日曜日のイヴェントで、「日本のお茶」について紹介することになった。単に「緑茶」を語るのではなく、その背景にある歴史や精神世界にも触れるに越したことはない。
なにしろ、参加メンバーの多くは日本を訪れたことがあり、日本に対する見識もある。中途半端な知識では、質問されたときに窮してしまうから、復習や予習が必要だ。
わたしは、大学で寮生活を送っていた時「お茶菓子」目当てで、近所でお茶を学んだことがあった。しかし、中途半端に数カ月通ったきり、やめてしまった。ゆえに、点前を披露することはできないのだが、その世界観の断片を、わかりやすく伝えることはできる。
わたしにとって、英語で茶道を紹介するときのバイブルは、この黄色い冊子だ。
1998年、発行。
ニューヨークでミューズ・パブリッシングを起業したばかりのころに依頼された自費出版の冊子だ。原稿は、米国で茶の湯を広め、フロリダの森上ミュージアムの茶室建設に貢献された山本温子レフコートさん。
病に倒れられた彼女の遺稿を、形にするための仕事だった。DTP(デスクトップ・パブリッシング)黎明期。買ったばかりのパワーマックで、編集、デザイン、印刷を手掛けた。
今、読み返して、その文章と表現の美しさに感嘆する。日本を離れたばかりの、33歳のわたしには、漠然とした「観念」でしかなかった茶の湯の世界、侘び寂び、四季を慈しむ心、人をもてなす流儀……。
歳月と経験を重ねていま、実感と実像を伴って、その奥深さを受け止めることができる。歳を重ねるとは、こういうことなのだな……と思いつつ、あらゆる要素が凝縮され、見事にまとめられたこの一冊に感嘆する。
すべてを説明したい衝動に駆られつつ、とりあえずは20分ほどのプレゼンテーションのために、要点だけを抜き出そうと思う。
今年から、我が人生後半のテーマと掲げた「不易流行」。そして「侘び寂び」。いずれも松尾芭蕉によるものであり。
日本人が著したのではなく、日本古来の精神世界や価値観、美を愛する外国人によって記された、IKIGAI, WABISABIは、もうここ何年も、欧米だけでなく、インド国内でも知られている。
ちなみに「IKIGAI」は、わたしのインド人の友人がプレゼントしてくれたものだ。わたしが座右の銘としている言葉のひとつ「吾唯足知」も、わかりやすく説明されている。日本人が、改めて日本を知り直すことも大切なのだと、海外に出ると改めて、そう思う。
先日も紹介したが、我がインドの友人らの「日本観」を、動画で紹介している。こういうインドの人たちもいるのだということを、知ってもらいたい。ぜひご覧ください。
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