20代半ば、東京。大学時代から付き合っていたボーイフレンドに振られ、仕事だけが心の寄る辺だったころ。心開ける友人もおらず、唯一の娯楽は映画鑑賞だった。劇場で、自宅で。いったい何本の映画を見たことだろう。あのころ見た無数の映画もまた、今のわたしを育む大切な糧。
行きつけのレンタル・ヴィデオショップでふと手にした『パーマネント・バケーション』。モノクロのクールな映像に、ハートを射抜かれた。心を奪われた。
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ダウン・バイ・ロー』『ミステリー・トレイン』『ナイト・オン・ザ・プラネット』と立て続けに借りた。見た。どの映画にも、決して忘れることのないシーンが、いくつも鏤められている。
俳優たちの、強烈な個性。やりきれない音楽。不確かな未来と、目の前に延びる道……。語るに尽きぬ。
今から25年前のちょうど今頃。マンハッタンに暮らし始めたばかりのわたしは、コロンバスサークルの地下鉄駅を歩いているとき、人混みのなかに見覚えのある男性を見つけて、足を止めた。周囲の誰もが、気に留めていないようだった。
流れる人混みのなか、立ち止まるわたしと、やはり立ち止まり、向かう方向を確認している彼の時間だけが、一瞬、止まったかのように見えた。黒い衣服に身を包んだ、シルヴァーヘアの長身の男。紛れもなく、ジム・ジャームッシュだった。
その情景は、わたしの人生において、忘れ得ぬ強烈なワンシーンとなった。
わたしは、ニューヨークにいる。そう強く思った瞬間でもあった。書籍も、映画も、音楽も……芸術は、人生を豊かに育む。旅に出られない今だからこそ、映画で心の旅をすることは、きっと有意義だ。
JIM JARMUSCH Retrospective 2021。劇場へ、見に行きたい……。
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