バンガロール宅に戻っている。ここは、都会暮らしの合間を縫って戻ってくる別荘のようである。
そもそもバンガロールは、避暑地であり別荘地であった。今でこそ開発が著しく、喧噪と埃っぽさとインフラストラクチャーの追いつかなさとで混沌の様相を呈してはいるけれど。
葉をすっかりと落とした、しかし豊かに実をつけている菩提樹の木に、さまざまな小鳥たちがやってくる。朝は彼らの賑やかな鳴き声で目が覚める。小鳥に紛れて、とんび、そしてカラスの鳴き声も混じるところが味わい深い。
今、菩提樹の木にやってくる小鳥の名前を知りたくて、「菩提樹 木の実 小鳥」で検索したら、自分のブログが一番に出てきた。最近はこんなことが増えた。
そういえば数日前、ワシントンDCに住んでいる友人からメールが届いた。彼女がニューヨークへ行くに際して情報を得たく、「ニューヨーク ダウンタウン ラーメン」で検索したところ、やはりわたしのブログが一番にヒットしたらしい。
うっそ〜。と思ってやってみたら、本当だった。インド発なのに、ニューヨークのラーメン。
ついでにそのときのサイトを見てみたら、自分が撮っておきながら言うのもなんだが、おいしそうなラーメンが載っていてもう、たまらん。うううぅぅ。
さて、夕べはムンバイを午後6時10分に発ついつものジェットエアウェイズの便でバンガロールに向かった。
右の写真は、ムンバイ空港のエプロン(駐機場)。
飛行機へ向かうシャトルバスの中からの光景である。
公道ばかりか、駐機場もまた「渋滞」しているのが、インドである。
おまけに我らのバス、連絡の行き違いがあったらしく、バンガロール行きではない別の飛行機に向かって走行していたらしい。
途中で係員がバスに駆け寄ってきて、バスのドアを開け、乗客のチケットをひったくって行き先を確認し、「このバスはバンガロール行きだ! こっちじゃない!」などとトランシーバーやらバスの運転手やらに向かって叫んでいる。
バスの運転手は渋滞にはまり込んで、荷物を運ぶ車や、給油車や、他のシャトルバスに取り囲まれてしまい身動きができない。
あちこちで鳴るホーン。
またしても、血圧がぐ〜んと落ちる思いである。
そういえば数週間前のムンバイ空港。インドのパティル大統領(インドは大統領と首相がいる。ちなみにパティル氏は女性)が乗ったヘリコプターが、滑走路の端に着陸し、離陸しかけていた飛行機と接触しそうになる「危機一髪」な事件が起こったばかり。
1年ほど前は、バンガロールの空港で、離陸しようとする飛行機が滑走路の犬を撥ねて動かなくなり、着陸態勢に入っていた飛行機がすんでのところで急上昇して事故を免れたこともあった。
聞くだけで、胃が痛くなる感じ。
「今ある命を、大切にしなければ」
なんにつけても思わされる、インドの日常だ。
ところで右の写真は、バンガロールの空港と市街を結ぶハイウェイもどきの光景だ。
例の、永遠の時速80キロ標識である。
前回、バンガロールからムンバイへ行く途中に撮影した。
自分としては「激写」のつもりである。
STOP。その直後に80キロ。
いい加減にしろよ、という話だ。
●話題をさらいすぎている気がする『スラムドッグ・ミリオネア』
23日のアカデミー賞授賞式を控えて、『スラムドッグ・ミリオネア』の話題がメディアを賑わせている。最年少のラティカとサリムを演じた、本当にスラム在住の子供二人も、ロサンゼルスに向かっているようだ。
話題性。
という意味では、大いに納得がいくところの映画だとは思うし、わたし自身も楽しんで観たには違いないのだが、なんだかとても、ひっかかる。理由をうまく説明できないが、一抹の、ささやかな、UNCOMFORTABLEさ、である。
ムンバイのスラムを巡る「ツアー」が人気を集め始めている。それもまた、妙な気持ちに拍車をかける。
実は、ムンバイ二都市生活を始めて直後、スラムの内部まで入ってみたく、いろいろと調べた。
コラバ地区にツアー会社を見つけたが、週末のみの催行とあって、また夫の反対を受けて、行かないままであった。ツアーの内容は良心的なもので、暮らしている人たちの迷惑にならないよう小人数で催行され、写真撮影は厳禁とのことであった。
ヴォランティアなどのツアーも行っていることから、その会社自体にも興味を持っているのだが、今となっては「物見遊山」なツーリストたちも大勢参加することが予測され、こうなると、参加することが憚られる。
早いうちに行っておけばよかったと思う。なんでも、思い立った時に行動すべしと、反省する思いだ。
さて、今日もまた、ラップトップをダイニングルームに持ってきて、庭を眺めながらコンピュータに向かっている。
心地のよい風が吹き込んできて、さまざまな小鳥のさえずりが聞こえてきて、ひらひらと蝶が乱舞していて、香りのよいコーヒーがおいしくて、本当に幸せなひとときだ。
こうして見れば、なんて優雅なガーデンライフだろうと、我がことながら思う。しかし、優雅とはいっていられない事態も、もちろん起こる。インドだもの。
今回はまだ遭遇していないが、前回は「サル騒動」があった。ある日帰宅したら、メイドのプレシラが興奮気味に言うのだ。
「マダム! 今日、キッチンにサルが来たんです。大きくて、わたしが箒で払っても、逃げずにこのお菓子を食べていたんです。30分くらい食べて、出て行きました」
「プレシラ。そんなときは、フロントの警備員かガーデナーを呼んで、追い出してもらわなきゃ。30分もくつろがせちゃ、だめじゃない」
「でも、歯を剥き出して、シャーッとか変な声を出して、威嚇するんです。怖かったので、キッチンのドアをしめて、待ちました」
「わかった。ともかく今後は、勝手口のドアを開けっ放しにしないようにね」
このごろは住処を失ったサルたちが近所をうろうろとしている。わたしもこれまで何度か見かけたが、家に入ってくることはなかった。
それにしてもそのサル。
ワゴンに置かれているバナナやリンゴには手を付けず、棚の上にあったドバイ土産のデーツ(透明のプラスチックケース入り)を引っ張りだして、それだけを食べているところがグルメというか賢いというか厚かましいところである。
サルはサルらしくバナナでも食べておけ、という話だ。
さて、数日後、ちょうど「チャリティ・ティーパーティ」をやっていたときに、勝手口と同じ方角にあるゲストルームのドアを開けっ放しにしていたようで、そこからサルが侵入してきた。
マダムら、きゃあきゃあとたちまち大騒ぎである。かと思えば、バッグからカメラを取り出して撮影を始めるマダムもいる。一方のサルはといえば、悠然と、部屋を横切り、ダイニングルームへ入っていく。
菓子に手を付けられてはならぬと、わたしも後を追い、彼に出て行くよう迫るのだが、そのサルのふてぶてしいこと。選り好みをして食べているだけあり、日本でいうところの、メタボ状態である。
サルとは思えぬ肥満っぷりで、のそのそと動きは鈍く、いかにも不健康そう。顔つきもたいそう感じが悪い。
わたしが、大きく足踏みをして威嚇するのだが、逃げるどころか歯を剥き出しにして、「シャーッ!」と変な声を出す。負けてはならじと、わたしも歯を剥き出しにして、「シャーッ!」と変な声を出してみるが、逃げようとしない。
サルが危険であることは心得ているので、戦うつもりはないのだが、しかし人間に似ているせいか「話せばわかる」ような気がして、ついつい対峙してしまう。いや、全然会話にはなっていないのだが。
サルよりも、むしろネズミやゴキブリのほうが、意思の疎通が全く図れないだけに怖い。
それにしても、悠然として動こうとしないサル。わたしはといえば、武術の心得などないくせに、知らずのうちに腰を落として構えの姿勢を取り、いつでも蹴りを入れられるよう応戦の構えだ。
そんなわたしに呆れたのか、睨み合いにも飽きたのか、やがてのっしりのっしりと、外へ出て行ったのだった。
左上の柵の上に、まだサルがいるのだが、見えるだろうか。
アルヴィンドにサルの話をしたところ、
「ミホ、素手で追い出そうとしちゃだめだよ! 今度見つけたら、僕のクリケットのバットを貸してあげるから、それを使いなさい」
ありがたいお申し出だ。妻も妻なら、夫も夫である。
さて、我が家には、サルだけでなく、ハチもやってくる。泥で丁寧に素を作るハチの様子を見るのは楽しいが、大きくされては困るので、いない隙を狙って壊さねばならない。
と、本日、プレシラが、大きな蜂の巣をベッドルームの窓の外に発見した。
「二日間で、あっというまに大きくなったんです。すぐに取り外さなくては!」
ハチの巣にしてはハチがいないし、へんな形だなと思いつつも、ガーデナーに頼んで除去してもらった。
その話を、夜、スジャータにしつつ写真を見せたら、なんとこれはハチの巣ではなく、小鳥の巣らしいのだ!
ガガガガガ〜リン!
どんな小鳥かは知らぬが、カラスやハトでなければ(というのもカラスやハトに失礼だが)、巣を作っていただいてウェルカムであった。
どんな小鳥の巣だったのかしらん。
この不思議な形状の巣からヒナが飛び立つのを見てみたかった。
ああ、なんてことを。
そんなわけで、いろいろと、話題の尽きないガーデンライフではある。
●今日もまた、おいしい手料理。おいしいワイン。
夕食は、ヴァラダラジャン宅へ訪問すべく、IISのキャンパスへ。このごろは、バンガロール滞在時間も短い我々、わたしたちがもてなすよりも、彼らにもてなされる機会の方が増えている。
ワインを持参して、訪問。
最近、インドのワイン事情が「激変中」である。各ブランドがバラエティも豊かに新しい銘柄を発売し始めているのに加え、州別の酒税がややこしく、ムンバイとバンガロールでは、同じワインでも値段が2、3割異なる場合がある。
バンガロールでは、カルナタカ州にあるワイナリー、GROVERのワインを買う方が、ナシック産のSULAやINDAGEなどよりも酒税が安くなり、お得である。
GROVERは、フランスのワイナリーとのコラボレーションで、シャガールの絵入りラヴェルの白ワインを出したりもしていて、それがなかなかに美味で、うれしい。
ワインを飲みつつ、お気に入りのインドスナックをつまみつつ、コルカタに行っていた二人の話を聞いたり、今後の互いの旅の予定などを語り合う。
ラグヴァンは来月、米国へ出張で、スジャータはデリーへ。義継母のウマが娘夫婦の暮らすシンガポールへ行くので、その間、義父ロメイシュ・パパと過ごすために。
わたしたちは来月上旬、小さな休暇をとったあと、デリーに数日滞在する。スジャータとパパと4人で、パパの誕生日を祝う予定だ。1年ぶりのデリー。おいしい紅茶を仕入れたり、ディリ・ハートを散策したりと、楽しみである。
4月には、欧州、米国。そして5月は日本。あっという間に2009年も過ぎてゆく。
さてさて、今日のごちそうは、鶏肉の丸焼き。スナップピーとベビーコーン、マッシュルームをガーリック&ナンプラーで炒めた野菜炒め。それからマスタードドレッシングのサラダ、マッシュドポテト。
どれも本当に、おいしかった。わたしたちは、みながそろって食べ物の嗜好が似ていて、いつでも皆がおいしく料理を味わえるのが、本当にありがたいことだと、いつものことながら思う。
いい匂いを嗅ぎ付けて、ご近所の犬が遊びにきた。スジャータが鶏肉の骨付きの部分を与えると、ちぎれるほどにしっぽをぶんぶんと振りながら、おいしそうにガリガリと食べていた。
そしてデザートは、旬のいちごを利用したタルト。彼女はタルトを焼くとき、MAIDA(精製小麦粉)を使っているようで、こちらのほうがやはり口当たりが軽く、風味もマイルドで美味である。
前回のティーパーティの折、 健康的にATTA(全粒小麦粉)でタルトを作ってみたのだが、これはちょっと穀物の風味が強過ぎた。以前、クッキーを焼いたときはおいしかったのだが、ATTAの銘柄にもよるのかもしれない。要研究だ。
タルトの中に、各自、アイスクリームや生クリーム、ストロベリーソースをいれて食べる。
本当に、おいしい。
やはり、愛情もこもっているから、それを感じて、なおさらにおいしいのだろうな。
ちなみにスジャータが左肩にかけているのは、個性的なファッションアイテムではなく、「鍋つかみ」である。
念のため。
わずか一週間足らずのバンガロール宅滞在。
大切に過ごそうと思う。