目覚めれば、見事な快晴。ムンバイとは同じ地球上とは思えない爽やかさだ。
なにゆえ、あのケイオス(混沌)のただ中に、わたしは好き好んで住んでいるのだろうと、改めて、自分がよくわからなくなる刹那である。
ホテルの朝食はシンプルながらも、美味なるグラノーラにヨーグルト、そしてチーズ、ゆで卵で満足。
あれこれなくても、それはそれでよい。
コーヒーが、さりげなくおいしいのも、本当にヨーロッパ。
やっぱりわが家もエスプレッソマシンを買おうかしら。
と思うのだが、インドには、多分「南インドのコーヒー」が似合っている。
欧州で飲んでこその、この欧州のコーヒー。旅を彩る香りと味わい。
ところで、このミルク。使わないけれど、手に取ってみたところ、奇遇にもJAPANの光景がモチーフになっているのだった。
さて、今日はマルハン家のファミリーフレンドを訪ねて、チューリヒから列車で30分ほどの郊外にある町(村)へ赴く日である。ホテルを出て、散策をしながら中央駅まで歩く。
行く先々、食べ物の店が多くて多くて、どうしても目に留まってしまう。と、食べ物はさておき、欧州のターミナル駅(終着駅)は、好きな場所の一つでもある。
駅に身を置き、なじみのない言葉のアナウンスメントに耳を傾け、人々の雑踏に溶け込むひとときの、得も言われぬ旅情の渦中。
いやになるほど列車を乗り継いで、旅した日々のことを思い出しつつ。
切符を買い、ホームは地下だけれど、地上のホームで写真を撮影したりなどしてのち、11時過ぎの列車に乗り込む。
チューリヒを離れて10分もたたないうちに、あたりは緑豊かな田園風景にかわる。
醜い看板もなく、調和を乱す建築物もなく、ひたすらに整然と、丁寧な光景が続く。
そうしてたどりついた、静かできれいで小さな駅。
駅の前では、ディエターと長女のタマラが迎えに来てくれていた。ディエターの亡父と、アルヴィンドの亡祖父が親しい友人だったのだ。
実業家であり政治家でもあったアルヴィンドの母方の祖父は、しばしば欧州を訪れていた。彼の人生の終焉は、ロンドンのホテルでの客死だった。
打ち合わせを終えて直後の部屋で心臓発作。すでに老齢で、しかし命のぎりぎりまで仕事をしていて、病もなく、苦しみも短く、それはある意味、理想的な人生の終わり方のように思う。
のどかな村。美しい家々。そして庭。平和な暮らしを絵に描いたような場所である。家では妻のエスター、そして次女のアンジェラが出迎えてくれた。
アルヴィンドは10年ほど前に一度訪れていて、そのときはまだ小さかった姉妹が、今やもう大人のように成長していることに驚いている。
庭のテーブルで白ワインを飲みながら、チーズをつまみながら、しばしおしゃべり。
といってもディエターは英語を話せるが、妻も娘たちもあまり話せない。ディエターが、ときおり通訳をしてくれる。
チューリヒはスイス・ジャーマンが話されるが、彼ら曰く、生粋のドイツ語とはかなり違うらしい。
「スイス・ジャーマンはどんな風に綴ってもいいの。厳密じゃないのよ」と、本当なのか冗談なのかよくわからない説明をしてくれる。
彼らは休暇のたびに長い旅行をしていて、昨年は米国を5週間、ドライヴしたらしい。そして来年はインドに来るとのこと。実は彼ら、わたしたちがまだワシントンDCに住んでいると思っていて、最初会話がかみあわなかった。
インターネットでのメールのやり取りは、どこが発信元かわからないから、あえて「インドに引っ越していたのです」と記さない限り、あたりまえだけれど、どこが拠点かわからない。
わたしたちがどこに住んでいようが、それはあまり大切なことではないような気さえする。
ところで驚かされたのは、子供たちの学校のこと。姉妹は日本でいえばまだ中学2年と3年なのだが、すでに履歴書の書き方などを勉強している。
なんでもスイスでは、中学卒業後、高校ではなく職業訓練校のようなところに進む子が多いのだという。つまりは中学生の段階で将来の就くべき職業を決める必要があるというのだ。
明日が提出期限だからとダイニングテーブルの傍らで宿題をしている彼女たちの話を聞いて、詳細はさておき、かなりのカルチャーショックを受けたのだった。
さて、ランチタイムはディエターが腕を奮っての手料理でもてなしてくれた。
月に何度かは、こうして彼が料理をするのだという。
彼らは夫婦そろって料理が好きらしく、しかし旅行好きでスイスを離れるたび、家庭料理が恋しくなるのだとか。
料理を口にして、その言葉に納得する。
村で栽培された青菜とトマト、やはり村の鶏が産んだ卵を使ってのサラダ。
シンプルなのに、とてもおいしい。
そしてディエター特製のリゾットとターキー&生ハムのグリル。
確かに、外で食べるよりも家庭料理がおいしいとの言葉に納得の味わいだ。
テーブルのプレゼンテーションもチャーミング。イースターのうさぎのチョコレートがかわいらしい。
おいしいリゾットのレシピを尋ねたら、マッシュルームの調味料を教えてくれた。タマネギや白ワインなどに加え、この調味料を使うのだとか。一袋もらったが、スーパーマーケットで見つけたら買って帰ろうと思う。
食後は村を散策。天気がよく、本当に気持ちがよい。ディエターのオフィスは自宅から歩いて数分。
以前はチューリヒ市内で働き、海外出張も多く、非常に多忙だったらしいが、今はこの村でIT関連の仕事をしているという。毎日ランチタイムには自宅まで戻るのだとか。
なんとものんびりと穏やかな暮らしである。チューリヒまでは電車で30分ほどだが、年に2、3回しか出ないのだという。
今のわたしにとっては、ちょっと退屈しそうな暮らしだが、もっと年を重ねたら、こんな暮らしが心地よいと思えるのかもしれない。
来年、インドのどこかでの再会を約束して、彼らに別れを告げたのだった。
午後遅く、チューリヒに到着。駅からホテルまでそぞろ歩き、ホテルでしばし休息した後、ホテルそばのレストランで軽い夕食をとる。以前の旅でも訪れた、アルヴィンドのなじみの店、スパゲティ・ファクトリーだ。
しかしスパゲティは食べず、軽くサラダとスープで夕飯をすませる。旅の途中、ときには軽めの食事をしなければ、胃に負担がかかってしまう。
ともあれ、パンにつけて食べたこのヴァージン・オリーヴオイルが本当においしかった。久しぶりの、美味なるオリーヴオイル。インドでも輸入物は手に入るが、しかし品質はそこそこで、たいそう高価なのだ。
オリーヴオイルも買って帰りたいくらいである。
さて、明朝はチューリヒからジュネーヴへと飛ぶ。明日もまた、よい天気でありますよう。