⬆︎Sujata and the Buddha. Sujata offers Milk Rice, Kelaniya Raja Maha Vihara (Photo by Anandajoti Bhikkhu)/スリランカにあるKELANIYA RAJA MAHA VIHARAYAの壁画。スジャータが釈迦にミルク粥を差し出している様子が描かれている。ちなみに我が夫アルヴィンドの姉の名はスジャータ。アルヴィンドはサンスクリット語で「蓮の花」を意味する。https://kelaniyatemple.lk/
🥛2021年9月8日、Clubhouseにてインドの乳製品事情を語ることになった。特段、乳製品に詳しいわけではないが、インド生活において乳製品は切り離せない存在につき、話題は尽きない。
なお、冒頭いきなりマサラチャイの話に触れているのは、先日、上記のClubhouseルームでみなさんがインドのチャイのおいしさは牛乳にある……という話をされていたことから。チャイにせよ、サウスインディアンコーヒーにせよ、ミルクを入れた以上は砂糖をたっぷり濃厚甘めに、まるで「おやつ」のように飲むのが至福だ。
さて、話をするに際しての資料をここにまとめた。あくまでもごく一部の情報だが、それでもかなりの量となった。参考にしていただければと思う。
マサラチャイをおいしく仕上げるコツは、スパイスのバランスもさることながら、「牛乳のクオリティ」による。以前は近所の商店で購入していたが、昨年からは、オンライン・スーパーマーケットのBigBasket.comが、毎朝、決まった商品を宅配してくれるBBDailyというアプリによるサーヴィスを利用している。
【インドの牛乳がおいしくて濃厚な理由】
インドの牛乳がおいしい背景を一言で語るのは難しい。尤も、日本人駐在員のご家族など、インドの牛乳が苦手という人も多かった。しかしわたしをはじめインドの牛乳が好きだという人も多い。
インドの牛乳は、沸騰させてレモンを加え分離させればパニール(カッテージチーズ)が作れるし、煮沸後の上に浮かんだクリームは「生クリーム」としても使える。生クリームを攪拌し続けるとバターにもなる。
それは乳脂肪分がたっぷり、しかも「乳脂肪分が分離する」牛乳だからこそだ。
今回わたしも初めて知ったのだが、日本の牛乳が分離せず均一なのは、「ホモジナイズ」homogenize されているからだという。乳中の脂肪球に圧力をかけて砕き小さく均質化されていることから、分離することがない。「ホモジナイズ」された牛乳が、即ち「ホモ牛乳」と呼ばれるもの。
一方、インドで普及している牛乳はこの処理がされていないため、分離する反面、クリームの層ができる。日本でも「ノンホモ牛乳」と記されているものは、ホモジナイズされていない牛乳だとのこと。
インドの牛乳は一般に煮沸して使う。なおToned Milkは、乳脂肪分が少ないもの。Double Toned Milkは煮沸せずに使えるともきくが、確証はない。わたしはフルクリームの濃厚な牛乳を煮沸して使用。濃い味が好きだ。
⬆︎BBDailyアプリの最初の画面。前日の夜10時までに予約すれば、翌朝届けられる。ここからまず、Milkを選ぶ。バンガロールの場合、ビニル袋入りが主流。
⬆︎取り扱う牛乳の種類も豊富で、オーガニック、A2タイプ(お腹がゴロゴロしない)、スキムミルク、バターミルクなどさまざま。最近でこそ、ボトル入りで殺菌済みの牛乳も普及しはじめているが、インドの牛乳の主流は「ビニル袋入り」で、自宅で煮沸が必要。煮沸するのは面倒だが、個人的には、こちらの方が断然おいしいと思う。チャイやミルクコーヒーはもちろん、プリンやムースを作ったり、シチューを作るにも、濃厚な牛乳はいい味を出してくれる。
⬆︎ヨーグルトは、パンや卵、デイリーの項目から選ぶ。こちらも種類豊富。
⬆︎写真の鍋は、ミルク煮沸用。二層式になっていて、注ぎ口から水を入れ、本体に牛乳を注ぐ。外側の水が沸騰すると、その際にホイッスルが鳴るので、吹きこぼれを防ぐことができるという優れものだ。詳しい使用法は、下部の動画(インドでの健康管理/免疫力を高めよう)で説明している。
防腐剤が使われていない牛乳なので、購入したらすぐ煮沸し、一両日中に消費するのが理想的。最初はほの甘くておいしい牛乳が、日を重ねるにつれ、風味が落ち、やがて苦味が出て、腐敗……というプロセスをたどる。
⬆︎なお、暑い季節は腐敗が早く、加熱したときに、ヨーグルトのように分離する場合がある。それは明らかに腐敗している証拠なので、処分されたし。なおBBDailyは、カスタマーセンターにメッセージを送ると、即返事がきて払い戻ししてくれる。仕事が異様に早い。
かつてBigBasketの創業者夫妻とパーティで話をしたが、彼らがカスタマーセンターに重きをおいていることなど聞いていたこともあり、納得のサーヴィスだ。BBDailyは、野菜や果物、パン、スナック菓子のほか、インドらしくプージャ(儀礼)の際に使う線香や花なども販売している。
⬆︎ヨーグルト(CURD)もビニル袋に入っているものがあるので、牛乳と間違えないよう要注意。写真の赤いパックは、素焼きポット入りともどもヨーグルト。
『マルハン家の食卓』 乳製品を含むマルハン家の食事情が満載のブログ
➡︎https://museindia.typepad.jp/eat/
以下の写真はブログから、乳製品を使ったお菓子などのごく一部を転載。
⬆︎ロールケーキに不可欠な生クリームは、バンガロールではおなじみの乳製品会社Nirgilisのビニル袋入り、もしくはMilkyMist。新鮮すぎるとサラサラ、しかし賞味期限は4、5日。輸送中に固まる、最初から酸味が強いなど、諸々安定しないコンディションながらも、新鮮でおいしいことが多い。たまに外す。購入するタイミングなどの見極めが肝要。
⬆︎新鮮生クリームが入手できない場合は、Amulのホイップクリームを代用。悪くない。むしろ酸味が苦手な人には、これが安定したまろやかさに感じるかもしれない。
⬆︎バンガロール市街北部のイタリア系キリスト教会に併設されているチーズ工房。ここで新鮮な水牛乳を使ったフレッシュチーズが作られている。以前見学にも訪れた。詳細はブログにて。
⬆︎高級ホテルの朝食ブッフェの一例。前日に仕込まれた素焼き入りのヨーグルト。表面がクリーム状になっているのがいい。
⬆︎最近、リヴァイヴァルなコンセプトで誕生したクルフィ(インドの伝統的なアイスクリーム)のブランド。フレイヴァー付きではなく、わたしは原材料が牛乳と砂糖だけの円盤型クルフィが好み。
⬆︎ムンバイ在住時の2008年からお気に入りのNaturalsの鮮度勝負なアイスクリーム。マライ(牛乳)のさっぱりながらも濃厚な味わいが美味。
⬆︎友人がバンガロールで立ち上げた本気なイタリアンのチーズブランド。たいへん美味。
⬆︎自家製パニールでのインド料理作り。Nilgiri’sのFull Cream Milkを沸騰させ、レモン汁を加えて牛乳を凝固させてパニール(チーズ)を作る。牛乳を分離させて濾したあとの乳清は、チャパティを作るとき、ATTA(無精製の全粒小麦粉)に加える。すると生地がもっちり柔らかくなる。
⬆︎かつて、ミューズ・クリエイションの週に一度の集いでは、十数名から多い時では30名以上が集まって活動していた。毎週のように、お菓子などを準備していたあの情熱はなんだったか。これはカスタードクリームと生クリームが決めてなフルーツタルト。
⬆︎ロールケーキと同じ材料で、平たいまま重ねたショートケーキ。これが本当においしいのだ。
⬆︎2001年、我が結婚披露宴@デリーでの一コマ。上がクルフィ、下がクルフィーに添える素麺風。結婚に関する記録はブログに残している。この日の記録は下のリンク。
【DAY 06】結婚のイヴェントその④ホテルのバンケットルームで披露宴(レセプション)
➡︎ https://museindia.typepad.jp/library/2001/07/day06.html
⬆︎10年以上前の写真。ムンバイにあるPARSI DAIRYの円盤型クルフィー(インドのアイスクリーム )。ミルキーで濃厚で、ひたすらおいしい。
⬆︎インドにおけるミルキーなスイーツの本場といえば、コルカタ。中でもわたしが好きなのはミシュティ・ドイ。焼きヨーグルトだ。ベンガル語では、ダヒをドイと呼ぶ。バンガロールではKC DASが有名。甘くてクリーミーでおいしい。甘すぎ上等。ちなみにKC DASはチャーチストリートの西端、ハードロック・カフェの向かいにある。バンガロールで最もおいしいミシュティが揃っている店。おすすめ。
【インドにおける乳製品の歴史】
◎紀元前3000年ごろ/「ヴェーダの賛歌」の中にチーズをすすめる一節
◎紀元前2000年ごろ/経典にバターらしきものが作られたという記録
◎紀元前500年ごろ/釈迦が絶食の厳しい修行の後、衰弱していた際、スジャータという村娘がミルク粥を供する。これにより命を救われた釈迦はその直後に悟りを開いた。
※この経緯からか、仏典・涅槃業には「牛より乳を出し、乳より酪(=ヨーグルト)を出し、酪より生酥(せいそ)を出し、生酥より熟酥(じゅくそ)を出し、熟酥より醍醐(=チーズかバターオイルのようなもの)を出すが如し、醍醐最上なり」という記述があるという。
【日本における乳製品の歴史/天皇家が端緒】
◎645年/大化の改新の頃、呉国(現中国)の照淵の子孫で百済からきた帰化人が「牛乳」と「酪」や「酥」を孝徳天皇に献上
◎701年/この年制定された大宝律令の中で、官制の「乳戸(にゅうこ)」という一定数の酪農家が都周辺に集められ、皇族用の搾乳場が設置。
◎927年/醍醐天皇は、法典『延喜式』の中で、諸国に命じて「酥」を製造して天皇に貢進させる「貢酥の儀」の順番や献上する容器などを制定。乳に関する「醍醐」を冠したほど、醍醐天皇は酪農に力を注いだ。
◎927年/日本最古の医術書『医心方』に「乳は全身の衰弱を補い、通じをよくし、皮膚をなめらかに美しくする」と古代乳製品の効用と解説が記されている。
《五味》
◆仏教では、酸味、苦味、甘味、辛味、鹹味 (塩味) の5つの味を意味する。
◆『涅槃経』では乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味の五味が説かれる。牛乳の精製過程で生じるこれらの味のうち、最後の「醍醐味」を涅槃(究極の理想)とした。
◎1727年/江戸時代、徳川吉宗が、白牛3頭を輸入し、安房の郷(現在の千葉県)嶺岡の牧場で飼育を始めた。ここで搾った「白牛酪」という牛乳に砂糖を加えて煮詰め、乾燥させたものを作り、薬や栄養食品として珍重した。
◎明治時代初頭/福澤諭吉は熱病で昏睡状態)に陥ったが、牛乳を飲んだら重病が治り体も回復したとの記録あり。
◎1900年代初頭/日清、日露戦争にて、軍隊で傷病兵の栄養剤として牛乳を飲むようになり普及が加速した。
◎20世紀初頭/ロシア学者のメチニコフは、長寿で有名だったブルガリア人がヨーグルトを常食していることから「ヨーグルト不老長寿説」を唱えた。その頃からヨーグルトはヨーロッパを中心に世界中に広まっていった。
◎1914年/京都の医師・正垣角太郎は、メチニコフの研究に感銘を受け、自らの胃腸病克服のため日本で初めてヨーグルト「エリー」を製造。自らも飲用しやがて病を克服する。
➡︎https://www.alic.go.jp/content/000143284.pdf
◉インドの畜産業は農林水産業の4分の1。販売額の合計である生産額を見ると、酪農は畜産業の3分の2を占める。
◉牛1億9090万頭、水牛1億1087万頭飼養。羊6507万頭、山羊1億3517万頭飼養されているが、これらの乳はほとんどが自家消費。
◉1947年の独立以来、国の指針を示す5カ年計画を策定。最新の第12次5カ年計画では、酪農業に関して、品種改良や飼料供給・家畜衛生サービスの改善、在来遺伝資源の保全などが掲げられている。酪農政策は主に開発委員会によって作られており、農業農家福祉省は予算獲得や他分野との連携の役割を果たす。開発委員会は酪農協を通じて零細農家の所得拡大を目指す。
◉インドは乳製品の純輸出国だが、輸出額は1.3億ドル(144億円/2016年)と、生乳生産額844億ドル(9兆3714億円/2014年)の0.2%と極めて少ない。酪農は北部と西部で盛んで、上位10州は生乳生産の8割を占めるとともに、水牛乳の割合が高い。
◉上位10州では酪農が重要な産業であるため、高価格で売れる水牛の乳の生産を意欲的に増やしたと推察される。
【乳製品大手Amulアムールと白い革命】
インドの乳業を語る時に欠かせないのは、乳製品大手Amulの存在。Amulの会長Dr.Krienは、1950年から会社を率い「白い革命」とも呼ばれるインドの乳製品流通改革を成し遂げた人物。
Amulは、印パ分離独立の前年1946年に、グジャラート州アナンドにて創業された。アナンドは、英国統治時代のムンバイに生乳を供給する一大酪農地だったが、当時の植民地政府は、私的独占企業に集乳権を許可していたことから、酪農家たちは不当に搾取されていた。諸々の経緯を経て、当時、グジャラート州の地方政治家だったT. パテールの尽力などもあり、アナンドの酪農家たちによる酪農協同組合が組織された。
【Amulの参考資料】
AMUL BUTTER GIRL/ 1967年夏。ムンバイで、アムール・ガールがはじめて広告になった日。
➡︎ http://www.amul.com/m/amul-topical-story
酪農業協同組合AMULのマーケティング・チャンネルとサプライチェーン
➡︎ https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsds/2018/43/2018_45/_pdf
わたしは、インド移住当初から、Amulガールが主役のアムールの広告が好きだった。特にムンバイに住んでいたころは、週に一度、水曜日に刷新されるアムールのビルボード(看板広告)を見るのが楽しみであった。
インドだけでなく、世界の時事、トレンドを素早すぎるほど素早くキャッチして、広告にするのである。ダジャレ風コピーもウィットに富んでいて、面白い。尤も、ヒンディー語がわからないわたしには、解説をしてもらう必要がある広告も多々あるのだが、それでもなお、楽しめる。
⬆︎この本は、2012年に販売されたもの。アムールの50年に亘る広告史のダイジェスト版である。この本をめくれば、インドのトレンドや時事問題が垣間みられて非常に面白い。仕事でも大いに活用させてもらってきた。現在では、インスタグラムやFacebookなどソーシャルメディアで、アムール・ガールに出会うことができる。
⬆︎ボリウッド俳優やクリケット選手の登場は定番。世界情勢にも敏感だ。
⬆︎町中に米国発ファストフードがあふれる現在では信じられないかもしれないが、KFCが初めてインドに進出した1995年。さまざまな問題が発生し、閉店に追い込まれている。その現状を伝える広告だ。
閉店に至った理由は、店頭での反対運動や破壊活動のようである。鶏肉が化学物質漬けであるとか、インドの食の伝統を侵害するとか、MSG(化学調味料)を含有しているとか、さまざまな要因があったようだ。ちなみに1号店は、ここバンガロールだった。
それから10年を経て、2005年。KFCは再度インドに進出。以来着実に店舗数を増やしてきた。ところでKFCの広告の上は、スズキのZENが発売開始されたときもの。インドは未だに日本を"JAP"と表現する人が多くて、困る。メディアでも、平気でやっているところが困る。悪意はないとわかっているのだが、微妙。
⬆︎テクノロジー関連の話題にも敏感。アップル社のロゴに合わせて、自社のロゴもアップル風の書体にするあたり、フレキシブルすぎて驚く。右下の広告は、スティーヴ・ジョブスを追悼するもの。リンゴを蠟燭に、リンゴの葉を灯火に見立てているようだ。自社のロゴは、左下に小さくある。最早、アムールの広告だとはわからない暴走ぶりだ。
⬆︎インドの教育熱をシニカルに反映する広告。ミッション・インポッシブル(任務不可能)にかけて、アドミッション・インポッシブル(入学不可能)。合格発表の様子が描かれており、落ちた子が泣いている。当事者にとっては、まったくもって笑えない広告だ。
⬆︎ダークさではIncredible India!も秀逸だ。Incredible India!とは、インドの観光促進キャンペーンのキャッチコピーである。それを、Incurable India!(救い難いインド)としたのが、この広告。
背景は、数年前のデリー。コモンウェルスゲーム開催を控えて、交通インフラなどが突貫工事で行われていた際、さまざまな事故が発生した。広告では、工事中の高架が倒壊した様子を描いている。
2012年に出版されたこの本。来年は60周年を記念して出版してほしいと切に願う!
ちなみに最新の広告は以下の通り。これを見ていれば、新聞を読まずともトレンドがわかるほどである。
なお、ありがたいことに過去の広告はホームページから見ることもできる。関心のある方はぜひ。
Amul Hits
➡︎http://www.amul.com/m/amul-hits
【インドの宗教儀礼における乳製品】
◉本日は、ヒンドゥー教。象の神様ガネーシャの祭り(2011/09/01)
➡︎https://museindia.typepad.jp/2011/2011/09/ganesh.html
【インドの乳製品に関連するSTUDIO MUSEの動画】
インドでの健康管理/免疫力を高めよう (2) ターメリック・ミルク/牝牛の五宝ほか
MILK MANTRA/ インド初、酪農家を支援し、乳製品の品質向上を目指すスタートアップ、ミルク・マントラ。ソーシャル・アントレプレナーシップのその背景
南インドのコーヒー文化/伝統的なサウスインディアン・コーヒーとその楽しみ方/良質なコーヒーの新潮流/インドで購入できるコーヒー豆や、おすすめのカフェなど