土曜日の夜、バンガロール市街北部のフォーシーズンズ・ホテルに隣接するFour Seasons Private Residencesの一室を訪問した。友人のNamuが、夫のVivekと共に経営するアートギャラリー、「KYNKYNY」の展示会に招かれていたからだ。招待客は限定25名。光栄にもわたしたち夫婦に声をかけてくれたのだが、夫はあいにく出張中。Hanaさんと同行してもいいかと打診したところ、快諾してくれたことから、二人で赴いた。
Namuとは、彼女がインディラナガールにHappy Healthy Meというオーガニックショップ&カフェを経営していたころに出会った。ここ数年、彼女が主催のVegan Marketについては、これまでわたしのソーシャル・メディアでも何度か紹介してきた。一方、2004年に創設されたKYNKYNYのギャラリーには、バンガロール移住当初に一度、訪れたきりだった。
今回、住居での展示会を実施したのは、実際に、自宅に絵を飾ったときの雰囲気を想起しやすいように……ということである。催事用に貸し出されているその家の随所に、コンテンポラリー・アートが配されている。家具や調度品ともなじんで、実にいい塩梅だ。
KYNKYNYは、魅力あふれる近代インド美術の世界を、より多くの人々に親しんでもらうべく、300人以上のアーティストと協調、インド国内外に作品を送り出している。この夜は、おいしいワインを片手に、初めて会うゲストたちと言葉を交わした。
ゲストがそろったところで、Vivekによるアーティストと作品の紹介が始まった。これが本当に、すばらしかった。説明を聞く前とあととでは、絵に対する印象ががらりと変わる。何につけても背景を知れば、人間の、世界の深みが触れられ、自分の精神世界が豊かになると、再確認する思いだ。以下、備忘録を兼ねて記録しておく。本当に、いい夜だった。
◉ Nishant Dange/ 炭を使い、指先で描かれた、写実的な女性の顔。一方の鳥は、グラフィックデザインのような筆致で、1枚の絵に2つの表現方法が共存している。
◉ Sandy Theuerkauf/ ケララのワイナードにある森(ジャングル)で育ったドイツとインドの混血のアーティスト。Vivekの子供時代からの友人だという。自然に剥がれ落ちたアカシアの樹皮を集めた作品は、思わず触れてみたくなる。顔を近づけると、焼けた樹皮の匂いがする。「まるでジャングル・ブックの主人公みたいな画家ですね」とVivekに言えば、まさに彼のニックネームは「モーグリ(Mowgli)」だという。ちなみに『ジャングル・ブック』の舞台はインドで、ジャングルとは、インド由来の言葉だ。
◉ Yuvan Bothysathuvar/ タミル・ナドゥ出身のアーティストによる、目の錯覚を起こしそうな、渦巻く平坦な円。「我々はどこから来て、どこへ行くのか……」といったコンセプトも影響しているという説明に、ボストン美術館で見たゴーギャンの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』を思い出す。タヒチの情景が、タミル・ナドゥの情景と重なる。さらには、昨年わたしが繰り返し聴いたタミル出自のミュージシャンによる『Enjoy Enjaami』のPVの情景に重なる。タミルの大地に触れ合いながら生きてきた人々の悲哀などをも語る深い歌だ。
『Enjoy Enjaami』
https://www.youtube.com/watch?v=eYq7WapuDLU&feature=share
◉ Siddharth Shingade/ 今はもう、見ることのない懐かしい暮らし。過去の情景が描かれている。昨年、インド人青年に教わったヒラエス(HIRAETH)という言葉を思い出す。ウェールズ語で、望郷、もう帰れない場所に、帰りたいと思う気持ちなどを意味する言葉だ。マハラシュトラ州トゥルジャプール(Tuljapur)出身の彼は、この「ドア」というシリーズで、昔日の村の暮らし、女性たちの日常の営みを描く。声を上げられない女性たちを、口のない無表情で描く一方、ドアの向こうに描かれたライフスタイルは饒舌だ。トゥルジャプールは、古来、ジプシーたちが通過する土地でもあったとのことで、カラフルな衣類に身を包んだ彼らの姿もまた、絵画に影響を及ぼしているとのこと。
◉ G.Subramanian/ タミル・ナドゥ州に生まれ、サウジアラビアでアーティストとして活動している彼。ガネーシャや仏陀、クリシュナなど、神々の姿が、少し子供っぽく、あるいは少女のように描かれる。そこには、小児がんにより、9歳で他界した愛娘が投影されているという。傍の鳥は、彼女の病室に毎日のように遊びに来ていた小鳥がモチーフなのだとか。
◉ Gurudas Shenoy/ ここカルナータカ州の海辺の街に生まれ育った彼は、父の親友だったインド人の著名な画家M.F.フセインから、多大なる影響を受けてきた。自分自身の経験や、自然界、宇宙の姿……それら抽象的なものを、色や形で表現している。この"Spiritual Odissi"は、COVID-19のパンデミック下で、自分の精神が変遷する様子を、色彩の変化などで表現しているスピリチュアルな作品。上部中央には寺院が見える。このストーリーを聞いた途端、我が夫の経験に重なった。彼もまた、父親の急逝と、続く閉ざされた日常の中で、精神世界に目覚めた経緯がある。
[KYNKYNY]
https://kynkyny.com/
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