8月が終わる。年中、やや暑いか涼しいか心地よいかのバンガロールと、年中暑苦しいか蒸し暑いか、まあ爽やかな、でも常に半袖なムンバイを行き来する生活を送っていると、今がいったい、どういう季節なのだかわからない。
「衣替え」をしないので、いつもいつも、同じような服を着続けている。
これまでにも何度も記して来たことだが、「人生の節目」「歳月の節目」をつけにくい日々である。こうしてブログに記したり、ジャーナルにメモを取るなどしないことには、ただ歳月は流れ去り、前後関係が判別できなくなってしまう。
●ついには新しい便座が届く。インド的ウォシュレット
インドに住んだことのある人でなければ、ここに暮らすことがどれほど一筋縄ではいかないかを、わからない。今朝、FM熊本の収録で、「インド生活のトラブル特集」を語るつもりだった。
これまで、40回分以上の収録をしてきたが、基本的なインド生活のトラブルについてを語ったことがなかったのだ。停電など電気系統のトラブル、水漏れなど配管関係のトラブル。
その二つを語るだけで、2回分が終わってしまった。特集でもなんでもない。いつまでも話せてしまう。トラブルのネタは、延々と続く。
そして語りながら思うのだ。1軒の家ですら管理がたいへんなのに、よくも2カ所に拠点を構えて、暮らしているものだと。無駄にエネルギーを使っている気がしないでもないが、これもまた、我が人生を豊かにするための経験なのであろう。多分。
ところで。今日はうれしい出来事が! ムンバイ宅に、待望の「新品便座」が届いたのである。
バンガロール宅は4ベッドルームだが、トイレは5カ所、使用人部屋を含めれば6カ所もある。無駄に多い。使い放題である。ちなみにわたしのお気に入りは、庭に面した、陽光が差し込むゲストルームのトイレである。
そんなことはさておき、バンガロール宅には潤沢にトイレがあるのだが、ムンバイ宅は2ベッドルームで2カ所。そのうちの便座の1つが壊れていた。
二人暮らしなんだから、一つでもいいだろう、と思われるかもしれない。しかし、日本のようにトイレとシャワールームが分かれているわけではない。
たとえば朝、わたしがシャワーを浴びている時に、夫が便座に腰掛けたりしようとする場面もあるわけである。それはものすごくいやなことである。「不爽やか」な一日の始まりである。
これ以上の詳細な描写は省くが、ともあれ、最低でも2カ所は必要なのだ。
しかし、大家がイタリアンコレクションなどという凝った便器を取り付けていたばかりに、便座がすぐに入手できない事態に陥っていた。
メーカーに電話をしても、「届いたら連絡をします」と言ったきりなしのつぶて。大家に頼んだら、「明日、業者を送る」と言ったきり、誰も寄越さない。
昨日、ついに業を煮やしたわたしは、チャーチゲート地区にあるメーカーの事務所に直接押し掛け、苦情を申し立てた。
日頃の不便なトイレ生活のレポートも含め、かなりの剣幕で申し立てたところ、なんと今日の朝には、新品を取り付けに来てくれたのだった。
どうやら、在庫がなかったわけではなく、「来る気がなかった」ようである。非常にインド的な展開だ。
バスルームは地中海的なムードである。
新しい便座は、「じわじわと閉じる」という芸当を身につけた、ワンランク上の便座であった。
しかも表面は艶やかに、座り心地もよい。
などと便座の詳細はさておき、わざわざ写真まで添えたのには理由がある。
これまで記そうと思いつつ記す機会のなかった「インド式ウォシュレット」について、この際、語っておこうと思ったからだ。
写真の左側にあるホースのようなものがそれだ。
インドにおいて、トイレットペーパーの普及率は極めて低い。そもそも「水で洗浄」の文化である。トイレットペーパーを使用する家庭は、ごく一部の富裕層と、外国人居住者程度であろう。
加えてトイレットペーパーは高い。という話は以前も書いたので割愛するが、需要が低い分、高いのだ。クオリティはここ数年で格段に上がったが、ともあれどしどし使用する気にはならない。
中級以上のホテルやレストラン、ショッピングモール、空港などでは備え付けられているが、基本的にはバケツに桶、もしくはこのホースのようなものがついているばかりである。
ノズルを握ると水が出る、この「インド式ウォシュレット」。一部日本人には評判が悪いようだが、わたしは結構気に入っている。そりゃあ、日本のウォシュレットに比べれば、超前時代的だが、これはこれで無駄がなくシンプルでよい。
何が便利と言えば、これはトイレ掃除にも便利である。ザーッと便器に水をかければ、常に清潔を保てる。また、サンダル履きで外出から帰って来たときなど、足の裏を洗ったりするのにも便利。
まさに昨日など、重宝した。
日本人駐在員やその家族で、この「インド式ウォシュレット」を使ったことがないという人が少なくないようだが、一度試してみてほしい。意外に使えますよ。
●不意打ち! ハトからのすてき贈り物。
昨日午後、いくつかの用事をすませるべく、コラバ界隈を歩く。その後、夫と夕方、オベロイ・ショッピングモールで待ち合わせることにしていた。
31日の我が誕生日に先駆けて、妻があらかじめ調査しておいたところの、「夫が妻に贈りたいと思うに違いない」と予測される物品を、夫婦揃って購入するのが目的である。その後は、外で食事をする予定である。
なぜここは、こんなに汚いのだろう。
このごろは車での移動が多いが、ちょっと歩いて街に出ようものなら、そのことを痛感させられる。
歩道には、生きとし生けるものの排泄物。ゴミ。
そんな傍らに、横たわる野良犬、人間……。
インドに暮らし始めて、4年がたとうとしている。
わたしはどうして、わざわざニューヨークやワシントンDCやカリフォルニアや、そういう場所から敢えてインドを最優先して、住みたいと思ったのだろう。
確かに、面白い。いいところもたくさんある。だからこそ住みたいし住んでいられる。でも、やっぱり、何か間違っている気がする。自分の欲求や優先順位や判断力や感性が、やや狂っているような気がしてならない。
この環境を率直に嫌悪する夫の方が、実はたいそう標準的で、正しいのかも知れないとさえ思う。
しかしまだ、わたしはまだこの国において、暮らしも仕事もまだ「序章」であり、未だ模索の最中で、なんら納得のいく、少なくとも自分にとっては成果をあげていないのだ。
今しばらくは、インドだ。まだしばらくは、インドだ。それがいつまで続くのか、自分ですらわからない。ゴールを決めることすらできない。
歩けば蒸し暑く、額の汗を、愛用の「日本製かわいい手ぬぐい」で拭いつつ、喧噪の中の自分の存在を疑わしく思い巡らす。と、その瞬間、ぴとっと、右肩に、不快な液体の感触。
ま、まさか!
冷房の室外機の水が落ちて来たに違いない。そうであってほしい……。祈るような気持ちで右肩に視線を落とせば……。
Oh Shit!!
まさにShitじゃないのよう!!
ハトだかカラスだかなんだかしらんが、そこには鳥類からの贈り物が載っていた。も、もう、いや〜!!
とっさに「日本製かわいい手ぬぐい」でぬぐってしまう。と、手ぬぐいまでもが汚れて、うわ〜っ失敗! ティッシュペーパーを使えばよかった。いや、そんなもの、そもそも持ってなかった。
露店で水を買い、手ぬぐいを用いて水拭きするがもう、右肩のあたり、何が何だか水浸し状態。
このまま買い物を続行することなど、オベロイ・ショッピングモールに行くことなど、ましてや夕飯を食べに行くことなど、できやしない。
仕方ない。Tシャツでも買おう。忌々しさ100%の思いで、目の前にあるナイキ・ショップに入り、Tシャツを探す。せっかくなら、実用性のあるエクササイズ用のTシャツを買おう。
3枚ほどを手に取り、試着室へ突進する。と、ピンク色のTシャツが、妙に気に入った。なんだか似合う気がする。調子に乗って試着室で自己撮影さえしてしまう始末。
なにしろ、このTシャツを身につけた途端、急に身体が軽くなって駆け出したい気分になるから不思議。
恐るべし、ナイキである。
このTシャツを着たまま試着室から出て、
「これ、着て帰りますから、タグをはずしてもらえます?」
と従業員のお兄さんに頼む。
お兄さんたちはみな、オレンジ色にナイキのマーク入りTシャツを着ている。わたしはまるで、ここの従業員のようでもある。
そんなわたしを、暇そうなお兄さんたちが、微笑ましく見つめている。
よほど、このTシャツを気に入ったと思われたに違いない。確かに気に入ったには違いないが……。複雑な気持ち。落下物にやられたブラウスと手ぬぐいを、もらったビニール袋におさめ、バッグの底に押し込む。
この出で立ちでお買い物&ディナーはどうかとも思うが、まあ、右肩に残像をイメージしながらよりは、ずっと爽やかだ。
先ほどの憂いは消え去り、軽やかな足取りで、次なる目的地へ向かう。
夜は予定通り、贈り物を贈られ、夕食を楽しみ、気分よく帰宅した。インドの日々、いろいろあるが、タフに生きるしかないようである。
それにしても、今日の話題は、かなり爽やかさのないものであったと、ふと気づけば、そう思う。