昨日は、COVID-19パンデミックに突入して以来はじめて、人々が集うバザールに足を運んだ。快晴の土曜日、会場となったRAINTREEの庭は大勢の人々が行き交う。30余りのヴェンダーは、ビジネスとプライヴェート、双方がみられた。料理を提供している飲食店もあれば、家族や友人同士で手作りの菓子などを売っているところもある。
店の人たちと言葉を交わしながら、わたしはひどく感動した。若者たちが、まぶしいほどの笑顔で、自分たちの商品を誇らしく語り、販売している。
ナガランド州出身の若者らは、伝統的な牛肉や豚肉のピクルス、発酵大豆や筍の漬物を売る。マンガロールにカカオの農園を持つという青年は、無添加、無香料、天然の砂糖ジャガリを使った「健康的な」チョコレートを売る。5、6年前までは、国産カカオ(ケララ界隈)のチョコレートといえば、モサモサしていたが、今や滑らかなものが普及し始めている。天然のカカオの酸味もあり、ヘルシーな味わいだ。ジャムを売る19歳の女子たちは、有機栽培の果物を、ジャガリと普通の砂糖、好みに応じた2種類を売る。
そして目にとまったのが亀の子束子風!
ココナツ関連の商品を地元の職人から卸してもらい販売している青年が、なんちゃって亀の子束子を販売しているではないか!
実は数年前の一時帰国時、「曲げわっぱ」を購入した際、亀の子束子で洗うことを勧められて購入した。かれこれ30年近くぶりに使う亀の子束子の使い勝手のよさとエコロジカルさに感銘を受け、実はいろいろ調べていた。亀の子束子のサイトを確認し、作業工程の動画も見た。原材料はパームヤシ。このあたりにごまんとある素材だ。
ソーシャル・アントレプレナー的なコンセプトで、この亀の子束子の技術をインドに取り入れ、広く普及できないものかと思い続けており、実は折に触れて、友人らにも話していた。誰か「亀の子束子プロジェクト@インド」やりませんか? その前に、特許の問題もあるだろうから、元祖「亀の子束子」さんに相談せねばならないだろう。
……と書き始めればきりがない。動画撮影もしているので、のちほど編集しようと思う。
過去15年間のインドにおけるライフスタイルの変遷は、自分自身の経験を通して、1991年市場開放以降の約30年間のについては、市場調査などの仕事を通して情報を収集し、自分なりに知見を育んできた。もちろん広大な国家ゆえ、あくまでも一例ではある。
インドは欧米、日本を含む先進諸国とは異なる「次元」と「順序」で変化を遂げている側面がある。たとえば電話。日本は、大半の国民が、①固定電話→②留守番電話→③ポケベル→④携帯電話(ガラケー)→⑤スマートフォン……という経緯を長い時間かけて辿ってきたが、インドの場合はそこにも多様性がある。①固定電話が全世帯に行き渡る前に、一気に④⑤を手にした人も、大勢いる。
エコロジカルやオーガニックといった概念にしても然り。日本よりも遥かに早く「原始に戻れる」土壌がある。つい数十年前まで素焼きのカップでチャイを飲むのが普通だったし、南インドでは、バナナの葉が皿として使われる伝統がある。自然に還る素材が今でも、身近にたくさんある。エコロジカルなビニルやティッシュ、トイレットペーパー、洗剤やシャンプーなどのFMCG(日用消費財)なども、草の根から瞬く間に市場に参入、オンライン(ソーシャルメディア)で顧客を確保。アマゾン・インディアを見れば一目瞭然だ。
利便性の高いインスタントやレトルト食品が急増した時代もあったが、受け入れられないまま淘汰されたものも多い。冷凍食品が普及しないのは、コールドチェーンの不備の問題もあるが、そもそも冷凍食品は歓迎されないからだ。いつ作られたわからない添加物の多い食品や冷たい料理も歓迎されない。
貧困層子女向けの世界最大の給食センター、アクシャヤ・パトラは、「作り立ての温かい料理」を届けるところに大きな意義を見出す。ムンバイの弁当配達人「ダッバワーラー」が、英国統治時代からずっと続いているのは「時代遅れ」だからではない。一方で、できたての料理を届けるSWIGGYなどの出前サーヴィスは、あっという間に浸透した。
インドでは「おばあちゃんの知恵」的なライフスタイルを尊重する若者が多い。コミュニティごとの、家族ごとの、食文化を引き継ぐことにもつながる。もちろん、新しいものもどんどん取り入れながら。「不易流行」と「知恵」がこの国ライフを支える様子を目の当たりにしてきた結果、このキーワードがわたしの今後の人生のテーマになった。
緩やかに変化を遂げる時代と、突然変化する時代とが、緩急を付けながら流れる中、このパンデミックは、間違いなく、大きな転換期だろう。
FacebookやInstagramを通しても、「これはすばらしい」という商品が、常時、目に飛び込んでくる。インドは尽きない。
*ほとんどの商品がオンラインなどで購入可能。ここで紹介しているものは、すべておいしかった。