ。バンガロールにも支店がある。インド各地の手工芸品を扱っており、素朴な味わいのある、しかし「そこそこに」洗練された商品が並んでいる。
今日のところは、ワイン用ギフトバッグと、フルーツ用のバスケットを購入した。
さて、その後、ガイドブック("TimeOut/ Mumbai & Goa")に載っていた、ターリー(定食)で評判の店でランチをとろうと思う。未開拓の店だ。ドライヴァーに住所を告げる。クロフォードマーケットの北側、さまざまな商店が密集するムスリムのエリアだ。
ドライヴァーは「この道は入れません」「ここから左折できません」と、喧噪のエリアに向かって左折することを億劫がっている。
歩いてもいいのだが、今日はそもそも講座に参加する予定で、それなりに「身ぎれい」にしている。こういう喧噪のエリアを「身ぎれいな外国人女」が歩くのは、あまり安全なことではない。
できることなら、あまりうろうろと歩きたくない。ならば別の店に行けよ、という話だが、ターリーが食べたい。
地図を見ながら、ドライヴァーに指示を出す。
「ともかく、まっすぐ行って。一方通行で入れないなら、大通り経由で迂回すればいいから。次の次の角を左に曲がって、また左に曲がって、そうしてプリンセス・ストリートでまた左に曲がってまっすぐ進んだら、ジャマ・マスジートが見えてくるはず。そこでおろして」
マダムは、なにを言ってやがるのだ。というような様子で、返事もろくにしないドライヴァー。反抗的なご様子である。
これまでにも幾度か記した通り、インド人ドライヴァーで地図を見る人に出会ったことは、皆無に等しい。
バンガロールであれ、ムンバイであれ、デリーであれ、地図を見て運転する人はいない。彼らは経験で地理をつかんでおり、だから地図を見せても、彼らの脳内地図と合致していなければ、ほとんど応用できないのだ。
一方のわたしは、多くの他国人同様、地図を使う。特にわたしは、公私にわたって、見知らぬ国を地図だけを頼りに運転したり、歩いたりしてきた経験が多いので、地図を読むのは好きであり、得意でもある。
しかしここはインド。「なぜ外国人マダムが、こんな煩雑な地区のわけわからん店までのルートを的確に指示できるのか」と、ドライヴァーに不審に思われても仕方がないのである。
ともかくは指示通りに動いてくれたドライヴァー、目の前にプリンセス・ストリートがあるのを確認するや、
「あ、マダム、プリンセス・ストリートです!」
と、驚いている。だから言ってるやん、さっきから。少し走ったら、ジャマ・マスジート(モスク)が見えて来た。
「あ、ジャマ・マスジートです!!」
またしても、驚いている。だから言ってるやん、さっきから。全然信じられていなかったようである。
さて、ハンドバッグを紙袋に入れて、敢えて後れ毛が乱れた感じのままで、敢えて眉間に皺を寄せたままで、車中から、喧噪の街へと飛び出す。人やらリキシャやらイヌやらなんやら、やたらと埃っぽい界隈である。
左下の写真が、目的の店、RAJDHANIだ。周辺の混雑に比べると、この店は外観、内部ともにこぎれいである。他のターリーの店同様、何人ものウエイターが次々とやってきては、「わんこそば状態」で次々とおかずをついでくれる。
結論から言えば、なかなかにおいしかったが、もんのすごくおいしかったとはいえない。わざわざここまで足を運ぶほどではなかった。しかも種類が豊富とはいえ、ターリーにしては230ルピーと値段が高い。
これだったらチャーチゲートのSAMRATの方が、安くておいしい。ともあれ、何事も経験である。SAMRATの写真はこちらを参照されたい。
■2006年9月23日(取材中、初めて訪れたときの写真)
■2008年3月7日(夫と一緒。ランチを食べに訪れた)
写真だけで判断すると、RAJDHANIの方がカラフルでおいしそうに見えるのだが……。まあ、好みの問題もあるだろう。
それでも結局は、お腹いっぱい食べてしまい、満足である。喧噪歩きの出で立ちではなかったのだが、うろうろしたくなかったはずだったが、食後は腹ごなしに界隈を歩くとする。
いつものことながら、こういうところへ来ると、身軽な格好でカメラだけを携え、写真を撮るためだけに改めてじっくり歩きたいと思わされる。
下の大きな写真がクロフォード・マーケット (Crawford Market) だ。こうして写真に撮ると、いかにも美しく見える。確かに建物自体は美しいのだが、内部の混沌と言ったらまた格別である。
今日のところは立ち寄らずにいたが、なにしろ広大な市場でさまざまな食料品がそろっている。これまでに、公私ともに幾度か訪れた。移住前に市場内を探検した時の記録(←文字をクリック)を参考までに。
さて、せっかくフォート地区界隈まで来たので、いくつかの店に立ち寄る。BOMBAY STOREでKHADIの石けんとシャンプーを買い、それから通りをしばらく歩く。
ちょっと「チャイ休憩」をしようと、YAZDANI BAKERYを目指すも、途中で下水管工事現場に出くわし、めげそうになる。このダイナミックな工事のやり方。あり得ぬ悪臭が周囲に立ちこめているし。嗚呼。
さて、下の写真がYAZDANI BAKERYである。初めてムンバイを訪れた2004年、街を彷徨っているときに、パンや菓子の焼けるあまりにもいい香りに導かれて、この店にたどり着いたのだった。
外観も、そして内部もおんぼろであるが、それは同時に情趣があるとも言う。
イラン系インド人による家族経営のこの店。店主らしきおじさんがキャッシャーに座っていて、商品の説明をしてくれつつ、あれこれ面倒を見てくれる。まずはチャイを頼む。飲みながら、店内に目を走らせて、欲しいものを選ぶ。
夫の弁当のためのサンドイッチ用パン。それから切られていない食パンも買おう。いちごジャムのトースト用に、自分で厚切りにするのもいい。ピタブレッドも買ってみよう。
マドレーヌのような味わいの小さなスポンジケーキはティータイムに。焼きたてのアップルパイ(左下写真)もおいしそう! シナモンの香りがよく、レーズンがたっぷりと入った、素朴な焼き菓子である。
食べるときには温めて、ヴァニラアイスクリームと一緒に味わうのもおいしそうだ。
店のおじさんは、しばらくわたしと話をしながら、突然、頭を抱え込んだ。
「ど、どうしたんですか?」
「さっきから考えているんだが……どうしても、どうしても、わからないんだ。君の国籍が!」
そんなに、深刻にならなくても……。
4年前に会った時も、同じようなことを言われた。4年前にも話し込んだことを、わたしは告げていなかったので、彼はわたしと初対面の気分でいるのだ。
「アメリカ……のどこかに住んでいたんでしょ。でも、アメリカ人では、ないんだな」
「アメリカには住んでましたが……日本人です」
「日本人! そうだ。日本人か。いやしかし、日本人というのはたいてい小さいから、しかし君は大きいから、わからなかった。それに、日本人は、英語を話さないし」
インドでは、「日本人」=「英語を話さない」が、悔しいかな、定着されたイメージである。
インドに来て以来、各方面で「日本人なのに、どうして英語を話すのですか?」と、幾度となく尋ねられている。このことについても、書きたいことがたいそうあるのだが、今日のところは割愛。
その後、パルシーの女子校やパルシー・ジムカーナクラブなどがあるパルシー居住区を通過したとき、昨日のPARSI DAIRY FARMの店舗を発見! せっかくなので立ち寄ってみた。
ヨーグルトやギーなど乳製品の他、ミルクを原料とする菓子類も豊富に販売されていた。今日のところはプレーンヨーグルトと昨日の甘いヨーグルトの2種を購入するだけにとどめた。
ちなみにパルシーとは、ゾロアスター教徒のことである。過去の記事(←文字をクリック)で、ほんの少しその内容に触れている。
わずか一日の数時間、この街の、ほんの数キロ圏内を巡るだけで、異なる宗教の、異なる文化の、息づく様を見られる。触れられる。
そのような濃密さを身近に経験できることは、楽しい楽しくないはさておいて、ともあれ、有意義なことであると、このごろは思う瞬間が多い。
この街に住める「縁」について、考える。
実は数日前、"MUMBAI MERI JAAN" という映画をDVDで観た。2006年にムンバイで起こった列車爆破テロを巡る映画だ。
この映画を、違和感なく、疑問なく、心身に染み渡らせるがごとくに観ることのできる自分に、インド移住前とは明らかに異なる自身の変化、成長をみる思いがした。
映画のことについては、また改めて記したいと思う。
ともあれ、インドに来て、インドに住むことができて、わたしは本当によかったと、このごろは殊更に、そう思う。