遥か遠い過去から、歴代王朝の首都として栄えてきたデリー。この都市には、今なお千年単位での古い遺跡が、現代に溶け込みながら、歳月の流れを刻んでいる。中でもムガール帝国時代の面影を残すイスラム建築は、デリー市内の随所に点在し、地元の人々の憩いの場として、あるいは観光名所として賑わっている。
さて、アートギャラリーを訪問した後、隣接するロディ(ローディー)ガーデンへ立ち寄った。15世紀後半から16世紀前半にかけて北インドを支配したというイスラムのロディ王朝。広大な公園の中程に、その王朝の君主の壮麗な霊廟が立つ。
日本であれば、恭しく柵などが施され、立ち入り禁止エリアが定められ、丁寧に保護されるであろう歴史的な遺産が、インドは国内の随所にゴロゴロしている。ゴロゴロしていることもあり、扱いも極めて雑だ。無論、わたしが初めてインドを訪れた20年前に比べれば、観光資源としての整備が整った場所も多いが、それでも野放図な情景が一般的である。
仰ぎ見れば、アラベスク紋様が刻まれた建築。入場料も、心構えも、ない。公園を歩きつつの日常の中に突如、流れ込んでくる過去に鳥肌が立つ。
剥がれ落ちた壁もまた、歳月の流れを物語り、得もいわれぬ情趣が漂う。その一隅に、乱暴な落書きなども見られて残念に思うも、しかし一方で、これもまた数百年の歴史の流れを刻む過程での「一つの証」とも思える。
かつては、インドの遺跡を訪れるたび、「もっときちんと管理をすればいいのに……」と思っていたのだが、アジャンタ・エローラ遺跡を巡った時に、少しその考えが変わった。エローラ遺跡は、中央にヒンドゥー教石窟、左にジャイナ教石窟、右に仏教石窟……と3つの宗教が共在した、とてつもなく壮大な石窟群だ。この仏教石窟で仏像を見たときのこと。
訪れたインド人観光客が、仏像のたもとに触れながら、真剣に、祈りを捧げていた。その様子を見たときに、はっとした。ここは観光地ではない。
1000年以上前から営々と、ここは人々の祈りの場なのだ、ということを。
インドに暮らす日々においては、自分が数千年の歴史の流れの中の一点に、ぽつんと立っている……というイメージに陥りやすい。時空を超える旅が、日常だ。無限に繰り返される日昇と日没の渦の中の、我は儚きひとつの泡沫。この刹那の泡沫が、弾ける前に、やりたいことはまだ尽きぬ。
コメント
コメントフィードを購読すればディスカッションを追いかけることができます。